第62話 赤ちゃんプレイ
「何なんですか…これは…」
朝食に来た、私は眼前に広がる光景を見て思わず、声を漏らす。
「バブ―」
「ハーイ」
「チャーン!」
「バブバブ」
そこには、赤ちゃん用のフリルのついた白い頭巾に、同じくフリルのついた白いよだれかけ、おしゃぶりを咥えた、転生者達の姿があった。
私はその異様な光景に、ただ呆然と立ち尽くす。
そこへ、赤ちゃん姿をした一人の転生者が、手に紙切れを握り締め私の前へ進み出て、未練がましい表情をしながら、震える手でその紙切れを差し出す。
「こ、これは大事に残しておいた、最後の一枚です… これで…これで、俺をあやしてください!!!」
差し出された紙切れは、セクレタさんが配っていた『お願い券』であった。しかし、よほど強く握りしめていたのか、クシャクシャになっており、汗で湿気っている。
「えぇっ!? いや、ちょっと! セクレタさんが配っていたものを私に渡されても… ちょ、ちょっと、こ、困るんですけど! そもそも、あ、あやしてくれってなんなんですか!?」
私は差し出された腕から逃れるように、後ろに身じろぐ。
そこに丁度、良い時に入口にカオリの姿が現れる。カオリもこの状況に驚いたようで、転生者達の異様な姿を見て、ぎょっとする。
「カ、カオリさん! 一体、どういう事になっているんですか! ちょっと! 助けてください!」
私は咄嗟にカオリに助けを求める。
「えっ!? 助けてくれって言われても… というか、あんたら、そこまでするん!? うち、ちょっと怖いわ…」
カオリは転生者達を横目に、不快感を表しながら、私の所へやってくる。
「カオリさん! これはどういう事が知ってますか!? 知っていたなら教えてください!!」
他の数人の転生者達も、セクレタさんのお願い券を握り締めて、私の所へ向かってくるので、私は恐ろしくなって、カオリにしがみつく。
「えぇっと、なんていうかなぁ~ 一言で言えば、これはあいつらなりの愛情表現やねん…」
カオリは苦笑いしながら答える。
「赤ちゃんの恰好しながら、私に向かってくるのが愛情表現!?」
「そや、マールはん、結婚して跡継ぎの子供を作らなあかんって言うてたやろ? こいつら、マールはんを盗られとうないから、だから、こいつら、自分が赤ん坊になって、マールはんの子供になるって…」
えっ? この人達が赤ん坊になって、私の子供になる? カオリが何を言っているのか分からない。
「えっ? えっ?」
私はカオリと転生者達を交互に見る。
そうこうしているうちに、一人の転生者がしびれを切れしたかのように立ち上がり、赤ちゃんの白頭巾をかなぐり捨てる。
「あぁ!! こんなのやめだ! じれったい!!」
そういって、その転生者が私にびし!っと指を差す。
「マールたん!! 君は騙されているんだ!! 目を覚ますんだ!!」
「だ、騙されているって…何がですか!?」
私は転生者に聞き返す。
「君は、肥え太った欲に塗れた貴族に、地位や財産…そして、若い肉体を狙われているだけだ! だから、目を覚まして、そんな貴族との結婚は取りやめるんだ!!」
転生者はそう叫ぶが、見合い話を持ってきてくれたツール伯は、気難しくて高圧的な所もあるが、なんといっても父方の親戚筋であり、私自身もその血を含んでいる。それを肥え太っただの、欲に塗れただの、頭髪が少ないだの、悪し様に言われては、私も頭にカチンと来た。
「貴方こそ、何を言っているんですか! ツール伯は私の父方の親戚筋ですよ!! 私にもその血が入っているんですよ!! それなのに、肥え太っただの、欲にまみれただの、頭髪が少ないだの、何言っているんですか!!」
私は叫びながら、転生者に指を差し返す。
「いや、俺、頭髪が少ないとか…そこまでは言ってない…」
私の言動に、転生者は気圧される。
「そもそも、なんですか!? 赤ん坊になって私の子供になる? そんな夢みたいな事を言って!! 貴方の方こそ、目を覚ましてください!!」
「ぐぬぬ…」
転生者は私に言い負かされて、押し黙る。
「何がぐぬぬですか!!」
「なんか、マールはんも言うようになったなぁ~」
私と転生者の言動を見て、カオリが感心してそう漏らす。
そこへ、トーカとトーヤも現れる。二人は赤ん坊姿の転生者達を見て、トーカは顔を引きつらせ、トーヤの方は可笑しさのあまり腹筋を引きつらしていた。
「ははは、いやはや、ここまでやるとは僕も予想外だよ」
「トーヤ、何、笑ってんだよ。お前も早くこちら側に加われよ! ほら、お前の分の白頭巾とよだれかけと、おしゃぶりだ」
そういって、転生者はトーヤの分の赤ちゃんセットを差し出す。
「お兄様! それだけは! それだけは、止めて下さい! 本当に…」
赤ちゃんセットを受け取ろうとするトーヤを、トーカが必死に制止する。その様子にトーヤは、トーカと転生者を困った顔をして交互に見る。
「みんな、すまない…妹がかなり嫌がっているようなので…申し訳ない…」
トーヤが転生者達に軽く頭を下げる。
「まぁ… トーカ嬢の懇願なら仕方がないな…」
転生者は素直に引き下がる。
「えっ!? ちょっと、待ってください。トーカさんの懇願なら、そんなに簡単に引き下がるんですか? では、私がその恰好をやめてくださいって言ったら、やめてもらえるんですか?」
私は、転生者達に問いかける。
「いや、それとこれとは別だ」
「えぇぇぇ!? なんですかそれ! 私はこの舘の主なのに、皆さんとも付き合い長いのに!?」
私は、さらりと否定する転生者の言葉に、批判の声をあげる。
「じゃあ、逆に聞くけど、俺達が結婚の件、やめていって言ったら、やめてもらえる?」
「いや、それとこれとは別ですよ!」
「ほら、そうなるじゃん」
「ぐぬぬ…」
今度は見事に、私の方が言い負かされてしまった。
こうして、互いを睨みながら、私と転生者達の言い争いは膠着状態へと陥った。
「どうでも、いいけど、そろそろ仕事の時間よ! 皆、早く朝食を食べて、持ち場に向かいなさい!」
そこへ、兄であるトーヤの赤ちゃん化の危機を逃れたトーカが、場の空気を読まず、現実の仕事の話を切り出してくれる。こういう時はありがたい。
そうして、赤ちゃん姿の転生者達と、上座に座る私とカオリとトーカが、ただ押し黙って沈黙を守り、時間が無い為、急いで必死に朝食を食べるという、凄まじく異様な光景が生み出された。
普段は、愛想を振りまいているフェンとリーレンも今日だけは、その光景に怖れおののき、アメシャだけは面白そうに眺めていた。
こうして、この日から私と転生者達との、長い戦いの日々が始まったのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます