第51話 待ちに待った混浴タイムの始まりだ!
「お前、ちゃんと言ったんだろうな」
「あぁ、大事な事だから、ちゃんと二度言ったぞ」
「ちゃんと、分かる様に言ったよな?」
「だから、強調して『混浴』って言ったっていってるだろ!」
後ろの転生者が不安になって尋ねるが、前の尋ねられた転生者は何度も聞かれるので、感情的に答える。
今、転生者達は完成したばかりの岩や石で作られた露天風呂に、赤ん坊を除くほぼ全員が、すし詰めになって、湯船にぎちぎちになりながら入っている。これ以上入る隙間など、ほぼ無いであろう。
「明日にはもう一つの露天風呂が完成する。風呂が二つになれば、今後男湯と女湯に分かれる… だから一つしかない今日だけが混浴のチャンスなんだ!」
「合法的に女体を凝視できる機会だ…」
「こんなビッグウェーブを逃す手はないぜ!」
転生者達は鼻息を荒くしながら、息まく。
「しかし…20分程経つが…誰も来ねえなぁ…」
「ほんとに言ったんだろうな!」
「うるせぇ! 言ったっていってんだろう! 何度も同じ事聞くな!」
20分程、熱い湯船に使っているので、自然と頭に血が上っていく。
そこへ、舘の方からバッサバッサと羽根の羽ばたく音が聞こえる。
「あっ! セクレタママ!」
転生者達が一斉に振り返ると、手すりの所にセクレタが留まっていた。
「貴方達…何をしているの?」
「お風呂…いや、混浴に浸かっているんです!」
「いや、それは見れば分かるのだけど… 夕食はどうするのよ? みんな来ないからメイド達が困っているわよ」
「今日は…風呂…いや、混浴を満喫したいので遠慮します!」
転生者が絶対に混浴で待ち続けるという意思を表す。
「それならそれでいいんだけど、メイド達には伝えておいてね…」
「それより、セクレタママも御一緒に混浴は如何ですか?」
その言葉にセクレタは顔をしかめる。
「いや、如何と言われても… そんなギチギチの状態でどこに入ればいいのよ」
「い、今、場所を開けますから! ちょっと!お前!詰めろよ!」
「いてて! 押すな! こっちもギリギリなんだよ!」
「押すな! 押すなって言ってんだろ! ちょ! 背中! 背中に!!」
湯船の中を肌色の転生者達が蠢く。
「いや、私はいいから皆で楽しんで… それと何事も程々にね…」
セクレタはそれだけ言い残すと、舘へと飛び去って行く。
「くそっ、セクレタママには逃げられたか…」
「他にも女性は大勢いる! 希望を捨てるな!」
「じらせやがるぜ…」
転生者達が勝手に希望的観測を持つのは自由であるが、現実はそんな上手くは行かない。ただ、悪戯に時間だけが虚しく過ぎていく。
「だ、誰か来てくれ…」
転生者の一人がそう呟いた時、脱衣場の方で物音がし始めた。
「にゃーん!」
脱衣場から現れたのは、アメシャであった。しかし、転生者達の反応は芳しくない。
「…なんか何も心に来るものが無いな…」
「確かに…アメシャちゃん全裸なのに何でだろう…」
「そりゃ… メイド服脱いだら、ただの大きな猫だからな…」
転生者達の言う通り、アメシャの姿は直立している事を除けば、単なる猫の姿である。当然、転生者達の望む所は体毛に覆われていて、一切見る事は出来ない。
「にゃ! 一杯にゃ! 入る事が出来ないにゃ! 帰るにゃ!」
そう言うとアメシャは脱衣所へと戻っていく。
「全裸なのに…全裸なのに…」
「まだ、下着とか水着を着ていた方がいいかもな…」
「くっそ!くっそ!」
そして、またしても沈黙の時間が過ぎていく。
「まだだ! きっと来る! 絶対来る!」
「そうだ! 俺たちの願いは通じるはずだ!」
転生者達の祈りの声に応じるように、脱衣場で物音がし始める。
「俺たちの願いが天に通じたんだ!!」
転生者達は皆で脱衣場の方を固唾を飲みながら凝視する。
すると、濃い湯煙の中を徐々に肌色の姿が現れる。
『ゴクリ!』
「やぁ!みんな!僕もまぜてくれないか」
「くっそ!トーヤかよ!」
湯煙から現れたのはトーヤであった。転生者達は期待を裏切られ、口々に毒づき、悔しがる。
「では、僕も噂の混浴露天風呂とやらに入れて貰おうか」
トーヤはそう言うと、湯船の転生者達は全員、脱衣場の方に向いているので、その後ろ側の舘の方に回り込み、一番後ろから湯船に入ろうとする。
「ちょ! 今、ギチギチでこれ以上無理だから!」
「お前は自室で貴族風呂でも入っていろよ!」
「ほほぅ… それは帝国法務省所属の憲兵騎士であるこの僕に…何か隠し立てする事でもあると?」
トーヤの表情が冷徹になり、目を細める。
「くっそ! こんな時に権力振りかざしやがって!!」
「よいっしょっ! ふぅ~ いいねぇ~ 今はギチギチだけど広い風呂は~ 外にあるのも解放感があっていい」
トーヤは無理やり身体をねじりこみ、先程の様子とは打って変わって、一番後ろでくつろぎ始める。
「ちょ!、湯船につかる前に身体を洗ってこいよ!」
「それにお前、貴族なんだから、家でいくらでもいい風呂入れるだろ」
「家ではこんな解放感はないし、それに君達は、また面白うそうな事をするんだろ? 僕も仲間に入れてくれよ」
「おま! リア充だろうが!男と入って嬉しいのかよ!」
転生者がそう言い返した時、湯船の前方がどよめき始める。新たな入浴者が湯煙の中から現れようとしているのだ。
転生者達一同は押し黙り、固唾を飲みながら、新たな入浴者が現れるのを見守った。
「みなさん! こちらにおられたのですね!」
新たに現れた入浴者はフェンであった。フェンは胸元の所までバスタオルで身体を撒きながら、笑顔で転生者達に手を振る。その姿に転生者達の鼻息は荒くなる。
「やぁ! フェン君! 君も来たのかい!」
一番奥のトーヤがフェンに手を振って返す。
「トーヤ様もいらしたんですか?」
「あぁ、そうだよ。珍しい露天風呂と言うものだからね。なんでも、先に身体を洗うのが作法らしいよ」
「分かりました!」
フェンはそう答えると、近くの洗い場に向かい腰を掛ける。
「トーヤの奴!余計な事を言いやがって!」
「まぁまぁ、フェンちゃんの身体を洗う姿を眺めるのもよいぞ」
「そ、そうだな…そういう楽しみ方もあるな…」
そう言うと転生者達はかぶりつく様に、フェンの洗う姿を凝視し始める。
「うわぁ! ここの蛇口、お湯が出るんですね!」
フェンはそう言うと、白くか細い身体に洗面器でお湯を掛ける。お湯はフェンの身体を滑る様に流れていき、身体が少し赤くほてり、玉の水滴が身体に張り付き、フェンの肢体を艶やかにする。
「これが、液体石鹸かな? やだ! 顔にかかっちゃった!」
粘性のある白濁した液体石鹸がフェンの身体にかかり、ゆっくりとその顔や肢体を垂れていく。
「ゴクリ」
一番前の転生者が食い入るように見る。
「ピロリロン♪」
その時、その後ろの転生者が何かを歌い出す。
「テン↑テン↓テン↑テン↓ テン↑テン↓テ↑テー♪」
その歌に気づいた一番前の転生者は振り返る。
「お前、なんだよ急に歌なんか歌い始めて… それ、ポケットクリーチャーの進化時のBGM…って! お前! まさか! やめろ! bbbbbbbbbb!!! 進化するな!!! やめろぉぉぉ!!!」
事の次第に気が付いた一番前の転生者は必死に、止め始める…がしかし…
「テー レー レー♪テレレレッテレー♪」
前の転生者の制止も空しく、後ろの転生者は進化完了の音楽を歌い終わる。
「くっそ!くっそぉぉ!! 絶対、俺に当てるなよ! 絶対だぞ! ちょっ! やめ、やめろぉぉぉ!!! 当てんなっていってるだろ!!」
「うるせぇ!!! 俺だって当てたくないんだよ!! 後ろから押してくるから仕方ねーんだよ!!」
一番前の転生者が後ろの者たちを見ると、必死になりながらお互い距離をとるようにしている。どうやら、全員同じ状況で、互いに当たらないようにしているようだ。
「くっそ!!! やべぇ!!! これはマジやべぇ!!!」
「これはもう、恥ずかしい状態とか言っていられん! 湯船からあがるしかない!」
「こんなにギッチギチで動ける訳ねぇーだろ!!」
湯船の転生者達が一斉に険悪な様子になる。
「待て! 慌てるな! いつも、こんな時は協力して困難を乗り越えて来ただろ?」
「そうだな、同じ転生者、同じ日本人として、今まで心を一つにしてきたが… 体まで一つにはしたくねぇ!」
「おま! 体まで一つとか恐ろしい事を言うなぁ!!!」
最悪な状況の中、なんとか転生者達は冷静さを取り戻そうとし、状況を解決しようと試みる。
「落ち着け!先ずは、順番に上がっていこう… 一番前の奴、お前からだ」
「…無理だ…上がれねぇ…」
「なんで無理なんだよ!」
「岩に前がつっかえて…」
「くっそ!!」
一番前の転生者は申し訳なさそうな顔をするが、身体の方は状況を維持したままである。
「では、一番後ろの奴からはどうだ?」
「それはダメだ! 立つと前の奴の尻に刺さる…」
「いやはや、大変だねぇ~」
トーヤは既に上がっており、涼みながら笑っている。
「くっそ! 他に何も方法はないのか!!!」
「全員で一度に上がるのはどうだ?」
「そ、それはタイミングが重要だな…だが、もう時間はない!」
現在の状況も大変であるが、もう一時間以上、湯船に使っている転生者達は熱さの限界も近づいていた。
「いいか! みんな!!! 万が一の侵入に備えて、ケツを引き締めろぉぉぉ!!!」
転生者の一人が万が一の状況に備えて警告を発する。警告を受けた者たちはその万が一の状況を想像し、表情が今までになく険しくなる。
「いいか! いち、にの、さん!であがるぞ! では! いち!にの!さんっ!!!」
「スターップ!!! 一番前の俺はどうする!!! 立ち上がれないんだぞ!!!」
直前に一番前の転生者が叫ぶ。
「そ… それは… コラテラルダメージって奴だ…」
「ちょっ!! おま!!! まって!!!まってぇぇぇ!!!!」
「もう一度だ!! いち! にの! さぁぁぁんっ!!!!!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「…い、一体、何があったんですか?」
私は死屍累々と倒れ込む転生者達を目の当たりにして、カオリに尋ねる。
「まぁ…それは…聞かんといてやってくれへん…」
「だから、程々にしなさいと言ったのに…」
セクレタさんが呆れたように言う。
「しかし…ほんま、あほばっかしやなぁ…」
「本当にここは面白過ぎるよ」
脱衣場の片隅で、涼んでいるトーヤは笑いながら言った。
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