第48話 製錬と痩せるエルフ

 物凄い熱気が渦巻く中、炎の巨人でも入りそうな、大きな土壁の風呂桶の様な物がある。これは溶鉱炉だ。その物の側面には等間隔に穴があり、その穴から転生者達が火炎魔法を注ぎ込んでいる。


 転生者の一人が合図をすると、土壁の下部を、柄の長いつるはしで叩き壊す。すると中から白熱した溶岩の様な液体が、溝に沿って流れだす。


「よし! いい感じだ! マールたん! 危ないから下がっていて!」


私はその声に従って、土製の溶鉱炉から離れ、物陰に隠れる。


 転生者は私が離れるのを確認すると、皆、つるはしを持って、土壁を崩し始める。上から一人、水魔法をかけていて、物凄い水蒸気が発生している。


 私は離れた物陰から見ているが、濃厚な水蒸気が辺りを満たしていても、打ち砕かれた岩石の中に赤白く輝く金属が見えた。転生者達はそれらを見つけると、長い金ばさみの様なものではさみ、次々と水桶の中に放り込んでいく。


 水桶からも猛烈な水蒸気が立ち上がるが、徐々に弱まっていく。一通りの危なそうな作業が静まった後、私は金属が投げ込まれた水桶に、恐る恐る近づいていく。


「どうですか?ちゃんと出来ましたか?」


 私は近くにいた、水蒸気と汗でべとべとなった転生者に声をかける。転生者は私の存在に気が付くと、水桶からゴツゴツとした塊を取り出す。所々、鈍い光沢があり金属であると分かる。


「すごい! ちゃんと出来ているじゃないですか!」


私は感嘆の声を上げるが、転生者の表情は芳しくない。


「あれ? 嬉しくないんですか? ちゃんと出来ているのに」


「いや、多分、これはダメだと思う」


 そう言うと転生者は近くの石に、塊を投げつける。すると塊はまるで氷の塊の様に容易く、砕ける。


「えっ!? なんで金属がそんなに簡単に割れるんですか!?」


その様子を見て、作業をしていた転生者達が、ぞろぞろと近づいてくる。


「やっぱり、ダメだったか」

「だろうな」

「まぁ、予定通りだな」


「えっ!? みなさん、ダメなの分かっていたんですか?」


私は転生者達のやっぱりと言う態度に驚く。


「ただ、熱して溶かしただけだしな」

「元が酸化鉄だから… やっぱり木炭使わないとだめか?」

「その他の不純物も多そうだしな」


 私には鍛冶や製錬の事は知識は全くないので、転生者達の言っている事が、さっぱり分からない。


「つまり…製錬できないってことですか?」


「いやいや、そんな事はない。今回の挑戦は、鉱石の中の金属の含有量を調べる意味合いが強いから、ちゃんとした金属にするのはこれからだよ」


転生者はけろりとした態度で答える。


「やはり、元の鉱石の二割ほどか…これからは定番のやり方でするか?… いや、木炭がもったいないな」

「では、溶けだした塊をまた、砕いて木炭と加熱して、純化する?」

「それはそれで二度手間だよな… こう一度でスマートにできないか?」

「じゃあ、最初に言っていたみたいに、定番のやり方をするか?」

「いやいや、ここは異世界だし魔法が使えるんだ。何かいいやり方があるはずだ」


「みなさーん! 休憩の時間でーす!」


 転生者達が今後の方針について、相談している中、製錬場の奥から、女の子の声がする。

銀髪に長い耳、リーレン?でも、少しほっそりとしている。


 リーレン?は自分自身も汗だくになりながら、押してきたカートからタオルを転生者に配っていく。


「おぉ、今日も来たか!」


「あのぅ~ 彼女、リーレンですよね? なんかほっそりしてきてませんか?」


私は近くの転生者に声を掛ける。


「あぁ、そうだよ。リーレン嬢だ。俺たちが痩せさせる為に、色々、努力しているからな」


「えっ!? そんな簡単に痩せられるんですか!」


 彼女はここに来て、まだ一週間程である。最初来た時は本当に樽に手足が付いているようであったが、それなのに今の彼女の体積は恐らく、二割程度は減っていると思われ、ふくよかな体型程度になっている。


「どんな方法を使えば、あんなに痩せられるんですか?」


魔法でもあんなのは無理である。


「あぁ、先ずは大量に汗をかかせる。風呂の準備をさせたり、ここに来させたりして… で、次に…」


 リーレンはタオルを渡し終わると、転生者の一人から、一粒の赤い実を渡される。それを口に放り込むと何度か咀嚼して、飲み込む。


 転生者はその様子を確認すると、奥の戸棚から、グラスと水差しを採ってきて、リーレンに注いでやる。その後、皆も赤い実を食べて、グラスを受け取り、水差しからの液体をぐびぐびと飲んでいく。


「マールたんも飲んでみ」


 私はグラスを渡され、水差しから液体が注がれる。注がれた液体は、しゅわしゅわと小さな気泡が上がっており、魔法を使ったのであるか、少し冷えている。


 私は口元にグラスを引き寄せるが、少しつーんとした匂いがする。


「すっぱい! これ酢ですよね! それに口の中がしゅわしゅわします!」


 私は一口しか飲むことが出来なかったが、リーレンや他の転生者達は、次々とおかわりをしている。


「あはは、すっぱいだろう! じゃあ、この実を食べてから飲んでごらん」


私は転生者に赤い実を渡され、言われたとおりに口に含む、そしてもう一度、酢を飲んでみる。


「あれ!? 甘い! えっ? これ酢でしたよね? 甘くてすっきりしてますし、しゅわしゅわもいい感じです! これ美味しいですよ!」


先程まで一口飲むだけでも、難しかったのに今ではごくごく飲める。


「この赤い実は、俺たちの世界ではミラクルフルーツと呼ばれる物で、食べた後に酸っぱいものを甘く感じさせるものだよ。この世界にもあるかなと思って、セクレタママにお願いしたんだよ」


「へぇ~ 全然知りませんでしたよ。このしゅわしゅわしたのもいいですね。すっきりします」


「それは炭酸水と言って、俺たちの世界では当たり前の飲み物だよ… ん、炭酸… これを作った時の炭酸ガスを使えば…」


転生者は私に説明している途中で、何かを思いついたようで、考え出す。


「でも、なんで酢をリーレンに飲ませているんですか?」


「あぁ、ごめんごめん、考えこんじゃって… 酢には脂肪燃焼効果があるし、水気で胃袋を満たして、舌で甘さを感じればある程度の満腹感も得られる」


「ちょっと、分からない所もありますが、色々痩せる効果があるんですね」


 そんな話をしていると、リーレンの方では、転生者が茶色い物が載った器をだして来て、彼女が幾つも方張り始める。


「せっかく、痩せる飲み物のんでいるのに、彼女、一杯たべてますよ!」


「あぁ、あれはいいんだよ。あれも減量の一環だから」


そして、私にも茶色い物が渡される。


「あれ? 卵? これゆで卵ですか? うーん、いい香りがしますね… これゆで卵を燻製にしたものなんですか?」


「そうそう、ゆで卵。最初は普通のゆで卵だったんだけど…リーレン嬢が飽きてきたから、今は燻製したもの。来週は別の物を用意しないとな…」


「これ、美味しいですね。しかし、なんでゆで卵で痩せれるんですか?」


普通のゆで卵とは異なり、口の中に広がる香りがとてもよい。


「ゆで卵は、それ自体が持つエネルギーよりも、消化するエネルギーの方がかかるから、食べれば食べるほど痩せれるんだよ。あと腹持ちもいいしね」


 なるほど、なるほど。転生者のみなさんは、リーレンを痩せさせる為に色々な努力をなさっているようだ。


「リーレンに付き合っているから、皆さんもやつれてきていたんですね…」


「…やっぱし、やつれてきてる?」


「はい、それはもう… 最初は製錬のお仕事かキツイからだと思っていましたが…これが理由ですか…」


転生者はははっと乾いた笑いをして、痩せてきているリーレンの姿を見守った。




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