母なる海よ

カフェオレ

母なる海よ

 太平洋沖から引き上げられたプランクトンネットの中身を光学顕微鏡で確認するが、やはり落胆せざるを得ない。

 想像通りマイクロプラスチックばかりだ。研究対象としているプランクトンは見つからない。こんなことなら海洋プラスチックの研究にシフトチェンジすべきだったかと虚しく思う。

 私、小泉玲子こいずみれいこは海洋生物学者だ。

 専門は海洋微生物なのだが近年の深刻な海洋汚染、特に海洋プラスチックのせいで研究が全く進まないでいる。このプラスチックは海の作用によって粉々に削られて、マイクロプラスチックになると、魚の餌に紛れ、その体を蝕むだけじゃ飽き足らず、プランクトンネットの中までも占拠する始末だ。こんなのが世界中の海に広がっている。そのせいで私の研究も日々、プラスチックの採取記録と化している。おのれプラスチックめ。

 頭を抱えてるのは私達のような研究職だけではない。今や海洋汚染の結果、魚介類の減少そして値上がりが凄まじく、魚屋も大変なようだ。昔は魚が主食といっても良いような生活だったのだが、今やお肉さまさまだ。

 最近では天然の食料資源を捨て、食料の完全養殖の実現を訴える科学者が出始めたのだから世も末だ。

「よう玲子、研究は捗りそうか?」

 同じ研究室の先輩である大泉隆おおいずみたかしが絡んで来た。

 名字が似てるので、夫婦になれよなどと周りからいじられる。それに対してこの男は悪い気はしてないようだが、私はお断りだ。

「やめて下さいよ。イライラしてんですから」

「あー、すまんすまん。まあそう赤くなんなって」

 そう言うと大泉はヘラヘラしながら隣に座った。いかにも貧弱そうにクネクネしているこいつがどうして年上なのかと、嘆きたくなる。

「てゆーか、いつまでこんな海域に留まってんですか? 早く陸に上がりたいんですけど」

 もう船上生活も二ヶ月が過ぎようとしている。二ヶ月、プラスチックを観察している。

「仕方ねーよ。大学がまだ戻って来んなって言ってんだから」

「全く、みんな海をほっといて陸で平々凡々と暮らしてる」

「そう言うなよ。オレ達みたいな科学者がいないと地球の未来はどうなることやらだぞ」

 今は地球の未来よりも、このままでは私の精神がどうなることやらだ。

「今や魚介類のほとんどがプラスチックで汚染されてるからな。いつまでも海にこだわるなってか? このままじゃ、人類滅亡もそう遠くないな」

 そんなこと言われても私達に出来ることは少ない。プラカードに「海洋汚染反対」やら「プラスチック製品をなくせ!」とでも書いて国会議事堂に突っ込めばいいのか? そもそも私達の研究は人類を救うのが目的なのか?

「このままじゃパンクしそうです。ちょっと気分転換に泳いできます」

「マジかよ、潮に流されんなよ。あとサメとかクジラにも気を付けろよ」

 はーい、といい加減な返事をしてデッキへ向かった。顕微鏡の前でずっと座り込んでて、体が鈍ったのか相当足がもつれた。


 幸いにもこの日は快晴だったため、デッキからの眺めは最高だった。どこまでも続く水平線。さっきは地球の未来なんてと思ったが、この美しい光景は未来へ残すべきだ。そう感じさせてくれる潮風が心地よい。

 久々に泳ぐ海は綺麗とは言い難かった。しかし水の中というのはいい。重力から開放され自由になると、とても心が穏やかになる。母なる海とはよく言ったもんだ。

 陸に戻りたいとか言ったが撤回する。やっぱり海の方が水に合ってる気がする。海だけに。

 そう言えば先程大泉が言っていた内容と似てるが前にニュースで人類の滅亡までの時計とやらの針がまた進んだと言っていた。

 環境汚染により多くの命を絶滅させて来たのだから自業自得かと嘆かわしくなる。

 まあいい、私達には関係のない話だ。

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