あなたに恋をしていたんだ
モノズキ
サバンナ、星空の夜にふたり
「……クロサイ?どうかしましたの?」
「はいっ!?」
姫…シロサイが私の名を呼ぶ、私はあまりに急であったので
「いや失礼、ついつい姫のお姿に見とれてしまって」
と本音のままに答えてしまった
「悪いのですけど…眠くなってきたのでお先に失礼しますわ、おやすみなさい、クロサイ」
「ええ、おやすみなさい、姫」
私の葛藤を横目に姫はあまりにもあっさりと、美しい金色の長い髪を靡かせながら身体を横に倒し、姫が身につけている白銀の鎧はその雄大な輝きをそのままに夜の景色に溶け込んでいく、そして小さいながらも確かに聞き取れる、耳を昇天させる程に美しい天使の福音…もとい寝息を立て始めた。
姫はいつも暗くなるとさっさと寝てしまう。
いつもは気高く、美しく、そして強い姫も、寝ている時は天使のように可愛らしい
そしてその姫の寝顔を隣で見ることが出来るのはいつも私だけだ。とどこか自信に満ちた表情でニヤニヤしていた
その時のことであった。音も無く飛び、滑空し、ずさりと草を踏む音だけが私の耳に届いた
「足音だけはどうにもならないですか…でもまあ、そう驚くものでもないのですよ、クロサイ」
音の主は慌てて振り向いた私を宥めた
彼女はアフリカオオコノハズク、一言で言えばフクロウである、コノハ博士、警備隊のまとめる係、ジャパリ越後屋、ジャパリアクダイカンなどなどパークでの彼女の呼称は多いがそれも彼女の役割の広さと知的好奇心と題した私欲によるものと捉えてもらって構わない
いつもなら博士より一回り背丈が大きい助手が一緒だが今日は1人のようだ
「なんだ博士か…悪いがあまり騒がしくしないでくれないか、姫が起きてしまう」
「フクロウの私に騒がしくするなとは舐められたものです…で、何をしてるですか、お前は」
「姫の顔を見ていただけだ」
「顔?」
博士が顔に明らかな疑問符を浮かべているのがわかる
「ああ、とても可愛くまるで天使のようだ、この顔を見ているとまるで夢の中でも会えるかのように思えてしまう」
「そ…そうですか…」
「私はてっきり、寝込みを襲おうとでもしているのかと思いましたけどね」
「悪い冗談だ、私と姫はそんな間柄じゃない」
「ほう?ならお前にとってシロサイはなんなのです」
「しれたこと、姫は私の全てだ。寝ている時も、起きている時も姫は私の中心なんだ。だからこそ私は姫の従者として傍にいるのだ」
姫の自慢のはずなのにどこか嬉しそうな私を横目に
「これは興味深いのです」
と小声で囁いた
博士は聞こえてないと思っているかも知れないがサイの聴覚を舐めてもらっては困る
「で、何が言いたいんだ博士は」
「……コホン、」
わざとらしい咳き込む素振りを取ったあと
少しの間を置いて
「クロサイ、この際だから博士が直々に教えてやるのですよ、前々から思っていたけど…クロサイ、お前はシロサイに恋をしているのですよ!」
「………恋?」
私は博士が何を言っているのか分からなかった。少なくとも食べ物では無さそうだ、名前の響きからしてあまり美味しそうには感じない
「恋と言うのはですね、クロサイ、ひとりのフレンズが他のフレンズのことを好きで好きで好きでしょうがなくて寝ている時も起きている時もそのフレンズの事だけを考えてしまう事なのです、まさに今のお前なのです」
「成程…それなら間違いない!私は姫にコイ?をしているな!」
「…そんな簡単なものではないのですよ
そもそも恋と言うものは異性が…いや違いますね、えーと…そう」
「番になるということなのですよ!」
つがい
けものの頃に聞いたような気がする言葉だ
確か意味は
意味は
その思考の先を見るより先に私の頬は赤く染っていた、頭から煙でも出そうな勢いだ
「わたわた私などが姫とつがいになどなれる訳がないだろう!!?!?」
ショートした思考のまま捻り出した必死の反論である。もとより、私は姫の従者なのだ、王子様では無いのだ、決して
「しかしお前はシロサイに恋をしているのでしょう?先のお前のその言葉は、嘘では無いはずですよ」
返す言葉も無い。私は姫が好きだ
何者にも変え難いほどに好きなのだ
それは自分自身が一番よく知っている
赤く染った頬も色味を落として来た頃に、博士は口を開いた
「まあ…要らぬ世話だったかもしれませんね。ですが…自分の気持ちに正直になれないのはあまりに可哀想でしたから」
その顔はどこか不敵な、それでいて少しの哀れみを持つような、そんな顔をしていた
「では、私はこの辺で失礼するのですよ、助手との待ち合わせがありますから」
「あ、ああ…」
相槌を打つのが精一杯の私を横目に博士は音も立てず飛び去ってしまった。
また広いサバンナでふたりきり、
私は姫の方を向いた。
先程と同じように、安らかな寝息を立て、気持ちよさそうに眠っている。その素敵な寝顔は私だけのものさと顔を覗き込んだ。
そうしていると先程と同じように、いや、それ以上に感情が揺れているのがわかる
いまならはっきりとこの感情を言葉にできる
ああ、姫。わたしは、クロサイは、
あなたに恋をしていたんだ
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