俺の職場が気まずすぎる件について

都市上 博

プロローグ

 顔が良くなきゃ自由は無い。

 それは最早、この世の真理と呼べた。


 少し、世間に目を向けてみよう。

 例えば、俗に言うアイドル。大衆を魅せる彼ら彼女らにアイドルが務まるのは、皆顔が整っているからだ。

 例えば、俗に言う合コン。異性たちが集まる場において、顔が整っていない者は笑い者、酷けりゃ総スカンを食らって精神的ダメージメンタルブレイク間違いなしだ。

 例えば、俗に言う恋愛。これに至ってはもう、選り取りみどりの選び放題、お持ち帰りだってあら簡単! 見てくれがいい──それだけで桃色の性生活への片道チケットGETだぜ!

 どうだ、高い顔面偏差値はメリットの宝箱と言うしかあるまい。


 もちろん、アイドルだって実力の世界で生きるために、たゆまぬ努力しているだろう。顔が残念な人だって上手く立ち回ればムードメーカーになることや、気の合う相手と恋愛だってできるだろうさ。

 けれど無駄なのだ。

 顔が悪けりゃそもそも実力の世界に立てないし、どんなに上手く立ち回っても所詮は、盛り上げるための舞台装置ムードメーカー止まり。

 恋愛も、モテない者たちがお金やら共通の趣味でを異性との溝を埋めるのに忙しいのに、美男美女はその様を嘲笑うかのように溝を飛び越える。そしてあっという間に異性を自分の物にしてしまう。

 結局、最後にいい思いして笑うのは顔のいい者なのだ。

 全ては顔ありき。容姿を持たぬ者がいくら努力したって、行き着ける場所は──たかが知れてる。


 故に顔の出来イコール幸せであると、誰もがそれを黙認している。

 だから、口では『容姿なんてどうでもいい』なんて綺麗事を言う者が多いなか、顔の整った者が優遇されることを容認している。

 社会ではそんな暗黙の了解が出来上がっている。


 とある会社、そのオフィスで働く青年もその一人。彼も学生時代、顔面偏差値を絶対の価値観として過ごし、周りから優遇される側として、その境遇に甘んじて生きてきた。


 彼は優れた容姿の持ち主だった。

 女には苦労なんてしなかった。

 自身が困難にぶつかった時や、誰かに敵対する時も。

 自分が苦労せずに事を終えるため、自身の容姿目当てに取り巻く女性やSNSを利用することで、自分にとって都合のいい方向に解決してきた。

 そしてそれは、金銭に関しても例外ではなくて、女に頼めばそれだけでなんとかなった。

 それはさぞ快感だったことだろう。なんせ自分が努力せずとも、愛想を振りまくだけで周りの女たちがなんとかしてくれるのだから。

 故に、ただの一度の挫折も経験せず、ただの一度もモテない者たちの感情を理解しなかった。

 ああ、まさしく誰もが──少なくても男子は羨む理想の学生生活だ。


 そして現在、二十二歳にして大学を卒業し、社会人になった青年は──、



(失敗した失敗した失敗した失敗した──ッ!)



 酷く、酷く気まずい思いを強いられていた。


 確かに美貌というのは人生という名のゲーム、その難易度をイージーモードに変えてしまう魔法のステータスだ。

 だが美貌を活用するには条件があった。

 とはいえ、そう難しいことではない。

 その条件とは環境だ。


 少し考えればわかることだ。

 異性を選び放題なのをいいことに思いを寄せてくれている相手を無下にしたら?

 同性が多数を占めるコミュニティで、数少ない異性を片っ端から手籠てごめにしたら?

 そして──昔ぞんざいに扱った異性が同じ職場で、腹いせに自分に弄ばれたことを職場で言いふらしたら?


 さぁ、ここで質問ですクエッション

 もしもアナタが、そんな立場に立たされようものならどうなるのでしょう!


 みんな、想像出来たかな? 答えは簡単!

 怒りと嫉妬と憎悪が入り混じった、割れんばかりの熱い罵詈雑言が君を待っているだろう──ッ!



(……あぁ、まったく、たまったもんじゃねーよ)



 青年は心の中で愚痴をつく。


 一応青年の名誉のために言っておくと、別にそのような状態に陥ってなどいない。

 ただその一歩手前の状態まで追い詰められている、というだけだ。


 青年は悔しさから歯を食いしばり、オフィスの片隅に視線を向ける。

 その視線の先には同性の同僚と会話する一人の女性社員がいた。

 すると青年の視線に気づいたらしい。女性が青年に微笑んだ。

 それだけで青年は顔が引き攣りそうなるのを覚える。

 だが、それだと負けたような気がするので懸命に微笑み返し──そして目だけは、しっかり女性を睨みつけながら青年はこう思う。

 こんな思いをしなければならないのは全部──、



(全部アイツのせいだ!)



 ──と。

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