この目に映るは君の虹彩

奇印きょーは

空模様は雨のち雨

「綺麗だね」


ビニール傘がお気に入りの君はそう言って空へ手を伸ばす。

握られた傘は自身の役目を心得ているようで

不機嫌な雲の雫から持ち主を守ろうと左右に体を揺すっている。


「そんなに気に入ってくれたらプレゼントの甲斐があるというものだよ」

「私の機嫌は500円じゃないですよーだ。

 雨が降り始めたからご機嫌なの」


「雨が好き?前世が濡れ女か何かとか?」

「半分ハズレ、-50点進呈。

 好きなのは水とか水滴かな。光が反射してきらきらなんだもん」


・・・


君はもういない。

君の好きだった綺麗の先に君はいた。


・・・


「綺麗でしょ」


まるで生きているようだと言おうとした僕の頬に雫が流れる。

発見が早かったおかげで君は綺麗なまま水の中に、ただ冷たく、ただ固く。


・・・


(綺麗だ)


水に沈む僕を見つめるのは君の瞳ではなく淡い淡い月明かり。

だけどそれはとても優しくて、あの日見た君の笑顔を思い出す。

僕の最期は君が最期に見た景色をこの目に焼き付けると決めていた。


「馬鹿だね」

「馬鹿だよ。クイズだって-50点だったし」

「そういうところ。馬鹿だけど好きだったよ」


「なんで死んだんだ?」

「私ね、怖かった。好きになることも愛されることも。

 消えたら怖いものが大きすぎて、それなら先に自分が消えちゃおうって」


・・・


あの日、水面越しに君は寂しげな笑顔を浮かべてたね。

あの日の最後、君は僕に「生きて」と言ったね。

約束は守るよ。


・・・


「綺麗だろ」


僕は透明のビニール傘を勇敢な勇者の剣のように天にかざし振り回す。

襲いくる魔物のような雨もこの剣の前では無力に飛び散るしかない。

魔物たちは街の光を浴び、きらきらと様々にその色を変化させる。


「いつまでも子供みたいなことして本当に馬鹿ね」

「馬鹿は認めるよ。君と幸せになることを選んだ程度には利口だけれど」

「私も馬鹿を認めようかしら。口先だけは立派な人間を父親をしちゃうんだから」


僕は君を忘れられるほど利口じゃなかったけど新しく恋をした。

恋は愛に変わり、新しい命も授かった。

でもやっぱり利口にはなれないようだ。


「この子の名前、僕が決めていい?」

「酷いセンスじゃなければ、ね」

「じゃあ、雫。好きなんだ水とか水滴とか」


いつの間にか晴れた空からは日の光が差し始め、濡れた街を虹色へ輝かせる。

それはいつか見た君の瞳のよう。


「綺麗だね」

「うん、綺麗だ」


いつか君にまだ見てないたくさんの綺麗を伝えるため、

僕は少しだけ長生きする。

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この目に映るは君の虹彩 奇印きょーは @s_kyoha

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