第2話 乙女ゲーム
自宅の部屋に着地した玲美は、靴を脱いでソファーに座ると、さっそく光里から借りた革袋を手に取った。革袋から取り出した水晶に手をかざすとゲームがすぐに起動する。
『王子様との出会いは学園で……』
部屋の真ん中に浮かぶように現れた特大の画面にタイトルが映し出された。光里の大好きなメインヒーローのアイザック様がこちらを笑顔で見つめている。玲美は画面が大きすぎて、誰もいない部屋なのにキョロキョロと周りを確認しながら、慌てて画面サイズを調節した。手の中に納まるサイズまで小さくできてやっと息を吐く。掌サイズであれば、誰かが入ってきても玲美の身体で隠すことができる。
玲美は乙女ゲームをやったことがないので、この物語の攻略ももちろん初めてだ。ただ、光里に散々聞かされていたので、内容は知っている。
攻略対象者のセリフに対するヒロインのセリフを選択肢から選んで進めるゲームで、選択肢によって好感度が変わる。好感度が高いと攻略対象のイケメンとハッピーエンドになれる訳だが、光里がやり込んでいたおかげで、どの選択肢を選んでも好感度が足りなくなることはなくサクサク進める事が出来た。
ただ、ときめきながらではなく、突っ込みながらになってしまったけれど……
ゲームの登場人物はどのルートでもヒロインと攻略対象となるヒーロー、そして二人の障害となる悪役で構成されている。ヒーローにアイザックを選択肢した場合、名前を変えなければヒロインはサラ、悪役はアイザックの婚約者のジュリア・ルビギノーサ侯爵令嬢になる。
(どんな世界でも高位貴族は悪役なのね。結構大変なのに……)
【ある日の昼休み】
サラはジュリアに理不尽な言いがかりをつけられていた。そんなサラのもとにアイザックが姿を見せる。
ジュリアはアイザックに気づくと、平然と挨拶をして去っていった。アイザックは何も言えないままジュリアの後ろ姿を見送っている。
(悪役令嬢に虐めるなって注意しないの?)
アイザック▶『ジュリアは怖いよね……。何も言ってあげられなくてごめんね』
サラ/選択肢A▶『気にしないで下さい。アイク様が注意すると、問題が大きくなってしまいますもの』
アイザック▶『そうだよね。君は本当に優しいな』
【秘密のデート】
アイザックとサラは、二人だけで休日に街のカフェを訪れていた。そのカフェの前をジュリアが通っていくのが見える。
アイザック▶『いま、ジュリアがカフェの外にいた気がする。見られていたらどうしよう』
サラ/選択肢C▶『私が何とかしますわ』
アイザック▶『ありがとう。サラだけが頼りなんだ』
(えーっと、サラに任せちゃうのね。弟系王子様って感じなのかな?)
【サラの入院する病室】
ジュリアに階段から落とされたサラは骨折してしまい、病院に入院していた。そんなサラのお見舞いに来たアイザックの顔色が悪い。
アイザック▶『僕に王太子なんて勤まらないよ。父上に今日も注意されちゃったんだ』
(入院している相手に愚痴……)
サラ/選択肢A▶『まぁ、そんなこと言わないでください。この国の王太子はアイク様以外考えられませんわ』
(うん、他に兄弟がいないからしょうがないよね)
【卒業パーティ当日】
サラがドレスに着替えてパーティが始まるのを待っていると、アイザックが突然現れる。
アイザック▶『君が僕の隣でずっと励ましてくれるなら、なんだって出来そうなんだ! 結婚してくれたサラ。国王が決めた婚約なんて破棄すればいい』
サラ/選択肢B▶『アイク様、嬉しいわ。私がお支えします!』
(サラにアイザックの尻を叩けるかな? アイザックには、性格は悪いけど頭のいい婚約者の方が合ってる気がする)
画面の中でアイザック王子と主人公サラが抱き合っている。数日かけて攻略した玲美はそれをため息混じりに眺めていた。
(まさか、アイザック王子がこんなキャラだったなんて……。弟……というより、アイク姫?)
確かに光里はアイザックの話をするときに「可愛い」という言葉を連発していた気がする。光里は駄目な男に尽くすのが好きなのだろうか? いろいろと疑問は出てくるが、とりあえず、ハッピーエンドに持っていけたので満足だ。さすがに途中で投げ出したら、光里に申し訳ない。
画面の中では、婚約破棄のシーンが無事に終わり、幸せそうな結婚式に移っている。画面字幕には、お決まりの『二人は末永く幸せに暮らしました』という言葉が出てきて玲美は苦笑した。
(ここからが問題だらけで大変だと思うんだけどな……)
決断力のないアイザックに、平民としての知識しかないサラ。かなり厳しい教育が待っていることだろう。玲美はそこまで考えて、これはゲームなのだからと頭を切り替える。
玲美はゲーム画面を閉じて、革袋に丁寧にしまった。玲美にとっては『アイク姫』でも光里にとっては『アイザック様』なのだ。
(光里になんて感想を伝えよう?)
玲美は革袋を机の上に置くと、お気に入りのくまのぬいぐるみを抱きしめる。ゲームを貸してくれたときの親友の笑顔を思い出して頭をかかえた。
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