真・白乾児(改訂)

ボン

プロローグ1

2012年7月の週末


東京ドームからほど近い、東京都のセミナーハウスでは只今「都立高校生」を対象とした留学支援プログラム「ネクストリーダーキャンプ」の閉会式が粛々と進行していた。

出発当初には101名いた第1期生達だが途中でホームシックや体調不良になって帰国した者がいたりと、今回の帰国式に出席したのは97名だった。

無事式典が終了すると、すでに夏休みに突入しているさまざまな制服に身を包んだ男女達がわれ先にと会場を出て行くなか、居残りを告げられた俺だけが小ホールの後列にポツンと一人取り残された。


やがて背後の扉が開き、こちらへ近づいて来るハイヒールの刻むリズムと香水の匂いとは俺の良く知るものだった。


スッと伸びた背筋は日本舞踊の舞手の様な体幹の強さを伺わせ、白い半袖ブラウスの胸元をを押し上げる形の良いバスト、グレーのタイトスカートから覗くスラリと長い脚、ボブの似合うクールな鳶色の三白眼の持ち主は都の教育委員会からセラピストとして今回の留学に同行していた「如月 蜜子」


白ロシアの血を引くと云うその美貌もさることながら、自立した大人の女性としての佇まいは男子生徒ばかりではなく女子生徒の憧れの的でもあったが、はてさてその実体は海上保安庁から都に出向中の女性キャリアだ。

そして海保のキャリア組は基本「技官」なのだが、ウチの親父や蜜子お姉サマの様に入庁後に「公安職」にジョブチェンジする者も少数だがいる。


その彼女から「真白 乾」殿と書かれた封筒を手渡された。

我が親愛なる都知事からのものだったので取り敢えず目を通して見る。内容は今年5月にアメリカで開催された「HAL学生科学フェア」での最優秀賞を讃えると共に表彰をしたいから来れないかというものだった。

「HAL学生科学フェア」は別名「科学のオリンピック」と言われる高校生を対象とした世界的イベントで、歴代の優勝者から数人のノーベル賞受賞者を出している事でも知られており、今年の最優秀者である俺には賞金15万米ドルと他にもアメリカの名門大学からも奨学金付きでスカウトがあった。


またそれ以外にも昨秋にラスベガスで開催された高校生のEスポーツの国際大会でも優勝して賞金10万ドルの賞金を得ていた俺は今回の留学先でありかつての古巣でもあるニューヨークのミリタリースクールにおいて射撃とフェンシングの代表選手としても活躍しており、スクールの女の子達にモテモテで、タイガーウッズの気持ちが少し理解出来た様な気がしていた。


封筒をしまい1Fのエントランスロビーに降りると、密子サンはコーナーにある自販機で野菜ジュースを2パック買い、一つを俺に渡すと一緒にベンチに腰掛ける。

エントランスにはまだ半数以上の連中が残っており、仲の良いグループで記念撮影をしたり、おしゃべりを楽しむ者などそれぞれに賑やかな様相を呈しているが、その中に俺の知り合いは居ない。


何故なら俺だけ半年に渡る事前講習に一度も参加せずに、渡米直前に特例で参加した事。またその所属も「都立高校」では無く「」だからだ。


「高専」と聞いてピンと来ない人もいるかと思うが「高等専門学校」の略で、簡単に言えば高校と短大を併せた様な5年制の学校だが、各県の中でも比較的僻地にあることが多いため目立たない事が多い。

また高校との最大の違いは、高専は大学などと同じく高等教育機関であり、高校とは違って教育委員会の傘下にはない事だ。


にも関わらず俺が今回のプログラムに参加出来たの親父の後援者でもあるタカ派の都知事の鶴の一声で東北震災被災者向けの「震災特例」が設けられて参加条件が緩和されたためだ。


とは言うものの他の参加者達はそれなりに俺の事を知っているらしく、さっきからこちらをチラ見てくるのはミニスカートから粗挽きソーセージの様な太腿を覗かせた女子の一団だった。

俺はすかさず欧米人ばりのキラースマイルを返すが、嫉妬するかの様な周囲の男子生徒達のチリチリとした視線のベクトルが痛い。


10分後、セミナーセンターを出た俺たちは総武線を浅草橋駅をおりると彼女のオススメだという、路地裏にあるこじんまりとした江戸前寿司の店に入る。それぞれ上寿司を1人前半を頼む、親父さんがハケでトロに醤油を塗る手捌きを見ながらSNS用に写真を撮らせて貰う。

この店はそれ程高い訳ではないが、余りの美味さに俺達は会話を忘れて、寿司に没頭する。


隣で寿司を旨そうにつまむ彼女は秋より北欧の大学院への留学が決まっている。

蜜子の実家は代々陰陽師の家系だそうだが、祖父と父親は旧帝大の教授であり、また京都左京区の大地主でもある。

また彼女は先祖返りによるモノか子供の頃から人間の纏うオーラが見える子供だった。それのみならず本などページをパラパラめくるだけで内容をカメラの様に記憶出来、ビートルズを聞いている内に英語を聞き取れるようになり、瞬発力でも同世代の男子を凌ぎ、腕だけでロープ登りが出来る程だったし、陸上競技でも県大会レベルでは無敗だった。

また高校を卒業するまで特に勉強などしなくても常時学年で一番だった。


大学は京都大学で人工衛星を利用して地表の情報を調べるリモートセンシングを専攻しつつ剣道でも、インカレや国体で優勝した。


そんな彼女に課せられたミッションは俺たち留学生の面倒を見ることでは無く、北米における東アジア諸国の反日ロビー活動の調査がメインだった事から元上司の息子である俺に協力を求めて来た。

そのお陰で俺は、毎週末には射撃場に一緒に連れて行ってもらったり、これまで専ら覗くだけだった「闇サイト」を利用出したりとメリットも大いにあった。


また俺は何故蜜子が海保に入ったのかを聞かされたが、彼女がまだ高校の時、長野五輪のポランティアに参加していた時、中国人の工作員が暴動を起こした際にも、警察が何もしなかったのを目の当たりにして、この国の警察では、もはや有事の際に対応出来ないだろうと警察や政治家に対して不審を抱くようになったためだ。


そして大学4年時に大学院に進むか就職するか進路を考えていた時に官庁訪問で海上保安庁を訪れた際、当時「警備情報課長」だったウチの親父から海保は警察力と軍事力を併せ持つ組織でありながら、現場の指揮官の裁量が大きいと言う話を聞いたからだそうだ。


一昨年の不祥事で親父は海保を去ったが、彼女は今でも親父の事を「最も頼りになる上司」と心酔しきっており俺としては少々複雑な気分だ。


30分後、笑顔で店を出た俺達はおそらくこれが最後となるであろう長いキスを交わし別れると、俺は中央区にあるキリスト教系の大学病院に向かう。


今を遡る1995年の4月1日の朝、地下鉄テロにより野戦病院さながらだったこの病院の礼拝堂から流れる賛美歌の歌と共に俺は生まれた。













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真・白乾児(改訂) ボン @bon340

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