ボッチくんの学校事情 ~放っておいてくれると嬉しいです~
槻白倫
ボッチくんと王子様
第1話 ボッチと王子様
県立
「きゃー王子ー! こっち向いてー!」
「今日もかっこいー!」
「スマイルくださーい!」
女子連中はわーきゃーと騒ぎ、男子連中は遠巻きにしながらも、その美貌に思わず視線を向けてしまう。
老若男女を魅了する王子。それが、一年三組所属、出席番号十二番、
綺麗な天使の輪を作り上げる黒く艶やかな髪。全てに興味がなさそうな、けれど、時折優し気な笑みを浮かべる涼し気な
それに加え、運動神経抜群、成績優秀、文武両道を地で行くスタイルに女子はもうメロメロだ。駄目押しでもう一つ上げるのであれば、剣道部のエースでもある。
まさに王子。
これはちやほやされても仕方が無い。男子も佐倉麗を前に堂々と物申せる者はそうはいない。いや、これには語弊があろう。男子だからこそ、佐倉麗に対して物申す事が出来ないのだ。
佐倉麗はスポーツバッグを担ぎ、背中に教科書などが入っているリュックを背負っている。
学校指定のブレザーをしっかりと着こみ、学校指定の
そう、スカート、である。
一陣の風が吹き、佐倉麗の艶やかな黒髪とスカートをなびかせる。
そう。何を隠そう、鹿嶋田高校の王子様、佐倉麗は――――――――女子なのである。
〇 〇 〇
外で麗がわーきゃー言われている様子を、窓際の最後尾という最高の席から眺める。
「……今日も今日とて人気者だな」
大変そうだと思いながら、少年――
ただいま、スマホで日課の朝の巡回の最中なのだ。巡回ルートは指を上から下に動かすだけという簡単なルート。まぁ、SNSを覗いているだけなのだけれど。
好きなイラストがあったらグッドを押して、好きなラノベの新刊情報があったらグッド&拡散。
これが、柊の朝の日課である。
ちょっと時間があるときにSNSを見て、もうちょっと時間があったらネット小説を読む。入学当初から変わらない柊の日課。
とはいえ、柊は入学してからまだ二週間程しか経っていないので、これからこの日課が続くのかどうかは分からない。
――まだ二週間しか経ってないのか……。
思い、柊は窓から外を覗き込むけれど、流石に麗の姿はもう無い。
そう、まだ入学して二週間。それなのに、麗は朝からきゃーきゃー騒がれる程の人気者になっている。
それには、勿論明確な理由がある。
まず、麗は顔が良い。男っぽい訳では無いけれど、涼やかで美しい顔をしている。某女性だけの歌劇団に居てもおかしくない程の美貌だ。その美貌に加え同性というある種の気安さもあって、女子から多大な人気を博している。
次に、麗の元々の知名度だ。
麗は中学の頃も剣道部に所属しており、大会などで目覚ましい成績を残している。大会などで活躍すれば他校の生徒の間でも話題になる。それが、麗程の美貌の持ち主ならばなおさらだろう。
剣道部にイケメン女子が居る。その噂は学校の違った柊の元にも届いたくらいだ。恐らくは、写真も出回っていただろう。
元々の人気もあってこその、現段階でのこの人気っぷりなのだ。
最後に、ここ二週間で麗がした功績も原因の一つである。
曰く、階段で転びそうになった女子生徒を抱き留めた。
曰く、体育の授業で足を捻った女子生徒をお姫様だっこして保健室に届けた。
曰く、ナンパされている先輩を助けた。
などなど。真偽の程は確かでは無いけれど、麗についてそういった噂が流れているのだ。
因みに言えば、足を捻った女子生徒をお姫様だっこして保健室に届けた話は本当だ。その場面には柊も出くわしている。
ともあれ、そのシーンだけでも麗の王子様化を加速させる要因にはなり得るだろう。
プラス、普段の麗の態度や言動もあいまって、麗は早くも王子様という地位を確立しているのだ。
「おはよう」
スマホを見ていた柊の耳に涼やかな声が入り込む。
声の方など見なくとも分かる。
けれど、視線をちらり。
そこには、鹿嶋田高の王子様佐倉麗が居た。
数人の取り巻きを
そんな姿だけでも様になっており、女子連中はうっとりしている。
「はぁ……流石王子。今日も麗しい……」
「なんか、心なしか薔薇の香りが漂ってくるようね……」
「それ、多分王子が使ってる清缶剤よ……」
「そんな訳無いわ。この匂いは王子から流れてるのよ……」
「いや、だから清缶剤だってば……」
「いいえ、これは、王子の汗の匂いよ……」
「その考え、普通にきもいわ……」
うっとりしながら、女子達はトリップしたように頬を染めて会話をする。
だいぶアレな会話が聞こえてきたりするけれど、夢見心地なのには変わらない。
――アイドルはトイレに行かないって言ってる奴みたいだ……。
女子達の会話を盗み聞きながらも、柊は視線をスマホに戻す。
皆の人気者である麗だけれど、だからこそ、柊には関係の無い人物だ。
柊は人気者の麗とはまるっきり正反対の人物だ。
趣味は読書にゲーム。部活には入ってないし、休日は滅多に家から出ない。友人も数える程しかいないし、その友人も別の高校に行ってしまったのでこの学校では友達ゼロ。未だに隣の席とも会話が出来ておらず、今日までずっとスマホと睨めっこである。
だが、それで良い。それこそが柊の望んだ学生生活。目立たず、騒がず、静かに三年間を過ごす。それが、柊の学生生活の目標である。
今のところは順調だ。これからだって、変な失敗しない限りこの生活は続いて行くだろう。
――今日も平和だなぁ……。
いつもと変わらない日常。これこれ、こういうのが良いんだよ。
のほほんとしていれば朝のホームルームは終わり、ついでに言えば午前中の授業も終わる。授業に特にアクシデントなんて無い。しいて言えば、現代文の授業で、麗が音読したら女子連中がうっとりしたくらいだ。
麗は頭も良ければ、愛想も良い。上を立てる事も忘れず、丁寧な喋り口調をしているので、教師陣からの覚えも良い。まだ二週間だけれど、気難しいと有名な教師さえも麗の事は素直に褒める。
他の者への対応と明らかに違うので、その時は柊も流石王子様と思ったものだ。
「麗様、これ見てー! ちょーかわいくない?」
王子様は食事中の所作も完璧である。
机をくっつけてお弁当を食べている麗達。女子高生らしくきゃっきゃっとはしゃぎながら一人の女子生徒が麗にスマホの画面を見せる。
麗はもくもくと咀嚼をして口の中の物を食べ終わった後、薄く笑みを浮かべてその女子生徒に言う。
「可愛いね。どこの猫かな?」
「ふぇあっ!? う、うちの猫でひゅぅ……」
自分に言われた訳では無いけれど、その女子生徒は顔を真っ赤にして噛み噛みになって答える。
「そうなんだ。人懐っこい子かな? もしよかったら、今度会いに行っても良いかな?」
「ぜ、ぜひ!!」
「ありがとう」
ここでプリンススマイル。女子生徒は顔を真っ赤にして撃沈してしまう。
理解できたと思うけれど、麗は口の中に食べ物が入っている時には絶対に喋らない。それで例え会話のテンポが遅れたとしても、麗は変わらずに食べ物を飲み込んでから答える。
普通、女子であったらそれが気に食わないとなったり、上品ぶってるだなんて思われるのだろうけれど、麗の場合であればそんな姿も王子様然としていて好意の対象となる。
一挙手一投足が王子様。王子様は完全無欠。佐倉麗と書いて王子様、王子様と書いて佐倉麗。それが、周囲の共通認識なのだ。
王子様を囲んで、楽しそうにきゃっきゃうふふ。これぞ、バラ色の学園生活とばかりに楽しそうにしている。
対して、柊は早々に食事を終わらせてゲームをしている。
お昼休みはソシャゲを回す時間だ。柊は幾つかソシャゲをしているので、スタミナを効率よく消費するためにゲームを順番にプレイしていく。
イヤホンを付けて自分の世界に浸りながら、周囲を気にせずにゲームをする。
この時間は柊にとっては憩いの時間。誰にも侵されたくない時間だ。
大勢に囲まれている麗と、一人ぼっちの柊。二人は対局に位置する存在だ。
だから、関わる事なんて無いと、その時は思っていたのだ。
授業が終わり、掃除を終わらせれば柊はすたこらさっさと帰宅をする。
授業の終わった学校に用は無い。であれば、長居は無用である。
ミュージックプレイヤーにイヤホンを差し込み、学校を後にした――
「あ、宿題学校に忘れた」
――のは良いのだけれど、帰路の途中で宿題のプリントを学校に忘れた事に気付く。
宿題として渡されたプリントを教科書に挟んだままにしてしまったかもしれないと思い、リュックの中を確認してみれば案の定、リュックの中に渡されたはずのプリントは無かった。
柊はノートは持って帰るけれど、教科書はロッカーに置いて行く主義だ。板書はしっかりしているので、課題はノートを見れば問題なく終わる。それに、今の時代はネットで調べものが出来る。わざわざ重たい思いをして教科書を家に持ち変えるメリットは少ない。
とはいえ、今回はそれがあだになった。
ノートならば良かったけれど、教科書に挟んでしまった。しかも、その宿題は気難しいと有名な教師が出した物だ。明日も授業がある事を考えると、戻って取ってくるのが良いだろう。
「はぁ……めんど……」
帰路ももう半分。面倒だなと思いながらも柊は来た道を引き返した。
とぼとぼと歩き、学校に着いた頃にはすでに校舎に人影は無い。特別教室棟から吹奏楽部の合奏が聞こえてくるくらいしか、人が居る事を確認できない。
夕日差し込む校舎の中を歩き、柊は自分の教室へと向かった。
教室には、校舎には誰も居ないと思っていた。
運動部は部活に行っているし、帰宅部だって早々に帰っているはずだし、学校行事が無いので生徒が残る理由も無い。
だから、教室には誰も居ない。柊はそう思っていた。
がらがらと柊はいつも通り教室の扉を開ける。
そして、柊はこの事をすぐに後悔する事になる。
どうして確認しなかったのだ。どうして誰も居ないと思っていたのだ。教室の扉は普通の硝子だ。中はちゃんと見えるだろうに、どうして確認を怠ったのだ。
そう自分を叱責するも後の祭り。
「え?」
「は……?」
響く驚愕の声に驚く柊。
そして、視線が合う。
そこに居たのは鹿嶋田高の王子様、佐倉麗。
しかし、その様相はいつもと違った。
着ている物は同じだ。身なりが大きく変わった訳では無い。
けれど、一部分だけ確かに違った。
麗の頭部。そこに、麗が絶対に付けないであろう物があった。
大きなピンクのリボンのついたカチューシャ。それが、麗の頭に堂々と鎮座していたのだ。
「は?」
その事実が上手く頭に入らず、柊は困惑の声を上げた。
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