『淵に立つ』 いかにも家族映画らしいのに、ゲスに聞こえるセリフ

 崩壊した家庭が、娘に起きた事件をきっかけに絆を深めていくという、マイナスに振り切れた映画。


 前半は、冷え切った主人公一家に、浅野忠信演じる出所した元服役囚が尋ねてくるところから始まる。

 夫は唐突に、彼を住み込みで働かせることを決めてしまう。


 元服役囚は真面目で、仕事も熱心にこなすが、やはり異質な感じがして、妻と娘は気味悪がる。

 あるとき、服役囚はオルガンの稽古をサボっている娘にオルガンを教えてあげた。それから娘は懐きだす。

 服役囚が殺人を犯した罪を告白したことで、妻も心を開く。


 しかし、夫には時々きつく当たる姿も。

 彼は夫が殺人の共犯者であるという事実を、隠していたのだ。


 やがて服役囚の歪さは表面化していき、決定的な事件が起きてしまう。


 後半は、それから八年後の話だ。


 あの事件以来、皮肉にも家庭は一つになっていた。


 妻に声一つかけなかった夫が、コミュニケーションを頻繁に取るようになる。


 娘は服役囚にゲガを負わされ、全身マヒを患った。

 妻に介護されて過ごしていた。


 そこへ、新人が入ってきたが、彼には家族に八年前を想起させる秘密を持っていた……。



 この話で印象的なのは、会話シーンだ。


 前半、食卓で夫はのけもの扱いだ。

 妻と娘は神に祈りを捧げてから食事をとるが、夫は真っ先に食べている。

 夫も、娘が通学のときは声をかけるが、妻が出かけるときは無視する。


 服役囚は、食事をいち早く済ませて洗い物まで。


 後半になると、介護が必要な娘は自室で食事を妻に食べさせてもらう。

 夫は食卓で、その光景をモニターで見る。


 事件に関しては関節的にしかわからないような作りになっているため、ミステリというタッチではない。どんでん返しのような凝った構成もない。


 その分、ドラマに集中を強いられるのだが、このドラマが重苦しく、胸をえぐってくる。


「起きてしまったものは仕方ない」

 という気持ちにさえさせられた。



 前科者には、殺してしまった相手に手紙を送るといった贖罪の気持ちと同時に、共犯者の幸せを妬む狂気性もはらんでいた。


 主人公は、

「あの時俺らは本当の夫婦になったんだよ」

 というセリフを、終盤になって語る。

 

 だいたいの映画では、美しい言葉として映るだろう。

 家族が苦難を乗り越える場面では、たいてい語られるセリフだ。



 しかし、本作では「もっともゲスなセリフ」として描写される。



 ここまで白々しく描かれた場面を、オレは見たことがない。

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