1-46 アルコと春樹
ミカイルの館から1日ほどの道のりを経て、春樹たちはようやく大樹へと到着した。
「これから大樹の中を通り、頂点を目指すんだけど…」
竜車の中で、ミカエリスはそこまで言って口を閉じた。秋人がそれに反応する。
「どうしたの?ミカエリス。」
「いえ…春樹にお願い事があるんだけど、ちょっと頼みにくくて。」
「…俺に?なんだよ。」
「アルコのところについても、すぐには通らない…というか、すんなりは通れない。そこでハルキには仕事を一つお願いしたいの。」
春樹は無言でミカエリスの話を聞いている。ミカエリスは春樹の顔色を伺いながら、話を続ける。
「大樹の頂点に行くためにはアルコがいる部屋を通らないといけないのは話したわね。たぶん、そこにはルシファリスより私たちが先につく…だけど、私たちはその手前で留まるつもり…」
「…でも、留まってたら先を越されちゃうんじゃない?」
「アキトの心配もわかるわ。でも、アルコの状態はそんな簡単じゃない…今の彼は無差別に襲いかかる殺戮マシーンみたいなものなの。私やルシファリスを見たら、大樹を破壊する勢いで襲いかかってくるのよ。」
「げぇ…殺戮マシーンの神さまとかタチが悪いよ…」
「そう…だから、ハルキにお願いしたいの…あなたなら会話ができるかもしれないから。」
ミカエリスの言葉に、秋人が苦虫を潰したような顔をしていると、春樹が重い口を開いた。
「要は…アルコを誘き出してルシファリスたちにぶつけたいんだろ?」
「本当に察しがよくて助かるわ。その通りよ…やってくれるかしら?」
「お前たちに同行するって決めたんだ。俺しかできないってならやるよ。でも、クロスじゃダメなのか?戦闘能力はクロスの方が断然高いんだから、そっちの方が成功率は高いと思うが…」
そう言いながら、春樹は少し後ろでひょうひょうとしているクロスを一瞥する。
「俺じゃ反応すらしないんだよ。あのおっさんは…」
「そうなの。クロスを一度会わせてみたけど、まったく反応しなかったわ。」
「なんか蚊帳の外みたいでムカついたから、一発蹴りを入れたら死にかけたけどな!ハハハハ!」
笑えないジョークを言いながら、クロスは大笑いする。春樹はため息をつくと、ミカエリスに向き直った。
「…で、なんて言って誘い出すんだ?」
「なんて言おうかしらね…」
ミカエリスは首を傾げながらそうつぶやく。
「そこもノープランなのかよ…」
「う〜ん…というより、あなたを会わせることでどうなるか未知数なのよ。いきなり襲われる可能性もあるし、話せる可能性もある。もし話せたなら、ルシファリスが来るぞって言ってくれれば、私はそれでいいの。」
「あとは俺任せってことか…まぁいいや、彼の状態を詳しく教えてくれ。」
ミカエリスはうなずくと、クロスに視線を移す。クロスはめんどくさそうにそれを了承し、春樹に話し始めた。
「あのおっさんは今な…」
◆
大樹の入り口から頂点付近までは、それほど時間はかからなかった。
竜車はあるところまで来ると、その足を止める。
「さて、待機するのはこの辺りね。ハルキ…あなたの出番よ。」
「意外と早かったな…」
春樹はそう言うとすぐに竜車から降りていく。
「あなたが部屋に入ったら私たちは姿を隠すわ。」
ミカエリスの言葉を聞きながら、春樹は地面に足を下ろす。
不思議な感覚だ。
大樹は上に伸びているはずで、自分たちも上に登ってきたはずなのに、ここは地上と同じ重力感なのだ。
目の前には大きな建物が大樹の広い通路をふさぐように佇んでいて、後ろには自分たちが通ってきた道がまっすぐと続いている。
目の前の建物へと視線を戻すと、宮殿とも城塞とも言い難い、大きなその建物には窓など一切なく、真ん中にポツンと小さな扉があるだけ。
春樹は気を入れ直して、ゆっくりと扉へと進んでいく。
竜車からミカエリスたちがそれを見守るように見ており、ハルキに向かって秋人が声をあげた。
「春樹!!無茶はしないで!!」
振り向くことなく、秋人の言葉に手をあげて春樹は応える。
そして、そのまま歩いていく。
・
・
扉の前に着く。
思ったより大きな扉で、春樹の2倍ほどはある。
なんの変哲もない扉だが、春樹は妙に懐かしいものを感じた。
(…どこかで見たっけ?)
ただ取手が付いている普通の扉。
わからないことといえば、何でできているのか…その材質くらいである。
表面は木のように少しざらついているが、木のような温もりは感じられない。
逆に鉄のような冷たさと重厚感が感じられた。
記憶を探るが思い出せずに、春樹は諦めて取手に手をかけて、ゆっくりと扉を開いた。
全部は開けず、半分ほど開いて足を踏み入れ、そのまますり抜けるように体を部屋に入れる。
その瞬間…
シュバッ
何かが頬をかすめたかと思うと、顔の横の壁が丸く焦げついたのだ。
何かが焦げる匂いが鼻をつくが、春樹はそれどころではない。あまりの驚きにその場に座り込んでしまう。
その視線の先には、銀髪のオールバックは乱れ、視線に鋭さは感じられないが、明らかにこちらに敵意を向けた男が映っていた。
春樹が何も言えずに座り込んだままでいると、男は再び右手を上げて春樹へとそれを向けた。
あっ…これやばい…
そう思ってすぐに春樹は立ち上がり、男に声をかけた。
「アルコさま!!突然すみません!!私はハルキと申します!お伝えしたいことがあり、伺った次第です!」
「…ハル…キ?」
右手は春樹に向けたまま、アルコはその名前に反応を示した。
(はっ…反応した…いけるかな。)
春樹は言葉を続ける。
「私はイツキの息子です!訳あってこの世界に召喚されました。あなたとは…話をしに来たのです!!」
「…イ…ツキ…だと…グゥゥゥゥ…」
突然、アルコは頭を押さえた。どうやら痛みに耐えているようだった。
見兼ねた春樹がとっさに駆け寄ろうとすると…
再び春樹の頬を何かが掠めていき、春樹は足を止めた。後ろの壁で何かが弾ける大きな音が響き渡る。
「近寄る…な…」
苦しむ様子からは想像できないほどの威圧感が春樹を襲う。背筋に冷たいものを感じつつ、春樹は静かに言葉を絞り出した。
「アッ…アルコさま…お伝えしたいことがあります。それを伝えたら、私は帰りますので…」
「なん…だ…簡潔…に言え…」
「ルシファリスのことです。」
その瞬間、春樹は死を覚悟するほどの殺気をアルコから感じ、身動きがとれなくなった。
まるで死神に鎌の刃を首筋に当てられているような…一つ間違えれば一瞬で自分のクビが落ちるとわかるほど冷たく重い殺気に、春樹は息が詰まりそうになる。
そんな春樹に対して、アルコは静かに話を続ける。
「奴が…なんだ?」
「彼女がここに向かっております。じきに到着して、その先へと向かうはずです。」
「…そうか…で?」
「いっ…いえ、それだけです。」
「なら…下が…れ…」
アルコはそう言って春樹に部屋から出ていくよう伝える。
しかし、春樹はそうはしなかった。
そうはせずにアルコにある言葉を投げかけたのだ。
「アルコさま…私に協力してもらえないでしょうか。」
その瞬間、春樹の腹部を何かが貫いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます