1-24 ルシファリスの記憶①
ミウルたちが、異世界人の召喚を始めて、3年の年月が過ぎ去った。
最後にヘルヘレイムに召喚された異世界人を含め、各国に召喚された異世界人たちは、樹のようにこの世界に馴染むことに成功していた。
「ふぅ…長かったけど、とりあえず一段階目は無事に終わったのかな。」
「はい。主人さま、大変お疲れ様でした。」
「ルシファもご苦労様。後は異世界人たちが世界にいい影響をもたらすように、コントロールしていくことが、今後当分の仕事かな。そう言えば、ミズガルの…イツキだっけ?ミカイルからの報告だと、何やらすごい発明をしたみたいだね。」
「…そう…ですか。」
「ルシファとミカイルには、今日から少し休暇を与えるよ。ゆっくり休むといい。」
ミウルの言葉に、ルシファは無言で頷くと部屋を後にする。
(…さて、すぐにあいつに会いに行ってやってもいいけど、まだミカイルが監視中ね。あいつに知られるといろいろめんどくさいのよね…)
そう考えながら、廊下を急足で歩いていると、前から部下が走ってきた。
「ルシファさま!お伝えしたい事があります!」
部下は焦った様子で、ルシファに対して片膝をついて声をかけてきた。ルシファはその様子に表情を曇らせる。
「何があったの?」
「そっ、それが!ミズガルで竜人が暴れておりまして!!」
「なっ!?何ですって?!!」
◆
ルシファは部下から報告を受け、急いでミズガルへと向かった。大樹を通れば、どうしても時間がかかるため、ミウルに許しを得て、転送の法陣を利用するため、転送の間に来ていた。
「竜人は何体現れたの?」
「一体と報告が来てます!しかし、過去の例に比べると、非常に力の強い個体だとの事です!」
「チッ!厄介ね…ミカイルは?」
「人民を避難させるために足止めを…苦戦されているようですが…」
ルシファはそこまで聞いて、法陣へと足を踏み入れた。
「転送位置は竜人のすぐそばでいいわ!急ぎなさい!!!」
ルシファがそう言うと、部下たちは準備が整っている事を告げる。
「転送開始!!!」
ルシファがそう合図した瞬間、法陣が輝き、一瞬でルシファの姿が消える。後には、薄っすらと輝きを残す法陣と、自分の主人の無事を祈る部下たちだけが残っていた。
◆
「人民の避難はどうなっているの?!」
ミカイルは自分の部下に問いかける。
「全て、街から逃げ終えております!」
「ご苦労様!あなた達も避難なさい!」
「ですが…!」
「あなた達の手に負える相手でないことは、わかっているでしょう!?」
共に戦う意思を見せる部下たちへ、ミカイルは現実を突きつける。
悔しがりながら、避難を開始する部下たちを確認すると、ミカイルは少し離れたところに見える騒ぎの張本人を見据えた。
顔はまさに竜。
黒装束を纏っているが、腕などには硬そうな鱗が見受けられる。決して細くはない腕からは力強さが感じられ、何より全身から出る白銀のオーラが、彼の強さを物語っている。
(まさか…これほどまでとは!ルシファが来るまで持ち堪えられるかしら…)
そう考えていた瞬間、竜人が一気に間合いを詰めてくる。
「少しは自重しなさいっっっっよぉ!!」
そう言いながら、左から飛んできた竜人の蹴りを片手で防いだ。衝撃波が辺りに広がる中で、今度はミカイルが、右手に法陣を浮かべて発動させる。
バチバチッと雷が竜人の体を走り抜ける。
しかし、それをものともせずに、竜人は防がれた右足を引く反動を利用して、左足で蹴りを放った。
「ぐあっ!!」
右手は法陣で塞がっていたため、蹴りをモロに喰らってしまったミカイルは、建物に大きな音を立てて突っ込んでいく。
「ふむ…なかなかの強者よ。」
竜人は、痺れを残した左手の拳をギュッと握りしめて、ミカイルが突っ込んでいった方向に視線を向けた。
ガラガラと瓦礫をどけながら、ミカイルは半壊した建物の中から姿を現す。
「あ〜やだやだ!!何で私がこんな目に合うのかしら!」
不満を露わにして、服についた埃をはたいている。
「貴様、名はなんと?」
竜人から問いかけられたが、ミカイルはジロリと睨みつける。
「あいにく、トカゲに名乗ってやるほど落ちぶれてないわ!」
「ほほう、強気よのぉ!」
ミカイルの不躾な態度にも、竜人は動じることなく笑っている。
「…なめるな!」
ミカイルはイラッとして、攻撃を仕掛けようと、瞬間的に間合いを詰める。
竜人は微動だにせず、ミカイルの攻撃が当たる前に左から飛んできた蹴りを受け止めた。
しかし、実体を感じていたはずのミカイルの姿がグニャリと歪んで、綺麗さっぱり消えてしまう。
「…ぬう?!」
一瞬驚いた竜人は、後方から突然の衝撃を受けて、前のめりに倒れ込んだ。
ミカイルはその好機を逃すまいと、練り込んでいたありったけの法陣を、倒れている竜人へと叩き込む。
ズダドドドドッと、地面を割るほどの衝撃が竜人を襲い、最後に大きな爆発を起こした。
その衝撃をうまく交わして、ミカイルは距離をとったところに着地する。
「ハァハァハァハァ…」
肩で息をしながら、砂埃が晴れていくのを見守っていたが、晴れた視界の中に何もなかったかのように立っている竜人を見て、ミカイルは悟った。
(私じゃ無理ね…)
勝負を決めるつもりで放った法陣だ。それを全く意に介さない竜人に、勝てる要素が見当たらない。
「今のが…最後か?」
ゆっくりと竜人が問いかける。
ミカイルは構えを解くと、ため息を吐いてその問いに答えた。
「そうよ…化け物め…」
「えらい言われようだな…まぁ良い。ならば、この勝負を終わらせよう。」
竜人はそう言ってゆっくりと構える。
(ちッ…ルシファのやつ遅いのよ…ここで私は終わりか…)
「では…参る。」
竜人はそうこぼすと、爆発を起こしたようなスピードで、ミカイルへと襲いかかった。
「イツキが無事なら…それでいいわ…」
ミカイルは、走馬灯のように流れる景色の中で、そう呟いて目を閉じた。竜人の凶爪が届くまでの一瞬で、樹のことが思い出される。
監視する対象だけだったはずなのに。
今では他の異世界人よりも、率先して監視…いや、見守ってしまっていたことに、気づいたのだ。
(もう少し、見ていたかったわね…)
そう思った瞬間、遠くで聞き覚えのある声が聞こえた。
「ミカイルさぁぁぁぁぁぁぁん!!!」
ミカイルの部下を押し除け、叫ぶ樹のその声はミカイルに届いたが、すでに竜人の拳が目の前まで迫っていた。
(ルシファ…彼のことは頼むわよ…)
そう思い、口元で笑みを浮かべた瞬間だった。今度はすぐ近くで、嫌味ったらしい声が聞こえたのだ。
「諦めちゃうとか…らしくないわね!」
ガギィィィ
ミカイルの目の前に現れたルシファが、竜人の拳を受け止めた。
「なっ、なんと!!」
「ちょっと離れてなさいよ!このトカゲ野郎!!!」
ルシファはそう言って、思いっきり竜人を蹴り飛ばした。
「グハァッ!」
ミカイルは、吹き飛んでいく竜人を視界に捉えつつ、自分の目の前に立つ後ろ姿に、安堵を浮かべた。
「…本当に…遅いのよ。」
「遅れてくるもんよ、こういう時はね!」
「…あいつは私じゃ無理なのがわかった。あんたに任せる。」
「あんたにしちゃ、えらく素直ね!それほどってことね…」
顔は向けずに、ルシファはミカイルと話しながら、目の前でゆっくりと立ち上がる竜人を見つめていた。
「イツキのとこに行っておいて…あいつ、あんたの部下の言うことは、全然聞かないみたいだからね。」
ミカイルは静かに頷くと、「ヘマしないでよ…」と小さく呟いて、樹の元へと向かった。
「さぁて!いっちょやったろうじゃないの!」
腕をぐるぐると回しながら、そう言い放つルシファに対して、竜人は静かに笑みを浮かべていた。
「愉快愉快!!強き者よ…いざ尋常に勝負…」
「するわけないでしょ!バッカじゃないの?!」
そう言って、ルシファは竜人の不意をつくと、真横から思いっきり蹴り飛ばしたのであった。
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