1-8 何者だよ


魔導研究発表会は、前半グループの発表が終了し、昼の休憩に入っていた。


春樹たちは、カレンが一人一人に対して、徹夜で作ってくれたお弁当を食べながら談笑している。



「やっぱりどこの研究も、面白いものばかりですね!」


「そうだな!毎年驚かされることばかりで、刺激になるだろ?だが、今年は俺たち…いや、春樹のアイデアが断然いい!!!」



ベンソンはグッと拳を握る。



「問題はヘムイダル研究所だな。あそこの所長は貴族だから、資金は莫大にあるし、設備がかなり整っている。今年はどんな発表をしてくるのか…」


「そうですね。ヤゴチェ副所長のあの様子だと、かなり自信があるようですし。」


「イラつく野郎だが、研究者としてのあいつは一流だ。俺が魔回路で英雄章をもらうまでは、あいつが受章すると言われてたくらいだからな。」


「それも、うちを目の敵にしている理由でしょうからね。」



春樹の言葉を聞いて、ベンソンはため息をつく。



「あんなん、ただの逆恨みじゃねぇか。こっちとしては、勘弁してほしいぜ…」



春樹は、落ち込むベンソンに苦笑いしつつ、気を取り直して、話しかける。



「でも、今年こそは最優秀賞をもぎ取りましょうね!」


「あぁ。今年は絶対、俺らが勝つ!!!」



ベンソンの言葉に、春樹は笑顔で頷いた。

そんな2人に声をかける人物がいる。



「やぁやぁ、アルバート研究所の諸君、調子はどうだい?」



春樹とベンソンは、振り返って驚愕する。



「へっ、陛下!?」



ベンソンはすぐに片膝をついて、頭を下げる。周りもミズガル王に気づいて、頭を下げていく。しかし、春樹は立ち尽くしたままだ。ベンソンは焦って声をかける。



「おっ、おい!ハルキっ!!頭を下げろ!!陛下の御前だぞ!!!」



しかし、春樹はそれには応えない。



「ハルキっ!!」



ベンソンが声を荒げたその時、ミズガル王キクヒトが口を開いた。



「よいよ、ベンソン。…君がハルキだね、初めまして…。噂は予々聞いているよ。彼女からね。」



キクヒトは春樹に対して、そう声をかける。黒縁の眼鏡の中に、きらりと輝く青い瞳が、春樹へと微笑みかけている。



「ルシファリス…からですか?」



春樹が唐突に聞き返すと、キクヒトは笑いながら答えた。



「ハッハッハッハ!聞いてた通りだね!彼女のことを呼び捨てにできるのは、僕以外でもそういないからね!」


「いやぁ、アルフレイムの王だなんて、聞かされてないですから。めちゃくちゃ稼いでる商人ってだけしか…」



頭を掻いて答える春樹に、キクヒトは笑いを堪えるように会話を続ける。



「それも、彼女らしいなぁ。」


「あいつは?来賓室ですか?」


「ルシファリスなら、何か用があるから、君への挨拶は僕に任せると言っていたよ。」


「用が…ある?」



そんな会話を繰り広げていると、ベンソンは痺れを切らして春樹に声をかけてきた。



「ハッ、ハルキ…お前、陛下と知り合い…なのか?」



その問いかけに、キクヒトが気づいたようにベンソンや周りの者たちへ声をかけた。



「みんな、ごめんごめん!楽な姿勢にしていいよ!この者たち以外は、ゆっくり休憩したまえ!ベンソンもすまないね。」



その言葉を聞いて、ベンソンたちは一度頭を下げ、了承の意を唱えて立ち上がった。ベンソンと春樹以外は、そのまま解散していく。



「ベンソンさん、俺は陛下とは初対面です。アルフレイムに知り合いがいるもので…」



立ち上がったベンソンへ、春樹がそう告げる。ベンソンは驚いた表情のまま、口を開く。



「…もしかしてだぜ。さっきお前が言ってた『ルシファリス』って…アッ、アルフレイムの国王の『ルシファ』様の事じゃないよな…」


「アルフレイムの国王ってルシファって言うんですね。え〜っと…どう説明したら…」



春樹がそこまで話すと、キクヒトが口を開く。



「ベンソン、あまり詳しくは言えないが、彼はアルフレイムの国王と親しき人物なんだ。とはいえ、畏まる必要はない。それは私からも言っておく。今日、彼に会いに来たのは、伝えたいことがあってね。」



ベンソンは驚きのあまり、言葉が出てこない。春樹は申し訳なさそうに、ベンソンに頭を下げる。



「ベンソンさん、すみません。隠すつもりはなかったし、そもそも知り合いってだけなんです。」


「しかしよぉ、そうは言っても…」



戸惑うベンソンを、キクヒトは遮る。



「ベンソンの気持ちもわかるが、割り切って考えてくれ。という事で、この話は終わりにしよう。で、ハルキ。ちょっとだけ時間をくれるかい?」


「…あっ、はい。」



そう言ってキクヒトについていく春樹を、ベンソンと、他の研究員たちは静かに見据えている。



「ハルキ…お前何者だよ…」



ベンソンは小さくそう呟くのであった。




第二区画の観戦会場も、昼休みということで、多くの人が周りに連なる出店で買い物に勤しんでいる。カレンはみんなに作ったお弁当と同じものを、静かに頬張っていた。



「手作りのお弁当とは、なかなか。」


「ウェ、ウェルさんこそ。とっても大きなお弁当ですね。」



カレンの目には地面から聳え立つ、大きなお弁当が映っている。



「恥ずかしながら…この体は燃費が悪くてね。お腹が減って仕方がないんです。ハハハ。」



笑いながら、モシャモシャと食べ物を口に入れていくウェルを見ながら、カレンもお弁当を口にする。



「前半戦はなかなか面白かったですね。」


「えぇ、皆さんはこの日のために、必死になって研究していますからね。面白くないものなんて、毎年ありません!」


「すみません。ちょっと配慮にかけましたね。この発表会の観戦は初めてなので…」


「いっ、いえ!そういう意味では…ただ研究とは想いだけでは、うまくいかないものですから…」



カレンの箸が止まる。ウェルは無言で、見守るようにカレンを見ている。



「資金がなくては設備が準備できないし、設備がなければ、良い企画も実現できないんです。父の研究所は、まだ資金面ではなんとかなってますが、他の研究所では、資金面で苦しいところも多くあります。」



カレンは下を向く。



「もっとこの国が発展するためには、各研究所が成長し、技術力が発展していくことが必要なんです。そのためには、資金を出してくれる貴族や組織が、もっと増えないと…」



そんなカレンに、ウェルが口を開いた。



「確かに、お金を集めることは大変ですよね。私もアルフレイムで、鍛冶場を経営しているのでよくわかります。」



カレンはその言葉に顔を上げて、ウェルを見る。ウェルは話を続ける。



「ミズガル王も、恐らくそのことは分かっているのですよ。国内だけでは様々な面において、そろそろ限界だということに。」



ウェルはそう言って、カレンに微笑んだ。



「今年の発表会では、多くの来賓が招かれています。それも国外からです。あなたならこの意味はわかるはずですね。」



カレンは少し考え込む。



(そうか…今回、来賓が多いのは150回目の記念式と言う意味だけではないんだ。みんな、この国の技術に、興味があると言うこと)



そんなカレンに、ウェルは一言だけ付け加える。



「ただし、掴み取るかは研究者たちの想い次第ですよ。」



そう言うと、ウェルは再びお弁当を頬張り始めた。カレンは空を見上げる。


白い雲が青い空を気持ちよさそうに泳いでいた。

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