1-7 真紅の瞳とりんご飴
第二区画にある一般観戦会場。
扇型に広がった座席には、すでに多くの人が座っている。その周りには、今日こそ書き入れ時と言わんばかりに出店が広がり、買い物客で賑わっている。
会場に到着したカレンは、3方向に設置された画面がよく見える席を探して、会場内を歩いていた。
少し歩くと、ちょうど良い席を見つけ、腰を下ろす。画面にはすでにミズガル王が映し出され、開会式が行われているようだった。
カレンは拳を握りしめ、目を閉じ、祈るように腰を曲げる。
(神様、どうか今年こそは…)
そんなカレンの横の席で、ドンっと言う衝撃と、「よいしょっ」という太い声が聞こえてきた。
カレンが驚いて横を向くと、そこには縦も横もカレンの2倍はあるであろう、大きな真っ黒な毛むくじゃらが腰掛けていた。
「あれ?ごめんなさい。驚かせてしまいましたか?」
毛むくじゃらがそう言って、カレンに顔を向ける。大きな熊の顔がこちらを覗き込んでいる。
「ッ!?いっ、いえ!大丈夫で…す。」
カレンは思わず顔を背ける。そんなカレンの態度に、熊は慣れたかのように静かに笑いながら、大きなカバンから石を取り出して、観察し始めた。
カレンは一瞬、席を変えようか悩んだが、熊の顔をチラリと見て、ふとどこかで見た覚えがあることに気づいた。
(この人…どこかで…)
中々思い出せずにカレンは考え込んでいると、画面越しからミズガル王が来賓紹介を始めたことに気づく。
《それでは、本日この記念となる大会へ、ご足労いただいた来賓をご紹介しよう!まずはアルフレイム王!》
画面はミズガル王から、白黒の三つ編みをした少女に変わる。カレンはその姿を見て、豆鉄砲を喰らった顔をした。
(あっ、あれがアルフレイムの王様…小さいのに…綺麗でいて、どこか力強い…)
カレンが見惚れていると、横で熊が静かに笑った。
「ハハハハッ…結局、三つ編みにしたんだ。」
カレンはそれを聞いて、チラッと熊を見る。
(こっ、この人今、アルフレイムの王様に向かって言ったのかな…しっ、知り合い…なのかな?)
疑問に思いながらも、カレンはこの熊とどこかで会っている気がしてならなかった。
いつ、どこでかはわからないが、声に聞き覚えがあることは確かなのだ。
熊はアルフレイム王の紹介が終わると、再び石の観察に戻ってしまったが、カレンが悩んでいる間にも、来賓の紹介は続いていく。
相手が大きすぎて、顔を覗き込むだけでカレンの動きはバレてしまうため、カレンはなかなか熊の様子を伺えずにいた。
画面に目を向ける。
画面の奥では、来賓紹介はすでに終わり、今度は参加している研究所の紹介に移っている。
《今年はどんな驚きを提供してくれるのか!ヘムイダル研究所!》
その名を聞いて、カレンは一瞬、体が強張るのを感じた。あの研究所はどうにも好きになれない。特に、今画面に映っているヤゴチェという副所長が気持ち悪い。生理的にだ。
しかも、昨年の発表会でカレンがミスしてしまった時、一番煽ってきたのもまた、ヤゴチェであったからだ。
グッと目を瞑り、カレンは再び祈る体制になる。そうしている内に、アルバート研究所の名前が呼ばれた。カレンはすかさず顔を画面に向けると、春樹の凛々しい顔が映っていた。
「ハルキ!」
「おっ、ハルキ殿!」
カレンが咄嗟に声を上げた瞬間、隣からも同じ名を呼ぶ声がした。カレンが反射的に顔を横に向けると、相手もこちらに顔を向ける。
「かっ、彼の知り合い…ですか?」
熊はこちらをジッと見つめており、カレンの問いにすぐには答えない。カレンは少し居心地が悪そうに体をよじる。すると、熊は何かに気づいたように口を開いた。
「なんだ。アルバートのとこのお嬢さんじゃないですか。」
「えっ!?父のことを…知って…?」
「えぇ。そうか〜3年も経つから、忘れてしまいますよね。ほら、3年前にハルキと一緒にアルバート研究所へ伺った…ウェルです。」
それを聞いて、カレンはやっと思い出した。3年前にハルキと一緒にいた熊の獣人族のことを。
「ウェル」と確かに名乗っていたが、当時のカレンは、初めて見た獣人族に怯えて、キチンと挨拶ができなかった。
しかし、疑問が一つ…こんなに大きかっただろうか。
「あっ、あの時はすみません…ちゃんとご挨拶できなくて…」
「いえいえ、それが普通の反応です。ハルキなんて一瞬驚いただけで、その後すぐに話しかけてきましたからね。」
カレンが頭を下げると、ウェルはそう言って笑った。そして、持っていた石を鞄に片付けて、今度は棒に刺さった果物を二本取り出す。そして、一本をカレンに差し出した。
「あっ…りんご飴…ですか。」
「小さい頃から好きだったでしょ?」
「えっ!?なんでそれを…?」
ウェルは、ウィンクするだけで、真紅に染まったりんご飴をカレンへと渡す。そして、そのまま彼は画面に向き直り、りんご飴を舐め始めた。
カレンもそれに続いて、画面へと目を向けて、りんご飴を舐め始める。
開会式が、ちょうど終わりを告げていた。
◆
遠くからファンファーレの音が聞こえて来る。空を見上げると、バンバンと音を立てて、開会の合図が打ち上げられている。
(始まったようだな…)
真っ黒な立髪のような髪を靡かせて、クロスはビフレストの城門をくぐる。
(ったく…人の多さには反吐が出るな。まぁ、身を隠すにはちょうどいいんだが…)
そう考えながらクロスは、人通りの少ない路地へと入り込んだ。そして、目立たぬように王城を目指して、足早に歩を進める。
狭い路地をいくつか通り過ぎたところで、クロスは一度足を止めて、大通りの方に目を向けた。しかし大通りの姿は見えず、人が溢れかえっているのがうかがえる。
まるで人でできた壁。
クロスはそれを一瞥すると、再び足を動かし、目的地へと歩み始める。
少し薄暗い路地へと出たところで、クロスは何かに気づいて再び足を止めた。
前から数人の男が現れる。
男たちは薄気味悪い笑いを浮かべており、その手にはナイフや棒切れなどを持っている。
「よう、兄ちゃん。そんな急いでどこ行くんだ?」
一番前にいる男が、クロスに声をかける。しかし、クロスは口を閉じたまま、何も答えない。
「おい!なんとか言えや!」
後ろにいる一人が、クロスの態度に苛立ち、声を大きくするが、一番前の男は、それを制止するように手を挙げると、再びクロスに声をかける。
「何でもいいんだがよぉ。持ってるもの、全部置いて行ってもらおうかぁ。」
その問いかけにクロスは、小さく笑う。
そして、静かに口を開いた。
「なるほどなぁ。警備が中央に集中する時を狙って小銭稼ぎとは…くだらねぇ。」
「なっ、なんだとぉ!?」
クロスの言葉と余裕な態度に、男は声を荒げて、睨みつける。そして、男が目で合図を送ると、クロスの後ろにも数人の男たちが現れた。もちろん、手には数々の凶器を携えている。
クロスは小さくため息をつきながら、目を瞑ると、男たちに聞こえるように呟いた。
「まぁ、俺も急いでるわけじゃねぇし、少し遊んでやるよ。」
そう言ってクロスが目を開けると、真紅に染まった双眸が現れる。
「おっ、おま…え!その目は何なんだ!」
クロスの目を見て、男たちは動揺し始めるが、そんなことは気にせず、クロスは、
「仕事前のウォームアップにもならんだろうが…せいぜい頑張れ!!」
そういうと、男たちに一直線に突っ込んでいく。軽く出した右ストレートが、一番前にいた男の頬を、吸い込まれるように撃ち抜くと、そのまま体を反転させて、その後ろにいた男を、斜め上から蹴り下ろす。
今度は着地と同時に、反動を利用して回し蹴りを繰り出すと、横一列に並んでいた3人の男たちの上半身と下半身が、分かれたままま吹き飛んでいった。
クロスの後ろにいた男たちは、あまりに一瞬の出来事で、何が起こったのか全く理解できず、目の前でゆっくりと立ち上がるクロスを認識した瞬間、いつの間にかリーダーたちが殺られている事に気づいた。
「うわぁぁぁぁぁ!」
「なっ、何なんだお前ぇ!」
男たちは蜘蛛の子を散らしたように逃げ始めるが、一人…また一人と、その場に倒れ込んでいく。一人、腰を抜かして座り込んでいた男は、一人でに倒れ込む仲間たちを見て、恐怖に涙するしかなかった。
「お前で最後か…手応えすらなかったな。」
気づけば目の前に、仲間を殺した男が立っている。
「こっ、殺さないで!!命っ…命だけは!!」
そう命乞いするが、クロスは首を横に振る。
「仲間は死んだのに、お前だけ?だめだろ、そりゃぁ。はぁ…やっぱ、くだらねぇ。」
そう呟いて、男の首を跳ね飛ばす。
手についた血を払いながら、建物の間から顔を覗かせている青空を見上げる。
そして、再び目的地へと歩き出した。
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