第三章 交差する物語
1-1 新しい異世界生活
街の中を歩く青年がいる。
つむじの辺りは黒く、途中から黄金に輝く金髪のダブルカラーで、目までかかる髪の間から、見え隠れする右目の眼帯が特徴的だ。
真っ白なロングコートを纏い、その後ろ姿はまるで研究員のようにも伺える。
彼が歩いている通りは、左右に商店が立ち並び、多くの人々が行き交っており、ガヤガヤとした賑わいが聞こえてくる。
彼も買い物の帰りだろう。
紙袋を抱え、果物を齧りながら歩いている。そして、商店や通り過ぎる人々からは、青年に対して親しげな声がかけられる。
「よう!今日は休みかい?」
「買い物かぁ?うちでも買ってけや!」
「暇ならうちに寄っていきな!」
その一つ一つに、返事を返しながら、青年は満足気に歩いていると、子供たちが彼の周りに走ってきた。
「兄ちゃん!今日も遊ぼうよ!」
「鬼ごっこ!かくれんぼ!」
「俺はあれ!ヒーローごっこ!」
子供たちの熱烈なお誘いであったが、彼はスッとしゃがんで子供たちと目線を合わせ、
「みんな、ごめんな。兄ちゃんは今日、用事があるんだ。」
そう言って、目の前にいた1人の少年の頭をポンと叩く。
「嘘だぁ!りんご齧って歩いてるだけじゃないか!」
その子の言葉に周りの子たちも同調し始め、青年は困ったように頭を掻く。
「じゃあ約束しようぜ。今度とっておきの奴見せてやる。だから、今日は勘弁な!」
青年はそう言いながら、しゃがんだまま両手を合わせて頭を下げた。
子供たちは少し残念そうにするが、1人が「絶対約束だよ!」と言って駆け出すと、それに続いて走り去っていった。
「フゥッ」
青年は小さくため息をつくも、満足気に口元から笑みをこぼした。
そんな青年に、後ろから声がかかる。
「相変わらず、大人気ですね。」
しゃがんだまま振り向くと、桜色の長い髪を携えた女の子が、後ろで手を組み立っている。
「ハハハッ、懐かれちゃってさ。」
青年は再び頭を掻きながら、立ち上がった。
「いつも遊んであげてるんですね。子供たちのあの喜びようったら。」
彼女はそう言ってニッコリと笑う。可愛らしい笑顔には、かけている黒縁の眼鏡がよく似合っている。
「そういえば、カレンはここで何やってんの?今日は休みだったっけ?」
青年は、再びりんごを齧りながら、カレンと呼ぶ女性に問いかける。
「えっ、えっと…それはですね…」
その問いかけに口籠もりながら、モジモジし出したカレン。
すると横にいた花屋の女将が、カレンと春樹に気づいたのか、大きな声で声をかけた。
「カレン!良かったじゃあないか!探してたハルキに会えたんだね!」
「?!」
「え?」
女将の言葉に1人は急に焦り出し、もう1人は頭にハテナを浮かべながら振り向いた。おそらく女将は豪快な性格なのだろう。カレンに向かって、サムズアップとウィンクをしている仕草から、性格が伺える。
「いやッ!そっ、それは!今日は…!そのぉ…え〜ッと…」
急に激しく動揺を始めるカレン。
青年はそれを見ながら、笑いながら声をかける。
「俺を探してたの?ハハハッ、連絡くれたら良かったのに。今から研究所に行くとこだから、一緒に行く?」
「はっ、はい!」
カレンは少し赤らめた頬で頷いた。
そして、ハルキと呼ばれた青年と歩き始めた。
◆
3年前。
春樹はウェルと共に、このミズガルの地を訪れた。いくつかの街や都市を渡り歩き、最後に次の国へ行くかどうか悩んだ末に、春樹はこの国に、一旦留まることを決めたのだった。
理由は2つ。
1つはこの国が人間族の国だということ。
そして、もう1つの理由は、"オトマ"の存在であった。
"オトマ"とは、ミズガルで独自に生み出された自動機械のことであるが、その種類は多種多様、用途も多岐に渡る。
しかも、現世界の産物に似ているものが非常に多いのだ。
インフラの水準は、現世界のそれにかなり近く、運用にはオトマが使用されているし、乗り物や生活用品など、至る所にオトマが存在する。
春樹はオトマのことを知れば知るほど、現世界との繋がりを感じずにはいられなかった。
ミズガルの国内を見終わると、ウェルから提案があった。
「ハルキ殿、これでミズガルは一通り見終えました。次に向かうのは第3階層の二国ですが、今の時点ではあまりお勧めしません。」
「…?なぜですか?」
「理由はいくつかあるんですが…」
ウェルは少し渋るような仕草をする。どうやら春樹に対して、言いにくいことのようだ。
「ウェルさん、大丈夫ですよ。話してください。」
春樹は、それを察してウェルに気にせず話すよう促す。ウェルは少し考えたが、静かに頷くと、口を開いた。
「第3階層には、スヴェルとヘルヘレイムという国があります。ダークエルフ族と悪魔族の国です。」
春樹がコクリと頷くと、ウェルは話を続ける。
「スヴェルは現在国内でデモが頻発しています。治安的にもかなり悪いかと。」
「なぜデモが?」
「国の施策に、民が不満を抱えているようですね。まぁこれは、いつの時代もどこの国でも起こり得ることですが…」
「要はデモに巻き込まれる可能性が高いので、お勧めしないと言うことですね。」
春樹の言葉にウェルは頷き、話を続ける。
「理由がもう一つ。最近大きな事件があったようで…。」
「事件…ですか?」
「はい。トアールというスヴェル中枢の都市で、大量の市民が姿を消し、行方不明になっているらしいのです。」
春樹は眉を顰める。
「その件もあって、国に対する不信感が急激に高まっているようです。もしかすると近々本格的な内戦になるのではと。」
「なるほど…わかりました。」
「そして、ヘルヘレイムについてですが…ヘルヘレイムは、国の特徴としてある仕事を生業にする者が非常に多いのです。」
「ある仕事?それは何です?」
再び口籠るウェル。
春樹はそんなウェルに話すように促す。
ウェルは頭をボリボリ掻きながら、ゆっくりと口を開いた。
「"暗殺"です。彼らはその身体能力の高さから、人を殺す仕事を生業にする者が多いのです。」
春樹はその言葉を聞いて、ウェルが躊躇っていた理由を理解した。
"暗殺"
アルフで春樹が巻き込まれた…いや、春樹を狙って起きた事件は、1人の暗殺者によって引き起こされたものであった。
春樹の記憶から、顔人相はわかったものの、名前などの素性は一切分かっていない。
しかし、おそらくその彼女の出身国はヘルヘレイムであると、ウェルを含め皆が思っているということなのであろう。
それに、あの事件は春樹の体にも心にも、大きな傷を与えたのもまた、事実であった。
春樹はギュッと左拳を握りしめる。義手のついた右手に目を向ける。眼帯の下の右目が疼いているのがわかる。体は癒えても、心の傷はまだまだ深いようだ。
しかし…
「ウェルさん、俺は大丈夫。違う理由で、この国に留まろうと思ってるんだ。」
春樹のその言葉に、ウェルは少し驚きつつ、察したように頷いた。
「確かに。この国はハルキ殿に合うと思います。」
春樹はウェルのその言葉に、大きく笑ったのである。
そしてその後、オトマの研究をしているウェルの知り合いを紹介してもらい、現在まで様々なオトマに触れてきた訳だ。
すでに春樹は、いくつかのオトマの開発に携わり、今は巨大プロジェクトを遂行している。
春樹はカレンと共に、研究所への道をゆっくりと歩んでいる。
2人が歩くその先には小高い丘があり、そこには白く大きな建物が2人を待ちかねていたかのように佇んでいた。
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