欺瞞編 1-20 終章 そして新たな物語


ルシファリスの書斎。

無数の本たちが静かに見つめる眼下には、書類の積み重なったデスクがあり、ルシファリスが椅子に腰掛けている。



「どういうことよ!?調印式が中止って!」



バンッとデスクを叩いて、声を上げる。

ルシファリスの目の前には、クラージュが立っている。



「アルフにいる外交官から連絡がありまして、どうやらスヴェルで大きな事件があったようです。」


「事件?」



苛立つルシファリスは、その言葉を聞いてクラージュの話に耳を傾ける。


「はい。多くの市民が突如として消えてしまったと。」


「市民が…消えた?全く、ヨトンの国王の件といい…。原因はわかっている訳?」


「"未だ調査中"と、スヴェルからは返答があったようです。ちなみに…」



クラージュはそう付け加えると、ルシファリスに耳打ちする。



「なっ!?それは確かなの?」


「おおよそは。」


「そう…そういうことか…。」



そう言って振り返り、窓の外に目を向ける。ルシファリスの表情とは裏腹に、雲一つない快晴の空を、鳥たちが楽しげに踊っている。



「そういえば、ハルキたちは今どのへんかしら。」



振り向かず、ルシファリスはクラージュへ問いかける。



「ウェルからの報告ですと、ミズガルに入国したようです。」


「…ミズガルか。」



少しの間、ルシファリスは顎を指で撫でながら、何かを考えるように無言になるが、思いついたように振り返る。



「クラージュ、すぐに準備して。出るわよ。」



ルシファリスの急な発言に、クラージュは驚いた素振りを見せ、ルシファリスへ問いかける。



「どちらへ向かわれるのです?」



その問いに、ルシファリスは笑みを浮かべると楽しげに返事をする。



「あいつに会いに行くわ。」





一方で、春樹たちは獣人の国ムスペルでの放浪を終え、ミズガルへと降り立っていた。


人間族の国ミズガル。

高度な文明レベルを持つ国。

異世界人が"知識"を与えたと言う話も頷けるほど、高く大きな建物が並ぶ様相は、現世界の先進国と呼ばれる、多くの都市を思わせるほどだ。


その中でも、中央都市ビフレストは随一を誇っている。

ミズガルの経済的、政治的、文化的な中枢機能が集積されており、別名「世界都市」とも呼ばれるほどに。


そして、文明レベルの高さを象徴するのが"オトマ"と呼ばれる自動機械である。その種類は千差万別、多岐にわたる。


例えば、アルフレイムで見た馬車や竜車の姿はなく、人や物を運ぶのは街中を走る電車のような自動運搬機であり、人の制御は必要であるものの、基本的には全て自動で活動している。


これらの"オトマ"は、ミズガル独自の産物であり、その利用を可能にしているのは、"ある技術"があるからこそなのであるが、その話はまた別の機会にしておこう。





「この国は私が2番目に好きな国ですね。」



キョロキョロと落ち着かない様子の春樹に、ウェルが静かに話しかける。



「へぇ〜、何でですか?」



春樹は変わらずに、目に入るものに度々視線を動かしながら、ウェルに問いかける。



「この"オトマ"と言う技術が素晴らしいのも理由の一つですが、何より都市一つ一つがとても美しいのです。」



春樹は確かにと頷いた。

2人は宿屋に向かって、街の中を歩いている途中であるが、街の中は赤青緑、黄や橙と、様々なや彩られている。


もうすぐ日が落ちることもあり、街の中はイルミネーションカラーで染まりつつあった。



「ヨトンでしたっけ?巨人の国も中々魅力的だったけど、ここも中々イケてますね!」



春樹は、そうウェルに話す。

本来の予定では、巨人族の住まう国ヨトンへ赴いた後に、訪れるはずであったミズガルだが、ヨトンの国王が亡くなったことで、現在ヨトン自体が閉鎖されていたのである。


大樹内の国境まで来て、それを知らされた2人は、仕方なくミズガルに目標を変えて、今に至るのであった。



「この美しく幻想的な装いと、大樹の横にある他国への連絡都市と言うこともあって、ここはビフレスト="虹の橋"と呼ばれていますね。」



ウェルの話に、春樹は耳を傾けつつ、通り過ぎる人々に目を向ける。


"人間族"と言うだけあって、自分とそっくりである。


アルフレイムでは、皆よく見ると耳が長く細いのが特徴的で、そこがエルフの国であり、自分とは違う種族であることを認識させられてばかりであった。


それに比べてここでは、顔姿形は個性があるが、春樹がいた世界とほとんど変わらないと言っていいだろう。


一つの事を除いては。



春樹は小さくため息をつく。やはりと言っていいほど黒髪の者はいない。

被っているフードを外せば、一目で異端が分かってしまう。


同種の中で人と違うという事が、これほどまでに心細い事に、春樹は初めて気付かされたのだ。



「ハルキ殿、そこまで気にしなくてもいいと思いますけどね。」



ウェルが春樹をフォローするように話しかける。



「そう思ってるんですがなかなか…ムスペルですら驚かれましたからね。」



ムスペルは獣人の国である。基本的に力以外のことは、その人を評価する一因にすらなり得ない。強ければ偉く、弱ければ強い者に跪くのが、ムスペルの文化なのだ。


しかしながら、そんなムスペルでも、春樹の黒髪は異質に見えたらしい。フードを取った時のどよめきは、春樹に若干のトラウマを与えていたのである。



「それなら染めてみたらどうです?」



ウェルが何気なく提案する。



「え?染める事ができるんですか?」


「えぇ、ミズガルの人々はその容姿にこだわる人が多いんです。『流行』って言うんだっけな。その時々で、着る洋服や身につけるアクセサリーが変わるのも特徴的ですね。例えば…あっ、あの人とか。」



ウェルが指し示す方へと、春樹は目を向ける。


そこには、頭の半分を剃り上げ、残りの髪を虹色に染め上げて、耳には特大のピアスを備えた若者が楽しげに仲間たちと歩いている。


一緒に歩く仲間たちも、もちろん髪の色は1色には留まらず、着ている服もなんとも奇抜なものである。



「特に若い者たちに、そういった傾向が強いですね。」


(自分がいた現世界に、なんか似てるなぁ…)



そう思いながら、その若者たちを見送る。

彼らは楽しそうに笑いながら、通り過ぎていった。



(…髪染めか。後で商店を覗いてみよう。)



そう思いながら、春樹はウェルと共に再び歩き出した。


後には人々の喧騒だけが残っていた。






ミカエリスが居なくなって、どれだけの時間が経ったのだろうか。


虚無の空間で、ただぼんやりと宙を見つめながら、秋人は漂い続けていた。


思考は止まり、心の中はすでに空っぽだった。

何もない。

何も感じない。



しかし、その空っぽの心に、ひとつだけ引っかかっているものがある。


秋人が気づいていないだけで、確かにそれは秋人の心の中にあり、小さく輝きを放っている。


秋人がそれに気付けるかどうか。

秋人の運命は、そこにかかっている。


どれだけ時間がかかるかはわからない。

だが、気づかなければ、このままずっと彷徨い続ける事になるだろう。





異世界に転移し、希望と絶望、全く正反対の状況に置かれた2人の若者の運命は、ここから動き出す。


運命の歯車は動き始めた…

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