Ghost In The Rain 04/13

 イツキが蹴った椅子が倒れる音は、思いのほか大きく教室に響いた。


り、帰る。うまいこと言っといてくれ」


「おいおいちょっと待てってお前」


「お大事に」


「さっき来たばっかじゃねえかお前。……行っちまった」


 東大路の制止も無視して、教室中の注目を一身に集めるのも意に介さず、イツキは通学用鞄をひっつかむと教室を後にした。


 残されたのは制止のポーズのまま中腰の東大路と、クールに弁当をむ宇野だった。


 東大路はどっかりと椅子に腰を落とす。彼の尻の下敷きになって、クラスメートの木江このえ歌恋かれん───保険委員でハンドボール部の彼女は、昼休みは食堂を利用しているので座席を占拠されていることを認知していない───の椅子がぎゅうと悲鳴を上げた。


「うまいこと言っといてくれってもなあ。代返だいへんでもしろってか」


「バレるだろ。そうじゃなくて、体調崩したみたいですでいンじゃね。そんな感じだったし」


「マジなのかね。仮病では?」


「知らねーよ。あいつがマジに仮病しようと思ったら俺らじゃ分かんねえだろ。つっても、最近マジでテンション低いし、あるかもな」


「部活で腕折って以来か?」


 東大路と宇野は揃ってその時のことを思い返した。といっても三人全員が異なる部活動に属する彼らが骨折の現場にいたわけではない。二学期初日、登校してきたイツキの腕を物々しいギプスが覆っていたというだけの話だ。


 何があった、事故かと訊くと「部活でちょっと……」と言葉を濁し、それきり語ろうとしないイツキに二人もそれ以上の追求はできなかった。以来、彼の方から話題に出すこともなく、右腕のギプスは腫れ物のような扱いとなっている。風の噂では部活にも顔を出していないと聞く。


「でもイツキ、元々あんな感じじゃなかったか? 部活も誘われたからって言ってたし」


「元からローテンションな奴ではあるわな。つかスマホ鳴ってんぞ」


 東大路は借り物の椅子を後ろ二本の足だけでガタガタ揺すると、イツキの机の上に放り出していたスマートフォンを手に取りロックを解除、SNSアプリを開く。


「うわっマジか」


「どした」


 さほど興味のなさそうな宇野の目前に、東大路のスマートフォンが突きつけられる。


 ヒビの走るディスプレイには『上柄かみえ東駅前ロータリーで自動車爆発か』という文字が踊っている。速報性が売りのネットニュース、その見出しだ。


 名前の挙がっている上柄東駅は県立絡川高校の最寄り駅であり、電車通学の東大路のような生徒たちは毎日利用する馴染み深い駅だ。遅延や運休は致命的なので運行管理アプリから通知を受け取っている生徒は一定数いて、その中には東大路と同じ部活動の生徒も含まれる。その彼女が部活のグループチャットで拡散したのが、宇野の指摘したバイブレーションの発生源だ。


 自転車通学の宇野は興味なさげだ。そろそろ季節外れになってきたなと思いながら、水筒から麦茶を入れて飲む。一息つくと、自前のスマートフォンでニュースを一読した。


「大事だな。景央線けいおうせん止まってら」


「帰りまでに動いてくれよなー。事故はマジさっき起きたっぽくて何も分かんないな」


「自動車爆発だって? 派手だな、ハリウッドかよ」


「カーチェイスでもあったんかな」


「ねーだろ、こんな何もない街で」


「だよな。……ここから見えないかな?」


「駅は逆方向だろ」


 他にもニュースを聞きつけた生徒がいたのか教室がザワつきはじめる。出ていく者もいた。事故現場から上がる黒煙だけでも見ようとしたのか、誰かとニュースの話をしにいったのか。


 宇野にたしなめられたとおり、ここから駅が見えることはない。とはいえニュースに読み込むほどの情報はもうないし、SNSも錯綜さくそうしていて面白いがアテにはならないので、東大路は何とはなく窓から外へ視線を移した。


「あ」


「どした?」


「火、勝手に消えるかもな」


 宇野が東大路の顔を見て、その視線の先を見やる。そして眉を上げた。


「また雨かよ」

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