#6 彼女の行方
「確かに昨晩、ジャックと会ったよ。」
モーリスは自室ではなく、食堂にいた。昼食の最中だった。彼は2人が聞きたいことがあると言うと、快く受け入れてくれた。
「昨夜はちょっと寝れなくて、部屋を出て、あたりを散歩していたんだ。オロオロしていたなんてジャックくんも悪いことを言う。そう言う彼だって結構怪しかったけどな。」
モーリスはジャックの証言に不満げだった。
「暗がりではっきりはしなかったけど、あの格好は明らかに寝巻きではなかったよ。レザーのジャケットで寝るやつなんて流石にいないだろ?」
ジャックはトイレに出たと言っていたが、本当はどこかへ出かけるつもりだったのだろうか?だとしても一体夜中へどこへ行こうとしていたのだろう。
「モーリスさん、昨晩レオンの声は聞きましたか?」
次はルイが聞いた。お決まりの質問だ。
「いや、レオンの声は聞かなかったよ。昨晩、檻の近くには行かなかったけど彼の声は響くからね。」
ここまでで、昨日の夜レオンの声を聞くものはいない。つまり昨夜は誰もレオンの近くには行っていない、もしくは近づいたのは団長とマリーしかいないということになる。やはり団長を殺したのは唯一犯行が可能であろうマリーなのだろうか。
「団長とよく喧嘩をしていたと聞いていますが…」
コランは少し遠慮がちに聞いた。
「もしかして、僕が団長を殺したと思っているのかい?確かに団長とはよく喧嘩してたよ。昨夜君にも話しただろう?楽隊を雇ってもらえないって。けどそんな理由でコランくんは僕を疑うのか?」
コランだって尊敬するモーリスのことを疑いたくはない。捜査をしている以上、特定の人を贔屓目に見るのは探偵失格である。だが結果的に先ほどの彼の発言はモーリスに疑いをかける形になってしまった。
「いえいえ。少しそんな話を聞いたので気になってしまって…」
「動機の面からいえば、ジャックやマリーだって団長を殺す理由はあるさ。あの2人は虎視淡々とこのサーカスのトップを狙っているみたいだったからな。彼らを見ていればわかるよ。」
ジャックの団長が死んでからの仕切りといい、団長と異様に距離が近かったマリーといい、理由としては筋が通っているかもな、とコランは思った。ルイの方を見たが、その意見に対しては異論なさそうだった。
一通り聞きたいことを聞き終え、2人は席を立ち、モーリスと別れようとした。しかし、ルイは一つ聞き忘れたことがあったのを思い出した。
「そういえば、モーリスさん…エリを見ませんでしたか?事件が起きてから見ていなくて。」
「さぁ。僕も見ていないな。あ、でも…」
モーリスの方も何か思い出したようだった。
「昨日、団長室の前を通りかかった時にエリを見たぞ。しかも彼女、団長室から出てきたんだ。何か書類みたいなものを持っていたな…」
ルイはえ、と驚いたような顔をした。妹はトイレに立ったとばかり思っていたが、どうやらそれは違ったらしい。
「昨日の何時ごろですか?」
妹の怪しい行動に動揺を隠せないルイの代わりに、コランが聞いた。
「詳しい時刻はわからないけど……ジャックくんに出くわしてからそれほど時間が経っていなかったと思うよ。」
「ちなみにその時間、団長室の前を通った時には団長は部屋に居そうでしたか?」
「さぁ?部屋の中までは見ていないからね。ただ声は聞こえなかったよ。」
その時には団長はすでに殺されていたのだろうか?それとも声が聞こえなかったのは自室で寝ていたから…?どちらにしてもエリは団長室で一体何をしていたのだろうか。今回の殺人事件に関係はあるのだろうか。
モーリスは自室で今日のショーの準備をするというので席を外した。
「……」
ルイは少し戸惑っているようだった。昨日からのエリの行動はルイにとっては想像しがたいもののようだった。エリは事件のことについて何か知っているのではないだろうか。だから団員の前に姿を見せることができないのではないか。もしくは自らの手で……。だから団員の前に姿を見せられないのだろうか。
「……エリは人殺しなんかしません。」
コランの考えを察してか、ルイがポツリと呟いた。
「しかも親同然の団長を殺すなんて……ありえません!!」
ルイは明らかに動揺していた。
「まぁ落ち着け。まだ彼女が殺したって決まったわけではない。とにかくエリを探そう。」
もしかしたら彼女はこの事件の重要な何かを知っているかもしれない。もし真犯人が別にいるとして、証拠になるような重要な証拠を持っているのであるなら、犯人に狙われている可能性だってある。もしくはもうすでに……そこまで考えてからコランは悪い想像を振り払った。とにかく今は彼女の安全を確認することが最優先だ。
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