幸福のネコ

幸福のネコ

 国の中心から離れたとある村にいる、ひとりの少年の話である。


 少年は名をタンといい、年の頃は十であった。

 父と母、一つ年下の妹と、少し年の離れた幼い弟二人と妹が一人いる。

 父は村の若い男たち同様、遠い土地にある鉱山で、家族への仕送りのため採掘をして働いていた。母は炊事や洗濯などの家事と、毛糸を編む内職をしていた。妹は母親の仕事を手伝い、毎日たくさんの編み物をしては、懇意にしている手芸屋に商品として並べてもらっていた。

 タンは牛乳売りをしている。農家が搾った牛の乳を、小瓶に詰めて売り歩く。付属の革ベルトを首にかけ、牛乳瓶の並んだ木箱を両手で抱える。二年経った今では、最初の頃よりずっと多い数の小瓶を運べるようになっていた。


 村に並ぶ家々に「牛乳いかがですか」と尋ねて歩く。洗濯を干していた婦人が、店番をしていたおじいさんが「一つ頂戴」「二つおくれ」と買ってゆく。

 肩から斜めに提げているポシェットには、今日も小銭が貯まっていった。




 空になった木箱を持って、のんびりと家路をたどる。

 毎日毎日売れはする。売れはするけれど、儲かっているかと問われれば否である。

 稼ぎたいな、とぼんやり考えながら家に帰ると、久しぶりに家に帰っていた父と、普段は優しい雰囲気の母が、難しい顔をして座っていた。卓を挟んだ二人の前には、真剣な表情の妹がいた。


「私、学校に通いたいの」


 忍びながら三人の様子を窺っていると、妹が決意の籠った眼差しで両親を見つめていた。


 特別貧しくはないが、生活できていれば幸せだというこの村に学校はない。しかし、隣の町には、金持ちが支援して設立した学校がある。

 両親はおそらく妹の希望を叶えてやりたいだろう。けれど、両親はおそらく首を縦には振らない。生活ができていれば幸せだという村に住んでいる、稼ぎはあるが儲かりはしない一般家庭だ。


 タンは思う。幼い弟たちも妹も、これからもっと大きくなるはずだ。成長期で食べたい盛りだろう。今の時間は、近所の子どもたちと一緒に遊んでいる。遊べばお腹が空くはずだ。食べ物を食うにはお金が必要である。


 稼がなければ。儲けなければならない。なにより、妹の願いを叶えてやりたい。

 大した志もなく、なんとなくで売り上げを伸ばしたい自分とは違う。明確な意思で学校に通いたいと言ったのだ。


(しかし、どうやったら稼ぎが増えるのか……)


 考えに更けながら、家の周りをゆっくりと歩いていた。


「ニャー」


 可愛らしい鳴き声が、タンの耳に聞こえた。どこから聞こえてきたのだろうか。首を右往左往させていると、家の雨どいの傍にネコが一匹丸まっていた。


 珍しいことがあるもので、そっと近づいてしゃがみ込む。綺麗な灰色の毛並みは縞々に見える。もっとよく見ると、ネコの尻尾は二又に分かれていた。


(珍しいネコだなぁ)


 目を瞑っているのを確認して、頭から背にかけてゆっくりと何度もなでる。


「ニャー」


 気づいてネコは鳴き声を上げたが、気持ちよさそうに再び目を閉じた。




 それから毎日、二又のネコは雨どいの傍いた。なでているうちに懐いたようで、タンの後ろをついて歩く。タンの肩に乗るころには家族に快く受け入れられて、同じ屋根の下でともに過ごしていた。母や兄妹たち、鉱山へ行った父も存分に可愛がっていた。


 ある日、タンが牛乳を売りに行く頃になっても、ネコは肩から降りなかった。ネコは利口なのか、タンが仕事を始めるとそっと離れて行っていたのだ。

 たまにはいいか、とネコと一緒に牛乳を売る。


 「牛乳いかがですか」と声をかけながら村を歩く。洗濯を干していた婦人が「一つ頂戴」と言い、店番をしているおじいさんが「二つおくれ」と言う。遊んでいた子どもたちが「私にもちょうだい!」と言い、豆腐売りのおばあさんが「一つおくれよ」と言う。

 なんだか今日は売れ行きが良好だ。


 牛乳を買ってくれた子どもが目を輝かせてタンを見上げる。


「ネコさん触っていい?」


「いいよ」


 タンが言うと、ネコは肩からぴょんと飛び降り、声をかけてきた少女の足元にすり寄る。「かわいい~」と子どもたちが賑やかになった。


 以降毎日、タンはネコとともに牛乳売りをしている。ネコは村人たちに認知され、たちまち人気者になり、今ではすっかり牛乳売りの看板ネコである。




 ネコは不思議と容姿も体力も衰えることはなかった。何年も経った今、タンはすっかり青年である。今日もネコはタンの肩に乗り、一緒に牛乳を売り歩く。

 ネコのお陰か偶然か、牛乳の売り上げはメキメキと伸びた。弟たちは健やかに育ち、タンと一緒に牛乳を売ってくれている。幼かった妹は、母と一緒に糸を編むほど器用になった。タンと年の近い妹は、隣町の学校で勉学に励んでいる。学者になりたい、という夢があるらしい。


 ある日出会った二又のネコは、間違いなくタンたちにとって幸福のネコである。




「サチ、牛乳を売りに行くぞ」


「ニャー」


 タンが呼ぶと、二又のネコは軽い身のこなしで定位置に飛び乗った。

 牛乳売りの青年は弟たちと、幸福のネコとともに、今日も牛乳を売りに行く。




 ◇◇◇ おわり ◇◇◇

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幸福のネコ @gomokugohan

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