第11話

 三年にわたる、諸国諜報活動に出ていたディルクが戻って来た。



 亜麻色の前髪をまっすぐ斜めに切りそろえ、左目側がやや長い。そこから透けて見える緑の目は、エメラルドのようにも見える。緑目の人間は呪術耐性が高いとされ、呪術師に操られにくいというが、特に彼のような澄んだ緑の瞳は、その効果があると言われる。

 身軽そうな細身のしなやかな体型で、俊敏そうな気配がある。身長は、コーヘイと比べて指三本ほど低い感じで、彼も小柄に見られやすい。



 帰城して休む間もなく、諸国情勢を国王と騎士団長ヘルを前に報告をする。


「ゴートワナ帝国は、滅亡とみてもよろしいかと思います。やはり内紛が続いた事による弊害は大きかった模様です」

「残存勢力もしばらくは、こちらに何かして来る力はなさそうだな」

「懸念としましては、行き場を失った帝国内の呪術師の一部が、わが国の国境を越えた気配がある事でしょうか。国境付近の呪術師対策は強化が必要かと存じます」


 騎士団長ヘルは、報告書に目をやりながら満足げに頷く。


「ラドゥメグ国の情報まで手に入るとは思わなかった。さすがだな」

「は、恐れ入ります」


 現国王ジルダール四世は、ディルクの情報収集能力で得た知見で、これまでどれだけの外交を有利にしてきたかわからない。

 一時期、彼は王子アリステアの元に所属を移していたが、現在は国王直轄に戻っている。


 最近のアリステア王子の権力の私物化は目に余りつつあり、国王はディルクを自分の手元に戻した事は正解だと感じている。王子は三年前も、一人の女性の監視という仕事をこの貴重な能力を持つ男に与える体たらくで、国王を落胆させていた。


「戻ったばかりですまないが、お前に新たな任務を与えたい」


 国王は重々しく口を開く。

 ディルクは一通りの話を聞き終えると、跪いて深々と頭を下げ、強く答える。


「確かに承りました。お任せください」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 久々の戦友の帰還とあっては、共に飲まずにいられるはずはない。


 ディルクとコーヘイは連れ立って、セリオンの部屋に酒を持ってやってきていた。


 この三人の戦記は、公にされていない情報が多いため、人に聞かれたくはない。酒場や食堂のような迂闊な場所では、あの日の思い出話はできないだろう。


 そうなると誰かの自室しかない、となったのだ。


 ベッドは二台、椅子は二脚という部屋だったので、床にカーペットを敷いて、それぞれにクッションを一つずつ、という感じで酒宴は始まった。


 まず、部屋にベッドが二台ある理由を聞いたディルクが声を上げて笑う。


「ははは、本当に仲良しですね」

「同室であるのが当たり前、みたいになっていたからな」


 ディルクは城内の噂にも精通しているから、この二人が同室にこだわっていた理由には、別の意味があるのでは、という話は聞き及んでいた。だが一緒にこう会話していると、この二人がそういう関係にあるようには到底思えない。


 兄弟のようであって、そうでもなく。先輩後輩の関係のようで、そうでない。どちらかが、片方に依存している訳でもなく、とにかく対等なのだ。男として、このような信頼できる親友の関係を持てる相手がいる事が、ディルクには羨ましく思えた。

 お互いがそれぞれ結婚しても、この気持ちの良い関係を続けていきそうだ。


「自分は、男にキスするとか、考えたくもないです」

「俺もごめん被るな」

「そう思うなら、酔って風呂場で溺れて、人工呼吸が必要になるような事はしないでくれますか。何回やったと思うんですか」

「おまえが近くにいるから大丈夫、って油断するんだよな。一人の時はやらないんだ、これが」


 二人が禁断の恋人同士であるという噂がある、という話を聞いた二人の反応は、これである。この件に関しては、セリオンがコーヘイに甘えてるきらいがあるが。


「ところで、久々の城の様子を見てどう思う?」

「あまり変わってませんね。王子殿下も相変わらずで」

「アリステア殿下って、前からあんなお方でしたか?」

「女性が絡むと、異様に視野が狭くなるのは昔からでしたよ」


 セリオンも溜息をつく。先日の酒宴での大騒ぎは耳に入っていた。


「最近、キース殿下が素晴らしくてな……」

「それなんですが」


 ディルクは城を離れている間も、城内の部下からの話は全て耳に入れている。自分がいない間の動向もすべて把握していた。


「キース王子は、とにかく物事の考え方の根っこの部分が優秀なんですね。学者や教育係も感心していましたが、とにかく素地がいい。僕は、その素地を作った人物に心当たりがありますよ」


 三人が三人とも、同じ女性の顔を思い浮かべる。


「本当に、あの娘は規格外だな……」

「自分、ちょっと気になる事があるんですが」


 かつてフレイアに、どうして異世界人がこちらに来るのに、こちらの世界の人は向こうに行かないのか、疑問に思って聞いた事があった。まだ、研究の段階で、こういう感じではどうでしょう?という前置きだったが、彼女は世界を濃度の違いで解説した。


 こちらの世界は魔力がある分、濃度が高い塩水のようなもの。

 対する元の世界は蒸留水でしかない。

 半透膜は大きな分子を通さない。つまり魔力を持った魂は大きな分子と同じ。

 蒸留水側から、水分子は通り抜けていくが、濃度の高い側は塩の分子が穴を埋めてしまって通れないのだ。


 それに似た感じなのでは?という理論だった。


「浸透なんて、中学生ではさわり程度しか習わないと思うんですよね」


 コーヘイもよく理解したのは、高校一年の生物の授業を受けてからだったと記憶している。フレイアがこちらの世界に来たのは十四歳のはずだ。


「彼女、すごい勉強家だったからなあ。暇さえあれば図書室にいたし」

「僕も時々読みますが、異世界人が書き残した知識の書籍も、結構多いんですよね。そういうものから学び取っていったのではないでしょうか」

「そうでしたか……」


「しかし、その理論からすると、本当に元の世界には戻れなさそうだな」

「浸透圧で二つの世界の均衡が取れた時に、チャンスがあるかな?という感じですね。何千年先かわかりませんが。それにこの理論が正解かどうかもわかりませんし」

「コーヘイさんは帰りたいですか?」


 ディルクとセリオンはコーヘイを見つめる。

 最近来たロレッタは、登録局の話では帰る事を全く諦めていないという話だった。対してコーヘイは、かなり早い段階で元の世界に帰る事を諦めている。


「もし、この扉を抜ければ帰れますよ、と言われても、自分の意思では帰らないと思います」


 それを聞いて、ディルクとセリオンはほっとしたような顔をした。

 コーヘイは自分で言いながら、少し割り切れない気持ちを残してしまった。


「ディルクはそういえば、今いくつなんだ?随分、務めが長いと聞いているが」

「僕は今年で二十五歳になります。十二歳からこの仕事をやってますよ」

「わっ、大先輩でしたか」

「俺よりも先輩だ、驚いたな」


  優秀と評判のこの二人にそういわれると、なんともこそばゆい。


「次の任務はもう決まってるのか?」

「ええ、数週間は情報集めをするので城に滞在しますが、準備が整ったらまた出ます」


 仕事の内容は機密である。しかしディルクはその案件の内容から、この二人には伝えておいても良いのではないかと判断した。


「北の国境付近なんですが、おかしな力を持った山賊が出ておりまして」


 聞いた事もないような、破裂音ともつかぬ音を立てる棒から、鉛の玉が飛んでくるという。最初は新種の魔法と思って自警団が対応していたが、魔法で全く防ぐ事ができず、死者と重傷者を多数出してしまったという。

 騎士団を編成して派遣する事も考えているが、その謎の武器の内容がかわからない事には、無為に人材を死なせる事になる。まず、あれが何かというのを、ディルクは調べる任務を受けたという。


「僕は、これに関しても、心当たりがありますよ」


 緑の瞳が髪から透けてコーヘイを見る。

 あの日、コーヘイが使った武器。明らかにその特徴と酷似しているのだ。


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