第126話 始まりを継ぐ者

 ──【始祖の武闘家】。



 キルファ=ジェノムが、そんな風に大仰極まる二つ名で呼ばれるようになったのは──およそ十八年前。



 ちょうど【魔族】の存在が認識され始めた頃の話。



 その時より更に十六年ほど前、ヴィルファルト大陸の西方に位置する西ルペラシオ──【武闘国家】で生を受けた彼女は、とある流派の家元を親として誕生。


 優れた血統ゆえか、それとも彼女自身の才ゆえなのか当時は不明であったが、この世に産まれ落ちた瞬間に彼女は赤子でありながら目を開き、あろう事か獣などと同じように自力で立つ事も可能であったようで。


 そんな娘を見た両親は、“キルファ”と名づけた自分たちの娘を気味悪がって邪険にするでもなく、まして迫害するでもなく心から可愛がって育てるとともに。



 “ジェノム流”──。



 彼らの家名と同じ名を冠する、この世界で最も古い歴史を持つと云われながらにして、その教えは絶えず更新され、あらゆる武術の祖とさえ称される事もある一子相伝の武術を子供の時分から伝承すると決めた。


 五年後、両親の見込み通り──いや、それ以上の成長を見せた彼女は五歳にして両親を超え、その力を実際に見た者たちは彼女を【始祖の】と呼んだ。


 まだまだ【武闘家】とは呼ぶには荒削りな部分もあった事も、そして何より五歳とは思えない感性を持っていた彼女自身が気に入っていた事もあり、その二つ名とともにキルファ=ジェノムの名は広く知れ渡る。



 ……きっと、それが全ての引き金だったのだろう。



 そこから十一年の時が経ったある日、今のスタークたちの一つ上である十六歳の少女として成長していた彼女が単独で修練を終えて帰宅すると──そこでは。


 他の流派の武闘家とは比べものにならない力を有していた両親が、それまでの人生で見た事もないほどの絶対強者の覇気を纏う女性に殺害されており、キルファは即座に全力を以て両親を負かした何某かに挑む。


 しかし、すでに一人の【武闘家】として開花していた彼女でも、その女性には──もとい、その魔族には歯が立たずに一矢報いる程度の事しかできなかった。


 傍らで屍を晒す両親と同じように、きっと自分も殺されてしまうんだろう──そんな風に諦念していた彼女に対し、その魔族は彼女の顔を覗き込みつつ笑い。


『お前、【始祖の伝承者】なんつう大層な名前で呼ばれてんだって? まぁ、よりはマシな戦いをしてたとは思うが……ちっと不完全燃焼なんだよなぁ』


『……っ、何が、言いたい……!』


 たった今、自分が負かした少女の二つ名を知り来訪した事を明かすとともに、つい先程やり合った少女の両親をこき下ろしつつ少女の強さを称賛するも、まだまだ物足りないと曰う魔族に対して何とか睨み返す。


 すると、その魔族は少し考えるような所作を見せた後、更に邪悪極まる笑みを湛えてしゃがみこみ──。


『んー……っし、決めた! お前、生かしておいてやるよ! で、いつか俺を殺しに来い!! いやぁ名案だ!』


『は……?』


 さも自分の発案が素晴らしいものだと言わんばかりの愉しげな声を上げたはいいが、それを聞いた少女としては微塵も要領を得ておらずポカンとしてしまう。


 しかし、そんな風に困惑したキルファに対して魔族は詳しい説明をせずに『次に会う時は、もうちょい強くなってろよ!』と叫びながら飛び去ってしまった。


 一方、取り残されたキルファは両親の亡骸に手を添えつつ、『あの魔族は自分の二つ名を聞きつけてきたんだ』という事実に自責の念を覚えると同時に、その手についた両親の血を見て苛烈な悲憤の感情が湧き。


『──絶対、仇は取るからな……!!』


 たとえ他の全てを犠牲にしてでも両親の仇を取る為に更なる研鑽を積んだ事で、それからすぐ今の二つ名である【始祖の武闘家】と呼ばれるようになる一方。


 その時の魔族が並び立つ者たちシークエンスに属する前の、つまりは名と称号を授けられる以前の序列十位ジェイデンだという事を──まだ十六歳の少女だった彼女が知る由もない。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 そんなキルファも今年で三十四歳。



 言わずもがな聖女や六花の魔女と同い年である彼女だが、その強さは年を重ねる度に増しているようで。


(受け止めやがった、あたしらの最高の一撃を……)


 まず間違いなく現状では最大にして最高の一撃だった筈の【勇矛一穿ヴルムパイク】を、あろう事か指二本で止める豪胆さを披露するだけでは飽き足らず、その一撃による衝撃の余波さえ発生させない精密さに、キルファの教え子であるところのスタークも驚きを隠せていない。


 おそらく、【勇矛一穿ヴルムパイク】が最大にして最高の威力を発揮するタイミングを初見で見極めて、それが発揮される寸前──最も力が弱い瞬間に受け止めたのだろうと、戦いが終わったばかりだからか頭が冴えていたスタークは何となしに理解する事ができてはいたのだ。


 まぁ、『力が弱い』とはいえ王城の堅牢な城壁さえ消し飛ばす一撃なのだから、その出だしを指二本で止める彼女も異常だと言われれば否定できないのだが。


 そんな折、矛先からスッと指を離した事でスタークが『ぅおっ』とよろけた時に、キルファの視界には自分の教え子の妹に当たるフェアトの姿が映っており。


「お、フェアトもいんじゃねぇか! 久しぶりだな!」


「え、えぇ。 お久しぶりです……」


 およそ三年ぶりとなる再会で素直に懐かしかったからなのか、『よっ』と片手を上げつつ声をかけてきた彼女に対し、フェアトは何とも抑えめな様子で返答。



 別に彼女を嫌っているわけではないのだが──。



「何でこんなところに、ってのを聞く前にだ──」


 一方、素っ気ない返事をしてきたフェアトに対し特に言及しなかったキルファは、どちらかといえば双子が先に聞きたかった筈の問いを口にしようとするも。


「──……スタークよぉ」


「っ、何だよ」


「お前──」


 それより先に言っておくべき大切な事でもあったのか、そのまま教え子の方へと視線を移しながら声色を落とした師匠の鋭い眼光に、スタークは僅かに気圧されつつも決して退く事なく師匠の二の句を待ち──。


 キルファが、その強く大きくもしなやかな右手を教え子の栗色の短髪の後ろ側まで伸ばしたかと思えば。


「──……強くなったなぁ! あたしは嬉しいぞ!!」


「ぅぶぁっ!?」


 突如、伸ばした手ごと自身が誇る弾力のある胸に引き寄せてから教え子の研鑽を褒め始め、それを受けたスタークは驚きと息苦しさでわけが分からなくなる。



 なまじ嫌ではないから、これを拒む事もできない。



「あたしが教えてた十年ちょっとじゃあ、ここまでの技は使えなかったろ? おまけに武器での技ときた! あれから頑張ったんだなぁってのが目に浮かぶぜ!!」


「お、おぉ……まぁ止められたけどな……」


 そんな複雑な気持ちを抱く教え子をよそに、キルファはガシガシと栗色の髪を乱暴ながら思いやりも感じさせる手つきで撫でており、その手つきに懐かしさを覚えていたスタークは照れ臭そうにしつつも『結局は受け止められてたし』と拗ねた様子を見せたのだが。


「馬鹿、当たり前だろ? あたしを誰だと思ってんだ」


「……師匠」


「おぅそうだ! あたしに傷を負わせるには、まだまだ修行が足んねぇな! 何ならこれから組み手でも──」


 要は、『あたしを超えるなんざ百年は早い』と言いたかったのだろう、キルファが『うはは』と豪快に笑いながら海水に塗れた手で教え子の頭をポンポンと軽く叩き、スタークは自分の髪が濡れても特に気にする様子はなく、もっと言えば師匠から組み手の提案に心躍らせていたのだが──その一方でフェアトたちは。


「教えてたって事は……【始祖の武闘家】の弟子?」


「……姉さんは、そうですね。 私は違いますが」


 未だに居合わせていたアルシェが、キルファが何気なく口にした『教えてた』という言葉に反応して『貴女たち二人とも?』とフェアトも込みで弟子なのかと問うも、あくまで弟子なのは姉だけだと冷静に返す。



 そんな折、彼女の中に一つの疑問が湧いた事で。



「それにしても……あの人、割と有名なんですね?」


「ゆ、有名なんてもんじゃないわよ!」


 その疑問を解消するべく、【始祖の武闘家】の知名度を一般的な視点から教えてもらおうとすると、アルシェは信じられないといった表情とともに語りだす。


 何しろ、【始祖の武闘家】といえば西ルペラシオでは──つまりは【武闘国家】では、かの地を統べる“皇族”よりも知名度が高く、その存在は武に触れていない他国の者でも耳にした事があると曰うほどだそうで。


 それこそ、【魔導国家】における【六花の魔女】と同じくらいの知名度があると見ていい筈だと語った。



 フェアトは、それを聞き終わるとともに──。



(先生と同じくらい……そんなに凄い人だったんだ)


 あの辺境の地で会話した時には知らなかった姉の師匠の凄さを、まぁ何となしに漠然と理解できたはいいものの、それでも憮然とした態度は維持したままで。



 先述したが、フェアトは彼女の事は嫌いじゃない。



 何せ、スタークと違って彼女は決して脳筋などではなく会話だって比較的スムーズに進み、それでいて人間としての強さは勇者も認めるほどであったそうで。



 【攻撃力】を除いた姉の上位互換であると言える。



 それもあって、フェアトから彼女への好感度はスタークから六花の魔女へのそれを遥かに上回っていた。


 まぁ、その事と師弟がイチャついているのを見た彼女が苛ついている事とは全くの別案件だったのだが。


「そ……それより! あんた何でここにいんだよ!」


「そうですね。 何か用でもあるっていうんですか」


 それから、ようやく師匠の豊満な胸から離れたスタークが珍しく顔を赤らめさせつつ、いよいよとばかりに師匠がここにいる理由を聞こうとし、それに同調するように若干きつい物言いでフェアトも問いかける。


「ん? あぁ、それはな──」


「「「それは……?」」」


 すると、キルファは服の端を『ぎゅーっ』と絞って水を切りながら双子からの問いに対する答えを随分ともったいぶり、どんな答えが飛び出すかと気になったのは双子だけでなく、アルシェも一歩前に出ており。



 おそらく、とんでもなく厄介だったり壮大だったりする理由が明かされるんだろうと踏んでいたのだが。



「──……休暇だ!!」


「「「……はっ?」」」



 そんなキルファの口から飛び出した、あまりに普通の理由に双子もアルシェも思わず困惑してしまった。

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