第118話 いざ、シュパース諸島

「しゅ、しゅぱ──何だって?」


 やはりと言うべきか、シュパース諸島の名を完全に失念していたスタークが眉を顰め首をかしげる一方。


『りゅあー……』


「あ"っ!?」


『!?』


 いかにもな反応を見せていたスタークを乗せるパイクは、そんな彼女に呆れて図らずも溜息をこぼしてしまい、それを聞き逃さなかったスタークはといえば。


「パイク! 今あたしに呆れやがったな!」


『りゅ、りゅーりゅー』


「一丁前に誤魔化してんじゃねぇぞ!」


 良いか悪いかは別としてパイクの感情の動きに目敏く勘づいていたらしく、とはいえ万が一にも落ちたくはないからか拳を打ちつけたりせずに苦言を呈し、それを受けたパイクが誤魔化そうとするも通用しない。



 ──そ、そんな事ないし。



 的なニュアンスの鳴き声だったからこそ、スタークは言葉こそ通じずとも理解できてしまったのだろう。


「……以心伝心じゃないですか」


『りゅう〜』


 そんな一人と一体のやりとりを見ていたフェアトは軽く苦笑しつつ、『双子の姉ペア』が仲良くなった事を素直に喜び、『双子の妹ペア』の片割れであるシルドも『よかったね〜』的なニュアンスで鳴いていた。



 ──さも他人事であるかのように。



「……まぁいい。 で、その何とか諸島ってのは?」


 それから、これ以上の追求は無駄だと悟ったスタークは気持ちを落ち着かせ、もう一度ごろんと寝転がりながら改めて名前の覚えられない諸島について問う。


「……ヴィルファルト大陸に着く前、今みたいにパイクたちの上から見下ろした時に軽く説明しましたが」


 その一方、先程のパイクと同じかそれ以上に呆れ返っていたフェアトが、ほんの一ヶ月くらい前に彼女たちの故郷を旅立った際に諸島の名前も訪れる人の目的も簡単に伝えた筈だと物言いたげな視線を向けるも。


「もう分かってんだろ!? 覚えてねぇんだよ!」


「えぇ……? 何をそんな堂々と……」


 当の姉は拗ねるならまだしも開き直って逆ギレし始めており、それを受けたフェアトは呆れを通り越して疑問さえ覚えていたのか首をかしげてしまっていた。


 その後、『ぐぬぬ』とでも呻き始めるのではとばかりに何とか思い出そうとする姉を見て、フェアトは思わず苦笑しつつ『いいですか?』と人差し指を立て。


「シュパース諸島は観光地として有名だそうで。 ヴィルファルト大陸在住の人たちも、よく羽を伸ばしに向かうそうですよ──【機械国家】を除いて、ですが」


 あの時も説明はしたが、シュパース諸島はこの世界でも有数の行楽地であり、ヴィルファルト大陸から割と離れてはいても魔導接合マギアリンクを施された魔物を利用して物見遊山したりするのだ、と分かりやすく解説した。


 ちなみに、【機械国家】と呼ばれる北ルペラシオの人々が訪れないのは何もシュパース諸島だからではなく、どうやら自国の技術が国民から漏洩するのを恐れて半ば鎖国しているような状態にあるらしいとの事。


 確かに、この世界におけるエネルギーとは殆どの場合が【魔力】、延いては【魔素】である為に、それに頼らない新たな原動力を開発できたからこそ、それを独占するのもフェアトとしては分からなくもないが。


(それで出入国を封じる──うぅん、禁じるなんて)


 それを理由に機械国家で出生した者は他国へ足を踏み入れる事は殆ど不可能となっており、また他国から入国するのも難しく、もし入国できたとしても今度は出るのが難しいという何とも不自由な国だと母から聞いていた為、『行きたくないなぁ』と溜息をこぼす。


 尤も、そこにも並び立つ者たちシークエンスがいる為に、『行きたくないから行かない』という選択肢はないのだが。


「……のんびり観光してる暇があると思ってんのか」


「思ってません。 話は最後まで聞いてください」


「???」


 そんな折、何故か自分が観光目的で向かう為に提案したと思われてしまっていた事に、フェアトは首を横に振りつつ姉の発言をあっさりと否定し、それを見たスタークは要領を得ず大量の疑問符を浮かべている。



 少し考えれば思い当たりそうなものだが──。



「そこに、並び立つ者たちシークエンスがいるみたいなんですよ」


「……あー……」


 そして、フェアトが諸島へ向かおうとする理由を簡潔に明かすと、ようやく察した姉は遠い目をしつつ。


「……見境ねぇな」


「えぇ、全くです」


 人間だの獣人だの霊人だのと、それは確かに行楽地ゆえ元魔族にとって食い物にできそうな種族が集まっているのだろうが、だからといって人が羽を伸ばす場所に巣食うなど、なんて無粋なんだとスタークとフェアト両名が思ってしまうのも無理からぬ事であった。


「で、何匹いんだ? 一匹か? 二匹か?」


 気を取り直して、シュパース諸島にいるのだという並び立つ者たちシークエンスが何体いるのかとメモを持つ妹にスタークが問いかけるも、フェアトは『うーん』と唸り。


「……二匹、ですね。


「は?」


 所在どころか称号も記されている筈のメモを持っているのに、どういうわけか妙な答え方をしたフェアトの発言に、スタークは思わずポカンとしてしまった。


 すると、フェアトは手に持っていたメモをシルドとパイク経由で姉に手渡し、その行動の理由も分かっていない姉に対して、『シュパース諸島のところを見てください』と口にした事で、スタークが確認すると。



 そこには──。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 シュパース諸島、



 序列十八位、“リャノン”。


 称号──【破顔一笑ラフメイカー】。



 序列十九位、“サラ”。


 称号──【常住不断ステイヒア】。



 序列二十二位、“ヴィセンテ”。


 称号──【率先躬行ヴァンガード】。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 と、そう記されていた。



 諸島にいるのは二体なのに、どうして三体もの元魔族に関する記述がされているのかと思うかもしれないが、この記述の一部──具体的に言えば序列二十二位の部分だけに一本の訂正線が引かれていたのである。



 まるで、そこには『もういない』というように。



 ちなみに、この記され方は序列十位ジェイデン序列二十位トレヴォンといった双子に斃された並び立つ者たちシークエンスに限らず、スタークたち以外の者に殺された序列九位イザイアスまでもに適用されており、それを考えればこの序列二十二位も──。


「……死んでるって解釈でいいのか? これ」


 本人は【サーチ】の応用だ──と言っていたが、おそらく命を落とした並び立つ者たちシークエンスの名に自動で訂正線が引かれるのだと流石に理解できたスタークが問うと。


「多分ですけど。 ただ、つい昨日まで三匹だったんです。 つまり昨日から今日の間に斃されてるんですよ」


「一日かからねぇくらいで、か……一体、誰が──」


 フェアトは姉の問いに首肯しつつも先日に見た時は序列二十二位に訂正線は入っていなかったと言い、それゆえに自分たち以外で一日もかからずに元魔族を斃した者がいると暗に告げた事で、スタークはメモを手に寝転がりながら彼女なりに思案し始めようとした。



 ──が。



「──まぁ、いいや。 行ってみりゃ分かんだろ?」


「……そう、ですね。 行ってみてから考えますか」


『りゅー♪』


 とりあえずは遭遇してから考えようという何とも楽観的な考えを持ちつつ、いざシュパース諸島へと気持ちを切り替えていた双子の少女を見たパイクは──。



(りゅあぁ……)



 本日二度目の呆れによる溜息をこぼしてしまう。



 顔立ちや体格以外は似ていなくとも、やはり根っこの部分では双子なのだと悟ったパイクなのであった。

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