第119話 船着場の選択

 常通り──というには回数が少ないものの、パイクたちへ船着場に可能な限り目立たぬように辿り着けと指示を出して、それを二体が実行せんとするものの。


「──どの船着場も人が多いですね……」


 やはり『世界有数の行楽地』というのは伊達ではなく、およそ一般的な視力でも見渡せる位置まで高度を落として飛び回る半透明な竜覧船の運転席から、いくつもある諸島の船着場をフェアトが確認してみたところ、どうにも静けさに縁のある場所が見当たらない。


 自分たちと同じように諸島を訪れんとしている者たちや、そんな人々をもてなそうとする者たちで一杯。


(……楽しそう──っ、いやいや駄目だって……!)


 わいわい、がやがや──と竜覧船の中にいても聞こえてきそうなほどに楽しげな様子の人々を見て、フェアトは溜息をこぼしながらも少しだけ興味ありげに覗き込んでおり、それを自覚した為か首を横に振って。


「姉さん、どうしますか──」


「……」


「……姉さん?」


 気を取り直す意味でも姉に意見を求めてみようと視線を動かしたのだが、そんなフェアトの言葉が届いていないのか、スタークは全く持って反応する素振りを見せず、それに違和感を覚えた彼女が声をかけると。


「……ん? あたしに話しかけてたか?」


 おそらく本当に聞こえていなかったのだろう、きょとんとした表情を向けて『悪い悪い』と口にしつつ栗色の髪を掻く姉に対し、フェアトは『いえ』と呟き。


「……何でもないです。 どうか気にせず」


「? そうか……」


 珍しく姉が何かを思案している事を理解し、されど何について考えを広げているのかまでは理解できなかった為、邪魔しないように話を終わらせたのだった。


 そんな妹に対して、スタークは『変なやつ』と脳内で呟きながらも再び違和感の正体を探り始める──。


 彼女を襲う強い違和感の正体とは、たった今この瞬間もスタークの鼻腔をくすぐっている、甘美な香り。


(この甘ったるい匂い……どっかで似たようなの嗅いだ気がすんだけどな……あぁくそ、思い出せねぇ……)


 そんな耽美にも感じる香りを、どうやら過去にどこかで嗅いだ事があるらしい彼女は何とか思い出そうと頭を悩ませるも、やはり『移り気で忘れっぽい』という性分は簡単に改善せず、ただ唸る事しかできない。


 ヴィルファルト大陸ではない事は確かゆえ、あの辺境の地──双子の故郷で嗅いだ事がある筈なのだが。


『! りゅー!』


「えっ?」


 その時、頭をこねくり回しているスタークをよそにシルドが何かに気づいて一鳴きし、それに気を取られたフェアトがシルドの視線が向かう先へ目を遣ると。


「……あぁ確かに……お手柄ですね」


『りゅっ!』


 そこには、まぁ他と比べれば人は少ないかな──というくらい小さな船着場があり、およそ数十分ほど飛び回った末に見つけてくれた事をフェアトが労った事で、それを受けたシルドは嬉しそうに鳴いてみせる。


「姉さん、パイクも。 あの船着場に降りますよ」


「……あぁ」


『りゅ、りゅう』


 それから、シルドが見つけた船着場の事を姉サイドに伝えたところ、かたやスタークは未だに違和感の正体に辿り着けずに何なら機嫌を悪くしており、かたやパイクは自分の背に乗る少女の貧乏揺すりが思った以上に負担になっていたのか少しだけ辛そうに鳴いた。


 その後、直に降り立つのではなく少し離れた海の方から滑るように着水しつつ、パイクとシルドは竜覧船への擬態を解かぬまま運転席の扉をゆっくりと開く。


「ありがとうございます。 シルド」


『りゅー♪』


 魔導国家の港町に到着した時と同じような微笑ましいやりとりを交わして、お互いに晴れやかな笑顔を向け合うフェアトを代表とした妹サイドとは対照的に。


(……パイク。 お前は何も感じねぇのか?)


(りゅ?)


(……いや、何でもねぇ)


 かたや姉サイドは、この瞬間も感じ続けている香りについてスタークがパイクに問いかけるも、その香りを感じていないからなのか、それとも香りに違和感を抱いていないからなのかパイクは首をかしげるだけ。


 それをハッキリさせない事には確かな判断もできないとはいえ、せっかく人が少ない船着場を見つけたのに、ここで時間を割いて問い詰める事で人が増えてしまっては意味がないと考えて早々に話を終わらせた。


 その一方、姉サイドの小声での会話など聞こえている筈もないフェアトは、シルドの背から諸島全体を見渡していた時、船着場によって人混みに差がある理由を考えていたのだが、ようやくそれを見抜けており。


(より行楽に適した場所に近い船着場に人が集まるのは道理ですけど……それにしたって、また極端な……)



 シュパース諸島で最も広くて賑やかな砂浜ビーチ



 解放感がありつつ小綺麗さも兼ね備えた宿泊施設ホテル



 平民から貴族まで幅広く歓迎する料理店レストラン



 どうせなら、そういった『いかにもな行楽地』に近い船着場の方がいいに決まってると考えるだろうというのは至極自然な事であって、そこまで一般人との関わりがないフェアトでも何となく理解はできていた。


 ちなみに、『他と比べれば人が少ない』という事は当然ながら『他にも少なからず人がいる』という事であり、パイクたち以外の大型の竜覧船も二、三体ほど停泊し、そこから種族を問わない人々が降りてくる。



 ──あれが、いわゆる慰安旅行だろうか。



 そんな事を考えていたフェアトだったが、これ以上ここに留まっていては人が増える一方だと首を振り。


「それじゃあ──」


 早速、情報収集でもと魔導国家の港町でもすぐにやろうとした並び立つ者たちの情報を集めようと提案せんとした時、先程の慰安旅行かもしれない集団の方から随分と賑やかな声が聞こえてきた為、振り向くと。


 集団に対してニコニコと笑顔で話しかけていた数人の派手な軽装を着た男女が双子の存在に気づき、そのうちの何人かが足早に近づいてきたかと思えば──。



「「「──ようこそ、シュパース諸島へ!!!」」」



 一糸乱れぬ動きと言葉、何やら狂気じみているようにも感じる笑顔とともに歓迎の文句を口にした事で。



(……何だ? こいつら)


(……何? この人たち)



 双子は図らずも似たような反応を見せたのだった。

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