第105話 真水のような劇毒
突如、フェアトがいる辺りから強い閃光や大きな咆哮が発生したかと思えば、どういうわけか彼女やラキータを取り囲むように宙に浮く四つの盾が出現した。
正直、何が何やらというのがクラリアたち三人の本音ではあったが、『何かあった場合には助ける』という確かな決意と覚悟だけは三人ともが持つ中で──。
「そうだ、せっかくですから一緒に沈みましょうか」
『な、なぅ……?』
さっそく試してみようかな──と自分でも驚くほどに冷たい微笑を浮かべていたフェアトに対し、これから起こる何かにラキータが首をかしげたのも束の間。
「最古にして最強の竜が生み出す──劇毒の沼に」
『!? にゃ──』
ラキータは、フェアトが告げた言葉の意味を──特に『最古にして最強の竜』、つまりは神晶竜の魔法による攻撃を避けられない状態で受ける事を悟り、とっさに【
「【
『『りゅっ!!』』
『ぎゃ、ぶ……っ!?』
いみじくも恐ろしい速度にて二つの魔方陣が展開された瞬間、宙に浮かぶ橙色と青色の光を放っていた二つの盾から五十名弱ほどの魔力が集まった氷塊よりも更に硬度の高い半透明で半球状の障壁が発生し、その中をフェアトやラキータごと何らかの液体が満たす。
それは、まるで真水のような──劇毒だった。
【
水属性の【
一見すると単なる水責めのようにしか見えない。
もちろん水責めでも効果として充分ではあるのだろうが、クラリアたちの目から見るフェアトとともに水に半球状の水に沈んだラキータは、どう見ても呼吸ができずに苦しんでいるだけとは思えないほどに、おそらく本来なら可愛らしい筈の猫の表情を歪めており。
『がぼ……っ、ぎゃぶ』
その小さな口からは決して少ないとは言えない量の赤い血を吐き、その青と金の
「……」
全く苦しそうではないフェアトとは対照的に──。
「え、あ、あれって【
そんな中、半透明な竜の姿にしばらく目を奪われていたガレーネだったが、ふと我に返ってみると『勇者と聖女の娘が並び立つ者たちを道連れに【
森人である事も相まって、ガレーネ自身は風属性にしか適性を持たないが、それでも水属性の【
「……大丈夫だ。 フェアトに魔法は効かないらしい」
「は……っ? ま、魔法が効かない……?」
しかし、そんな彼女の行動はクラリアの何とも冷静な声音による『一切の魔法が通用しない』という紛れもない事実に阻害されたものの、ガレーネはクラリアが何を言っているのか理解できずに困惑してしまう。
「もっと言やぁ……フェアトは、溺れる事もねぇらしい。 あいつの姉が証人だから信用できると思うぜ」
「フェアトの、お姉さんが……?」
更に、そこへ補足するようにフェアトの姉から聞いた『溺死もしない』という事実をハキムが口にした事で、いよいよガレーネは『んん?』と首をかしげる。
(……じゃあ、あのままでも──)
この二人が嘘をつかないのは分かっているし、もっと言えば勇者と聖女の娘であるフェアトや、まだ出会っていないフェアトの姉が嘘の情報を与えたとは思いたくない彼女は『なるほど』と納得しかけたのだが。
「っていうか! どうしてフェアトは一緒に閉じ込められたの!? まさか、さっきの光の中にいた竜が──」
だとしても、あの【
「「……竜?」」
「……っ、あ、いや……」
そもそも、ガレーネと違い光の中に竜の姿を見ていない二人は突然の『竜』という単語に目が点になってしまっており、そんな二人を見て『自分しか気づいてない』事を察した彼女は『何でもない』と誤魔化す。
あの竜についてフェアトが何も言及しなかったという事は、フェアトにとっては自身が『勇者と聖女の血を引いている』という事実よりも隠さなければならない事なのかもしれないという考えに至ったがゆえに。
「……まぁとにかくだ。 フェアトがあれを解除するまで私たちにできる事はない。 すまないが堪えてくれ」
「……分かった。 それじゃあ、その間に──」
ガレーネの妙な反応に違和感を覚えつつも、クラリアが彼女の肩に手を置いて『今はフェアトに任せるしかない』と告げた事で、ガレーネは少しの思案の後に了承して頷き、『ハキムの応急処置』と『犠牲になった騎士や冒険者たちの生死の確認』をしようと──。
──提案せんとした、その時。
──ガガガガガガガガガガッ!!
「「「!?」」」
つい先程まで王都中に響いていた、ラキータが氷塊に光を超えた速度で体当たりする時の音が、おそらくは【
「ま、まだ死んでいないのか……!?」
「しぶとすぎない……!?」
あれほど純度が高く致死性も相当に高いだろう劇毒の液体に沈み、そもそも数分近く呼吸できない状態に陥っているというのに、それでも未だに生きているだけでなく障壁を壊そうと水中で体当たりを続ける白い猫に、クラリアたちはある種の畏怖を覚えてしまう。
そんな中、序列十二位の必死の足掻きを目の前で見ているフェアトは、ラキータが【
(やっぱり、
水中では、どうしても歪んで見えてしまうとはいっても流石に見間違えよう筈もない、ジカルミアを象徴する高貴で荘厳な建造物──王城の姿を捉えていた。
「……っ、私たちも何か──……?」
一方で、このままでは埒が明かないのではないかと考えてしまったガレーネが、最悪あの【
人間を遥かに上回る彼女の聴覚は、【
「……お、お待ちください! 王城から出る事は国王陛下より禁じられております! それに今は特に──」
「じゃあ、さっきの音は何なの!? 教えてよ!」
「そ、それは……!」
「ほら! 教えてくれないなら自分で見に行く!!」
そして、その子供を何とかして制止しようとする大人たちの必死の声と、この王都に住まう者なら誰しもが一度は耳にした事があるだろう甲高い筈の声色を少しだけ低くさせ怒りさえ感じさせるような子供の声。
「あれは三番隊の──なっ!?」
「お、おいマジかよ……!」
ガレーネの少し後で、それらの声や足音に気がついたクラリアがそちらの方へ──王城の大門の方へと目を向けると、そこには
目を疑ったのは何も、クラリアたちだけではなく。
「な、こ、これは……!?」
「ここまで、とは……!」
「団長、ハキム殿……!」
戦線から離れていても今の王都で何が起こっているのかは把握していたが、それでも実際に死屍累々と化した大門前の惨状を見てしまった三番隊の騎士たちが驚きつつ、すぐにクラリアやハキムに駆け寄る一方。
「……ぇ、あ……? な、何これ……? クラリア、ハキム、ガレーネさん……フェアトと、あの時の猫……」
三番隊の騎士たちとともに大門を通り抜けてきた少女は、あまりに凄惨極まりない光景を目の当たりにしたからか思考が停止してしまい、この場にいる者たちの名を羅列する事しかできなくなってしまっていた。
その後、『ぎぎぎ』という音が聞こえてきそうなほどに、ぎこちない速度で細く頼りない首を動かして。
「ね、ねぇ……みんなは、何をしてるの……?」
今にも泣きそうに潤んだ翠緑の瞳と風呂上がりだからか流麗さが際立つ桃色の長髪と、ほんの少しだけ上気しているようにも思える、その美少女の名は──。
──リスタル=フォン=グリモワル。
紛れもない、この魔導国家の小さな王女様だった。
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