第88話 たまには別行動を

 ──翌朝。


 昨夜の事が気がかりだったのか、フェアトはもちろんスタークまでもが珍しく早起きをしており──。


「──なるほど、そんな事が……」


「あぁ、流石に肝を冷やした」


 スタークはふかふかのベッドの上で胡座をかいた姿勢のまま、ベッドの上で正座しているフェアトに対して、『白い猫にまつわる話』と『昨夜に見聞きした出来事』について簡潔に語ってみせていたのだった。


 ちょうど後者について語り終えたところである。


「にしても、わざわざ魔法も使えねぇ動物ねこを転生先に選ぶやつがいるとはな……何か意味あんのかねぇ?」


 簡潔に──とはいえ彼女としては珍しく長々と喋ったと感じているらしいスタークは、『ごきっ』と首や肩を鳴らしながら溜息をこぼしつつ、あえて魔法一つも行使できない猫に転生した意味を妹に問うてみる。


 事実、浴場で見えたあの白猫は間違いなく単なる猫であり、『魔素を取り込み』『取り込んだ魔素を魔力に変換して』『その魔力を魔法として放つ』といった魔法を行使する過程を踏めない動物でしかない筈だ。



 法を使う生ゆえに、『魔物』なのだから。



 そういう意味で言えば人間もまた魔物であり。



 魔法を使えないスタークやフェアトに至っては魔物ですらない動物だ──と言えなくもないのだが。



「さぁ、それは知りませんが……とにかく、この事を騎士団の方々に伝えにいきましょう。 クラリアさんたちは今もを手がかりにしているんでしょうし」


 その一方で、フェアトは並び立つ者たちシークエンスの転生先については言うほど興味がないらしく、ふるふると首を横に振ってから話題を変えてらあの白猫の事を今もなお王都中を捜索しているのだろうヴァイシア騎士団の面々に伝えようと提案しながら立ち上がらんとする。


 現に、こうして双子が安眠を貪っていた間にも、クラリアたちはスタークが手にした証拠を基に獣人や王都民の飼う動物などを調べて回っているのだから。


「……まぁ、そうだな。 だが──」


 翻って、スタークは同じように立ち上がるとはいかないまでも、その提案を首肯する旨の発言をせんとした為、フェアトも頷きつつ着替えを始めようと──。



 ──した、その時。



「──それは、お前が一人で行ってこい」


「え?」



 至って真剣味を帯びた表情と声音でスタークが告げた言葉に、フェアトは思わずきょとんとしてしまう。



 数秒ほど沈黙が客間を支配した後──。



「……えっと……一応、理由を聞いても?」


 とりあえず理由だけでも聞いておこうと考えたフェアトが、スタークに釣られるように真剣な表情と声音を持って、ベッドに座り直しつつ疑問の声をかける。


 昨夜、浴場で整えた事で綺麗になっているとはいっても、スタークの髪の一部が通り魔によって削り取られたのは紛れもない事実であり、それを考えると姉との別行動は避けたいというのが本音だったからだ。


 目の届かないところで姉が殺されるなど、とてもではないが耐えられそうにないというのもあるだろう。


「あたしは、ノエルと国王に接触する。 さっき話した謁見の間でのやりとりの事を考えりゃあ、どっちか片方が並び立つ者たちシークエンスなんだろうからな。 どうだ?」


「それは……まぁ、そうかもですね……」


 しかし、そんな妹の心配をよそにスタークは何でもないかのように別行動する理由を述べ、『理由としては正当だろ?』と珍しくも正論を口にした事で、フェアトはそれを拒否するわけにもいかず頷くしかない。


「決まりだな。 そんじゃ──ん?」


 それを見たスタークは、『よし』と首を縦に振ってから立ち上がりつつ先程のフェアトと同じように着替えを始めようとしたのだが、そんな彼女の行動を遮るかの如く客間の扉をノックする音が双子の耳に届く。


 瞬間、一足先に朝食を済ませていたパイクとシルドは誰に言われるでもなく剣と指輪に変化していた。


 どうぞ──と口にしたフェアトの声が扉の向こうにいる何某かに聞こえると同時に、つい昨日も世話を焼いてくれた女中が数人ほど入ってきたかと思えば。


「おはようございます。 フェアト様、スターク様。 リスタル様が『ぜひ朝食を一緒に』と仰せになっておられまして。 お二人がよろしければ、なにとぞ……」


 その中で最も位が高いのだろう女中の一人が頭を下げ、すでに起床していたらしいリスタルが『昨日みたいに朝ご飯も一緒がいい』と珍しく可愛らしい我儘を言ったのだと明かし、たわやかな態度で頼み込む。


 女中たちとしても、リスタルに友人ができた事が嬉しいのか全員が全員しっかりと頭を下げて頼み込む。



 ジカルミアに滞在している間だけでも──と。



 それを何となく察せられた双子は、お互いに顔を見合わせてから頷き、その我儘を受け入れる事にした。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「──それじゃあ今日は別々に行動するの?」


 流石に昨夜の晩餐ほど豪勢ではなかったが、それでもスタークたちにとっては充分すぎるほどに煌びやかな朝食を前に、リスタルは双子の今日の予定を聞いたうえで再確認するように首をかしげて問いかけた。


「えぇ、そうなりますね。 私はヴァイシア騎士団の詰所に行きます。 クラリアさんたちと話がしたいので」


「そうなんだ……あ、場所は分かる?」


「大丈夫ですよ。 先程、教えてもらいましたから」


 それを受けたフェアトが首肯しつつ自分の目的を明かし、『できるなら朝食の後もお話したい』と考えていたリスタルはしゅんとしながらも詰所がどこにあるかは分かるかと問うも、すでに確認を取っていたらしいフェアトは『お気遣いどうも』と笑顔を見せる。


「で、あたしは昨日のノエルって近衛に話を聞きにいくつもりだ。 あいつは中々強そうだったし、もし時間がありゃあ手合わせなんてできればありがてぇな」


「もぅ、またそんな事を言って……」


 一方、本来の目的をリスタルに言うわけにもいかないとはいえ、つい先日の事もあるというのに懲りないな──と呆れるフェアトをよそに、スタークはノエルに会いにいくのだと紅茶を呷りながら告げてみせた。


「……ねぇ、それなら私もついていっていい?」


「ん? 何でだよ」


 そんな中、リスタルが唐突に自分も同行していいかと尋ねてきたものの、いまいち要領を得ないスタークは大袈裟に首をかしげて彼女の真意を問おうとする。


「私、今はお城から出られないし……ノエルに会いにいくなら私と一緒の方がいいよ。 今の“シュツェル近衛師団”は……その、ちょっと気を張ってるから……」


「しゅ、しゅちぇ……何だって?」


 すると、『城から出られなくて退屈だから』という理由もそこそこに、リスタルが真剣な表情で告げてきた二人ともが聞いた事がなく一回では覚えきれない組織の名に、またもスタークは首をかしげてしまう。


「シュツェル近衛師団、だよ。 ノエルが師団長を務める、お父さまや私を護ってくれる人たちの事で──」


 一見、舌足らずのようにも感じるスタークの言葉に苦笑しつつも、リスタルは改めて組織の名を口にしてから、その組織に与えられた役割について語り出す。


 彼らもまたヴァイシア騎士団と同じく騎士身分ではあるのだが、それでも役割は明確に異なっている。


 分かりやすく言えば、守護する対象が違うのだ。


 ヴァイシア騎士団が国を護る者たちなら、シュツェル近衛師団は国を治める王族を護る者たちである。


 禁闕守護きんけつしゅご──と言ってしまえば聞こえはいいが、シュツェル近衛師団の半分以上は師団長であるノエルを除いて自らに謹慎を課している状態にあるという。


 無理もないだろう、かの通り魔によって気づかぬうちに三人の王族を殺害されてしまっているのだから。


 無論、全員が謹慎しているわけではないとはいっても、その殆どは自責の念により悪い意味で緊迫感を漂わせ、リスタルやネイクリアスといった王族でなければ近寄れないほど神経を尖らせているのだとか──。


「──だから私が一緒の方がいいの。 分かる?」


「……まぁ、それはいいが……」


 そう語り終えたリスタルが首をかしげる可愛らしい仕草にも動じていないスタークは、『あー……』と唸ってからチラッと女中や給仕の方へと視線を向ける。



 ──王女はこう言ってるが、いいのか?



 そんなスタークの視線に込められた考えを察した女中や給仕たちは、それぞれが顔を見合わせ頷き合う。


 おそらく、リスタルが口にしたシュツェル近衛師団の現状は共通認識なのだろうと何となく察せられた。


「……わーったよ。 好きにしろ」


「! やった!」


 だからこそ、スタークは諦めからくる溜息をこぼしつつも彼女の同行を了承し、それを聞いたリスタルは表情を明るくして嬉しそうに喜んでいるのだろう。


 その後、朝食を終えて『早く早くー!』と城の案内を買って出たリスタルが手招きをする一方で──。


「……姉さん。 充分に気をつけてくださいね」


 リスタルにも女中や給仕たちにも聞こえないほどの小声で、フェアトが姉を心配する旨の声をかけると。


「あぁ、お前も──いや、お前は別に大丈夫か」


 スタークも同じように妹を心配しようとするも、よくよく考えずともフェアトが通り魔に傷つけられるわけもないと分かっている為に、その言葉を中断する。


 事実、通り魔がフェアトに加えた攻撃は意味を為していなかったゆえ、それは間違いではないのだが。


(……ちょっとくらい心配してくれてもいいのに)


 自分がしているのと同じくらい──とまでは言わないが、ほんの少しでも心配してほしいという複雑な乙女心から、フェアトは少しだけ拗ねていたのだった。

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