第77話 王都ジカルミア

 『二つ持って産まれれば充分だ』──と云われる属性への適性を、この魔素が豊富な地で生を受けると生まれついて三つか四つほど得るという、この剣と魔法が支配する世界においてもいっそう不可思議な国。



 それが【魔導国家】、“東ルペラシオ”である。



 そんな不可思議な国においても、この都市で働く者たちは最低でも四つの適性を持っており、その中には五つの適性を持つ極めて優秀な使い手もいるとの事。



 ヴァイシア騎士団団長、クラリアもその一人。



 東ルペラシオが王都──“ジカルミア”。



 この都市は荘厳かつ堅牢な城壁に囲われており、かつての人類の仇敵たる魔族が殲滅された今でも、かの機械国家との戦に備えて維持されているのだとか。


 だからといって、この城壁の中の城下町で生活する人々が常日頃から戦いを意識しているわけではない。


 ヴィルファルト大陸の中でも特に質の良い魔素が眠る、この国の豊潤な土地で育つ家畜や作物、収獲物などが各地から集まる豊かで平穏極まる城郭都市──。



 ──



 現在のジカルミアは、とてもではないが豊かとも平穏とも言い切る事などできようはずもなく、かの通り魔の影響で熟練の働き手の殆どは一線を退き、また若年の働き手の殆どは王都を後にしてしまっていた。



 ──たった一ヶ月かそこらで。



 何を隠そう、この世界の人間や獣人や霊人が持って生まれる魔力、及び魔法を行使する為に必要な魔素の吸収力は、その術者の体力や精神力に強く依存する。


 かつて、クラリアは戦いの最中に左目を潰されてもなお剣を振り魔法を行使する事もやめなかったが、それは彼女が飛び抜けた胆力を持っていたからであり。


 あまりにも唐突な身体の欠損を受け入れて魔法を行使できる者など、ほんの一握りしかいないのだから。


 普段なら王都民の賑やかな声が聞こえてきても不思議ではない門の近くまで寄っても、そこには活力があるとは言えない衛兵たちが静かに立哨しているだけ。


 だが、そんな衛兵たちはクラリアを始めとした騎士たちの姿を視認するやいなや、その表情を引き締め。


「──騎士団長殿! 並びにヴァイシア騎士団一番隊の方々! 此度の遠征、お疲れ様でございました!」


 左手に身の丈ほどの長さの槍を持ったまま揃いも揃って右手で挙手の敬礼をし、ヴァイシア騎士団の無事の帰還に誰しもが心からの慶びを露わにする。


 その中に通り魔の被害に遭ったのだろう者はいないが、そういった者たちはもう職を辞しているらしい。


「……あぁ、ありがとう。 報告は上がっているな?」


 尤も、クラリアたち騎士団にとって真に『無事』とは言えぬ状況である為、多少なり浮かない表情で返答するとともに陛下への報告は成っているかと問う。


 すると衛兵たちの中でも特に装備が良い、おそらく兵長のような職に就いているのだろう者が前に出て。


「はっ! その件につきまして、『ジカルミアへ帰還次第、王城へ足を運ぶように』と陛下より仰せつかっております! お疲れのところ申し訳ありませんが……」


「……いや、構わない。 すぐに向かうと連絡を」


 すでに報告は上がっていると答えてから、その報告を受けた国王陛下が『じかに話を窺いたい』と言っていたと告げた後、帰還したばかりで疲弊しているのにと頭を下げるも、クラリアは首を横に振って了承する。



 国王陛下の言う事に抗える筈もないのだから。



 その後、同伴する双子が怪しい者ではないと告げたクラリアの言葉を信じた衛兵たちが、ジカルミアへと足を踏み入れる為の大きな門を開いていく中で──。


「ハキム、お前は一番隊を率いて我々の帰りを待つ皆のところへ──それと……リゼットの事も頼む」


「……あぁ、分かった」


 クラリアが殿しんがりから先頭の方まで来ていたハキムに対し、この王都に残してきた六十余名の騎士たちに帰還した旨を伝えると同時に、リゼットの死の報告とその埋葬を頼むと神妙な表情で告げた事で、ハキムも同じように真剣味を帯びた表情を湛えてそれを了承する。


 そして、ハキムはリゼットの遺体を保存してくれている双子の──というよりスタークの方へ歩み寄り。


「スターク、フェアト。 今回は本当に助かった。 もしも──いや、必ず来る次の機会には俺も……俺らも力になるからな。 そん時ゃ遠慮なく声をかけてくれよ」


 パイクが【氷納ストレージ】から取り出した布に包まれたリゼットの遺体を受け取りつつ、その強面な顔で笑顔を作って『恩は恩で返さなきゃならねぇしな』と口にすると同時に、そんな彼の後ろにいた騎士たちも頷く。


 ハキムを始めとした騎士たちも皆、並び立つ者たちシークエンスの次なる出現を少なからず予感していたからだ。


 それでも彼らは命を救われた恩に報いるべく、ジカルミアにいる間だけでもと協力を確約してみせた。


「ありがとうございます、その時はお願いしますね」


「期待しねぇで待っとくぜ」


 それを受けた双子は顔を見合わせてから頷き、やはり双子らしい同じような笑顔で──かたや素直に感謝を述べて、かたや手を振りつつ捻くれた返答をする。



 行動に多少の差はあれど、その想いは同じだった。



 そして、ジカルミアへと続く門が完全に開ききったのを確認したクラリアは双子の方に顔を向け──。



「それでは行こう──ようこそ、ジカルミアへ」



 この国で最も大きな面積を誇る城郭都市──魔導国家王都、ジカルミアへと足を踏み入れたのだった。

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