第69話 騎士たちの葛藤

 この場に居合わせた騎士たちはハキムを隊長とする一番隊所属であり、まず間違いなく歴戦の猛者揃いではあるのだが、その殆どが二十代後半から三十代前半という世辞にも熟練とは言えない騎士ばかりだった。


 それもその筈──人間の寿命が男性で七十年、女性で八十年が平均というところであり、およそ数百年単位で生きる霊人に比べれば遥かに短命な種族なのだ。


 決して長くはない人生の最期まで、その身を戦いに投じようと考える者は──そう多くないのが現実。


 何もヴァイシア騎士団に限った話ではないが、そういった戦闘職の代替わりは激しい傾向にあった。


 かつてトレヴォンと戦った経験があるのはクラリアとハキム、リゼットの三人だけであり──その他の騎士たちは魔族との交戦経験すら希薄だったのである。


 ゆえに、この場で何が起きているのかも、リゼットが何を言っているのかも分からないままにざわついていた騎士たちを統率すべく、クラリアは剣を掲げて。



「総員! これより我らが相対するはリゼットの皮を被った──かつての魔族、並び立つ者たちシークエンスが一体だ!」



 騎士団長たる者の気迫ある声音を響かせつつ、かの者はリゼットではなく極めて強力無比な二十六体の魔族、並び立つ者たちシークエンスの一体なのだと告げてみせた。


 彼女は以前、短時間ではあるが聖女レイティアと会話した際、並び立つ者たちシークエンスの存在を聞いていたのだ。


「ま、魔族って……魔族は全て斃されたのでは!?」


「それに、並び立つ者たちシークエンスって……まさか」


「そういえば、トレヴォンって名前にも聞き覚えが」


「た、隊長……団長が仰っておられる事は……」


 その一方、騎士たちはクラリアの声で姿勢を正す事はできていても彼女が口にした内容までは理解しきれないでおり、そんな彼らにとってもう一人の頼れる長であるハキムの方へと顔を向けて彼の二の句を待つ。


 すると、ハキムは背負っていた大剣を構えつつ。


「あぁ。 昔、勇者や聖女の手を借りて何とか討ち倒した──いや、違ぇな。 あいつらが駆けつけてくれなきゃ俺らは間違いなく全滅してたってくらいの怪物だ」


 あの双子に敗北した事で殊勝になったのか、それとも元々こういう性格だったのかは分からないが、トレヴォンという魔族が『勇者や聖女の力がなければ勝てなかった相手』だったと語りつつ、リゼットに取り憑いたのは十中八九その魔族だと本能で悟っていた。


「そ、そんな怪物を相手に、しかも副団長の力が加わった状態で戦わなければならないのですか……!?」


 それを受けた副隊長はハキムの隣に立ち、『一体どれだけの強さが』と畏怖を感じると同時に、リゼットの姿をした者と戦う事への抵抗も覚えてしまう。


 先程は冷ややかな視線で見られてもいたが、リゼットは疑いようもなく総勢百名の部下を纏めるクラリアの腹心であり、そんな彼女に対する騎士たちの想いは決して否定的なものばかりではなかったから。


「……っ、おいリゼット!! 聞こえてねぇのか!?」


 それが分かっていたからこそ、ハキムは騎士たちに代わってリゼット──もといトレヴォンに向かって叫ぶも、トレヴォンはニヤニヤと邪悪な笑みを見せて。


『ふふ、さっき言ったよ? もう君たちの副団長さんは現世ここにはいない──だって僕が食べちゃったからね』


「「「……!!」」」


 心臓がある位置だけが小さく溶けた胸当てを軽く叩きながら、すでにリゼットの魂は消化したのだと悪びれもせず口にした事により、ハキムを始めとした騎士たちは剣を握る手に思った以上の力を込めてしまう。


 翻って、そんな騎士たちの想いなどに微塵も興味がないスタークが、たった一歩でハキムたちの方までフェアトを抱えた状態で跳んできたかと思えば──。


「おい騎士ども。 お前らの結束だの絆だのは、あたしとしちゃあどうでもいい。 あたしは……リゼットあいつごとトレヴォンあいつを殺す。 手ぇ貸せねぇなら引っ込んでろ」


「なっ……! 何を言っているんだ!! まだ副団長が完全に命を落としたとは限らないだろう!?」


 血も涙もない──と言われても仕方がないほど、されど彼女としては『怪我したくなきゃ手ぇ出すな』という旨の物言いを披露し、それを聞いた副隊長は一歩前に出つつスタークに対して声を荒げてしまう。


「そうだ! まだ副団長を救う手立ては──」


「じゃあ言ってみろよ。 方法があるってんなら、それに協力してやらん事もねぇ。 ほら、時間はねぇぞ?」


「っ、いや、それは……」


 そんな彼を援護すべく騎士たちも声を上げるが、スタークの低い声音と鋭い真紅の眼光のおまけつきの反論を受けた事で彼らは一様に口を噤んでしまった。


「決まりだな。 お前らは援護に回れ、あたしがやる」


 時間がないというのは誇張でも何でもなく、トレヴォンが力を蓄えながらリゼットの身体に順応し始めている事を察していたスタークは、フェアトを地面に下ろしつつ『支援ぐらいはできるだろ?』と曰う。


「……仕方ねぇ。 やるぞ、お前ら! 根性見せろ!」


「「「……はっ!!」」」


 一度は敗北している手前、何も言い返せないハキムは気合いを入れる為に『ふーっ』と長く息を吐いてから、その大剣を高く掲げて十人かそこらの部下たちを鼓舞し、それを受けた騎士たちも同じく剣を掲げた。



 覚悟を──決めたのだろう。



 本来、部下たちを鼓舞するのはハキムではなくクラリアの役割である筈だが、それに対して彼女は何も言及せず、どうやら何かを思い返しているようだった。



(……そうだ、この状況はまさに……)



 ──そう。



 今、彼女の脳裏には──かつてトレヴォンと交戦した際、圧倒的な彼の力によって壊滅寸前だった自分たちを救ってくれた勇者や聖女たちの姿が浮かび。



 その二人と髪や瞳の色が同じであるばかりか、その二人の娘だという双子の少女が共闘してくれるというなら、あの時と殆ど同じだと言っても過言ではない。



 ただ一つだけ違うのは……トレヴォンが以前とは違い人間の──もといリゼットの姿をしている事だけ。



(リゼット……! ここで、お前を失いたくはない!)



 それでも、クラリアはリゼットを救いたかった。



 トレヴォンが口にした、『溶けて揺らめく炎のような想い』に──ほんの少し思い当たりがあったから。



『それにしても──ちょっと小腹が空いたなぁ。 どうせなら犬がよかったけど……人間さんでもいっか』


『『『ガルルァ!!』』』


 その一方で、どうやら完全に身体と魂が馴染んだらしいトレヴォンが、お腹を小さく鳴らして空腹をアピールし、その焦げついた片手を前に出した瞬間、凶暴な犬の首を象った【火砲カノン】が三発同時に放出される。


「なっ、いきなり──」


 つい先程にスタークが討ち倒したものよりも小さいが、それでいて威力は増している業炎の犬の首に騎士たちが呆気に取られてしまっていた──その時。



「属性は水──【水砲カノン】」



 これを予測していたのか、その人並み以下の足の遅さで騎士たちの前までいつの間にか歩いてきていたフェアトが、シルド経由で竜の首の形をした水の砲弾を三つ発射して、トレヴォンが放った業炎を相殺する。



 意趣返しだ──と言わんばかりに。



「貴方たちの護りは私が。 ですので援護に集中を」


「……あぁ、助かる。 総員、スタークに道を!!」


「「「はっ!!」」」


 突然の事態に目を剥く騎士たちに対し、フェアトが顔だけを後ろに向けつつ『私は【盾】ですから』と告げた事で、クラリアは愛馬である白馬に乗って剣の先をトレヴォンに向けて指示を出し、それを受けた騎士たちも乗馬した状態で各々が魔法を行使し始めた。


 無論、戦うのは騎士たちだけでなく騎士たちが乗る魔物、戦馬せんばという名の魔物たちも甲冑の隙間という隙間から銃口や砲口や覗かせて、そこから魔力を銃弾や砲弾として撃ち出す事で積極的に援護をしている。


 今はまだトレヴォンが全く本気を出していないとはいえ、並び立つ者たちシークエンス相手の援護としては及第点であり、それを理解していたからこそスタークは──。


「……やるじゃねぇか。 さて──おい、フェアト」


「何です?」


 自分の前に開かれた火のない道を見ながら笑みを浮かべつつ、どうやら珍しく一計があるのかトレヴォンの炎を涼しい表情でいなす妹に何やら耳打ちする。


「……なるほど。 いいですよ、やってみましょう」


「頼んだ! じゃあ行ってくる!!」


「ぅわっと……はい、いってらっしゃい」


 そんな姉からの提案を受けたフェアトは、『悪くないですね』と了承してからを受け取ろうとしたものの、その弱々しい力では持てなかったのかよろめきつつ、を一旦地面に置いてから姉を見送った。


『……中々やるねぇ。 でも、ちょっと調子に乗りすぎかな? ここらでドカーンとやっちゃって──うん?』


 翻って、いい加減ヴァイシア騎士団の無駄な抵抗を鬱陶しく感じていたトレヴォンは、つい先程と同じく辺り一帯ごと吹き飛ばしてしまおうかと魔力を充填し始めていたのだが、そんな彼の視界に何かが映る。


『まーた突っ込んできたの? もう同じ手は──え』


 それは、もはや疑いようもなくスタークであり、トレヴォンは呆れながらも油断はせずに片手を彼女の方へと向けて火属性の魔法を行使せんとした瞬間、彼の視界の端に──本来なら、ありえないものが映る。



 ──何故、ありえないのかと言えば。



「「ぶっ飛ばしてやらぁああっ!!」」


『──ふ、二人いる……!?』



 先程まで手にしていた筈の剣を持たずに素手のまま突撃してきているスタークと同じく、その手に剣を携えていない、もう一人の──スタークだったから。

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