第61話 拵え物の馬を生み出し
その後、肉体的に疲弊していたハキムと精神的に疲弊していたリゼットを休ませる為、街道からもう少し離れた位置にて二、三時間ほど小休止を取る事に。
三番隊まで存在するという総勢百名のヴァイシア騎士団においても、やはり一番隊に所属する騎士たちは非常に勤勉であるらしく、つい先程の手合わせを思い返して少しでも己を鍛えんとする者が殆どだった。
そんな中、ハキムやリゼットほどに疲弊しているわけでもなかったスタークとフェアトはといえば──。
「……やりづれぇな」
「? 何がです?」
何やらパイクたちの魔法を用いて工作をしていたのだが、その最中に意図の不明な呟きをしつつ舌を打った姉に対し、フェアトは小首をかしげてしまう。
そんな妹を見たスタークは同じく首をかしげて。
「……気づいてねぇのか? さっきから──」
信じられないといった具合の表情を見せつつ、この小休止が始まった時からずっと感じている心地悪さについて言及しようと妹から視線を外した──その時。
「騎士さんたちの視線の事ですか?」
「気づいてんじゃねぇかよ!」
「それはまぁ……ねぇ?」
その心地悪さの原因を妹があっさりと口にした事により、スタークはたたらを踏みながらも呆れたように声を上げるも、フェアトは苦笑いを浮かべるだけ。
現に、ハキムやリゼット、クラリアの介助をしている者たちを除き、【
チラチラ──と表現したが、スタークたちからして見ればキラキラと称した方が適しているようにも思えるほどに騎士たちの視線から畏敬の念を感じており。
実際のところ騎士たちは隊長や副団長、加えて団長までもが実質的な敗北を喫した事で悔しさを感じていたが、それ以上に一人の武人である事もあってか二人の少女の未知の強さに良い意味で興味を抱いていた。
「別によくないですか? 睨まれてるわけではなさそうですし。 それも許せないほど心が狭いんですか?」
それを充分に理解できていたフェアトは、シルドに魔法行使の指示を出しつつ『気にしなきゃいいじゃないですか』と姉の狭量さを責めるような発言をする。
「……っとに一言多いよな、お前は」
いつものスタークならカチンときていた筈だが、あの辺境の地にいた頃から妹が毒舌なのは普段通りであった為、スタークは舌を打ちつつシルドが【
そこで話は終わったかと思われたのだが──。
「まぁ百歩譲ってそれはいい。 だがな、ああして内緒話でもするみてぇにコソコソされんのは腹立つだろ」
どうやら、スタークにはまだ言いたい事があったらしく、フェアトの言うように視線に関しては目を瞑るとしても、まるで陰口でも叩いているかの如くヒソヒソと自分たちについて話されるのは御免だと語る。
そう言ってスタークが後ろ手に親指で示した先では数人の騎士たちが、さも密談をしていますと言わんばかりの小声でこちらを見ながら何かを話しており、それを見たフェアトは空色の瞳をパチパチさせて──。
「……私には聞こえないので何とも。 陰口ですか?」
視線とは違い今この瞬間に気づいたものの、その内容までは一般的な聴力しか持ち合わせていない彼女には聞き取れなかった為に、それが誹謗なのかと姉に問うと、ふるふると首を横に振って否定の意を示す。
「じゃあいいじゃないですか。 もう、この小休止が終わるまでに、
「お前……はぁ、まぁいいや」
一方、悪く言われてないなら別に気にする必要はないと告げたフェアトは、先程から続けている工作を早いところ終わらせようと急かした事により、『お前に話したあたしが馬鹿だった』とでも言いたげにスタークが溜息をこぼした──ちょうど、その時だった。
「何をコソコソと話している! 言いたい事があるならハッキリ言え! できないなら黙って手を動かせ!」
「は、はい! 申し訳ありません!」
いくつか建てられていた石造の小屋の一つから出てきたクラリアが、スタークたちについて密談していた騎士たちに檄を飛ばした事で、その騎士たちは一様にクラリアと双子にも頭を下げつつ散っていった。
「二人とも、すまない。 部下たちが不快な思いをさせただろう? 後でもう少し厳しく言っておくから」
それを見届けたクラリアは先程の騎士たちと同じく双子に頭を下げ、スッと頭を上げてから部下の非礼を詫びたものの、フェアトとしてはそんな事よりも姉が彼女に負わせた不意の怪我の方が気になり──。
「いえ、大丈夫ですよ。 それより傷はどうですか? 姉さんが無駄に馬鹿力なせいで余計な負傷を……」
「誰が馬鹿力だこら」
「ふふ……あぁ、すまない」
作業する手を一旦止めてまでクラリアを心配する旨の言葉をかけつつ、ついでのように姉を馬鹿力呼ばわりした事にスタークが軽口を叩く、そんな双子の些細な言い合いを見てクラリアは思わず苦笑してしまう。
「問題ないよ、ハキムに比べれば軽度の負傷だ。 そのハキムやリゼットも間もなく復帰する、そうしたら王都への帰還を再開するが──これが、君たちの?」
わざとらしく咳払いをして気を取り直したクラリアは、つい先程スタークによって折られた筈の腕をグルグルと回して見せてからリゼットやハキムについても言及した後、双子が創っていたものに視線を移す。
それを受けたフェアトは、その決して小さくはない胸を張りつつ得意げな笑みを浮かべて──。
「えぇ、【
『『ヒヒーン!』』
先程まで創っていたものが、パイクたちに乗っていくわけにもいかない自分たちの移動手段である二頭の魔法で創った馬だと明かし、それを
それは、【
「良い仕上がりだ。 これなら問題なさそうだな」
それらの仕組みの殆どを一目で看破したクラリアが感心し、もし駄目そうなら相乗りを検討していたものの『杞憂だったか』と含み笑いを浮かべていた時。
「そういや、あんたの馬以外は何つーか……こう」
「物騒な見た目だ、と?」
ふと思いついたかのような口調で、割と離れた位置に繋がれていたクラリアが以外の騎士が乗る馬と、クラリアの後ろに控えている白馬が随分と趣が異なる事をスタークが問わんとするも、それを先読みしたクラリアの問い返しにスタークは無言で肯定の意を示す。
実際、騎士たちが乗っていた馬は騎士たちと同じ甲冑が装備されており、それだけならまだしも甲冑の隙間からは銃口のようなものが顔を覗かせていた。
とてもではないが単なる移動手段とは思えない。
「それはそうだろう。 これは
すると、クラリアは指笛を吹いて一頭の馬を呼び寄せた後、“
今は銃口しか見えていないが、その屈強な身体の中には多種多様な小型の兵器が埋め込まれており、また緊急時には短距離限定ではあるが飛行さえも可能としてしまう──まさにヴァイシア騎士団の足にして翼。
騎士の移動手段一つ取っても魔法の技術が使われているというのもまた、魔導国家たる所以だと言える。
「団長、副団長と隊長が快復されました。 総員、出立の準備を済ませてあります。 ご指示を」
「あぁ、ありがとう。 では──」
それから三十分弱ほど経ち、ちょうど模型馬も完成したタイミングで一番隊の副隊長がハキムとリゼットの快復と一番隊全員の準備完了を報告した事で、クラリアが礼を述べつつ振り返ると、そこにはハキムやリゼットも含めた乗馬した状態の騎士が集まっていた。
それを見たクラリアは、一旦スタークとフェアトに視線を戻して顔を見合わせ頷き合ってから──。
「これより王都へ帰還する! 行きと違い随行者がいるが、これは護衛任務ではない! されど気は抜くな!」
「「「はっ!!」」」
修理し終えていた長剣を高く掲げながら、ジカルミアへの帰還を開始する号令をかけた瞬間、騎士たちは心臓の位置に右の拳を当てて──呼応してみせた。
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