第8話 聖女VS姉


 遮るもの全てを薙ぎ払い、音をも置き去りにする。



 ……とまで云われる竜の飛行速度には流石に及ばないものの、スタークの走行速度は充分に凄まじく、とても背中に同じ体格の少女一人を乗せた状態の走りとは思えないほどに豪快かつ俊敏であり──。


「──っと。 ほら着いたぞ、降りろ」


「えぇ、ありがとうございます」


 レイティアが光の魔法で転移してから僅か数分、二人は先程の運動による崩壊の跡が大きく残る断崖絶壁の底、深く抉れた渓谷へと辿り着いていた。


「……あら、もう来たの? スターク、貴女……足が速くなったのね。 凄いじゃない」


 その一方、地母神が創造した大地をこうも簡単に破壊する娘に呆れながらも、レイティアは少しだけ意外そうにスタークの成長を含んだ言い方で褒め称える。


「……まぁな」


 だが、当のスタークは特に嬉しそうな、或いは照れ臭そうな素振りも見せず素っ気ない態度で返答した。


「そ……それで、今回の手合わせの形式は?」


 そんな中、母と姉の間に流れる嫌な空気を何とか払拭せんと、フェアトが半ば無理やり話題を変える。


 形式──といっても普段の手合わせもそこまで格式ばったものではなく……せいぜい一人で戦うか、もしくは二人で協力するかを事前に決めるという程度。


「はっ、どうせ特に決めてねぇんだろ?だったら、あたしが一人でサクッと終わらせて──」


 そして、今回の手合わせはどう考えてもレイティアが見切り発車で決めたものであるというのは鈍感なスタークでさえ分かりきっていた為、『下がってろ』と妹を制しながらバキバキと手を鳴らすも──。



「人はそれを──自惚れというのよ、スターク」


「……あ?」



 どう聞いても挑発しているようにしか聞こえないレイティアの発言に、スタークはカチンときてしまう。


 その怒りの表情も底冷えするような低い声も……とてもではないが実の親に向けていいものではない。


「いつか取り返しのつかない事態になってしてしまう前にハッキリ言うけれど──貴女たちは弱いわ」


「……」


 しかし、そんな娘の気迫にもレイティアは全く動じる事なく、あくまで娘たちへの心配からくる厳しい言葉をぶつけるも、スタークは先程よりも更に怒りの感情を纏わせて自身の真紅の瞳を妖しく輝かせている。


「……それは、勇者おとうさんや魔王と比べてですか?」


 そんな母の言葉を聞いていたフェアトは、スタークとは対照的に冷静さを取り戻しており、『弱い』という評価が相対的なのかどうかを父親だという話の勇者と、かつてこの世界を支配せんとしたという魔王を引き合いに出して確認するように問いかけた。


 すると、レイティアは思案するように顎に手を当てて少しだけ俯いた後、ゆっくりと顔を上げて──。



「……そうね。 あの人や魔王……そして──」



「──私と比べても、ね」



 至って真剣味を帯びた表情と声音で、そう答えた。


「……随分と好き勝手に言ってくれんじゃねぇか。 あたしらが、たかだか歩く角灯ランタンに劣るって?」


「ちょっと姉さん……」


 一方、先程から怒りの臨界点を超えかけていたスタークが、これまでの十五年……散々傷ついた身体を回復してもらっているにも関わらず、その恩も忘れてレイティアを光源呼ばわりしてしまい、『流石に不味いのでは』と考えたフェアトに諌められている。


 尤も、スタークはレイティアの聖女としての凄さを微塵も理解していない──わけではない。


 スタークは自分が基本的に興味のある事にしか頭に入れないものの、魔法に関しては割と食指が動く。


 ゆえに、レイティアが何でもないかのように扱う超高性能な光の魔法の数々の価値を、スタークはフェアトと並んで誰よりも理解していた。



 ……が、それはそれとして。



 ──もはや、後には引けなくなっていた。



「フェアト、お前は引っ込んでろ。 あたしが──」



 そして、スタークは足下の岩でできた地面にヒビが入るほどに両足に力を込めて、後ろに控える妹へ向けて『お前の出番はねぇぞ』と暗に告げてから──。



「──終わらせてやる!!」



「うわっ! ちょ──」



 一瞬でフェアトの目の前から姿を消すと同時に、肉眼では捉えられないほどの速度で渓谷を跳ね回る。


(……とんでもなく速い。 それでいて、ちゃんともできてる。 昔は歩くだけでも大変だったのにね)


 次から次へと渓谷の岩肌がスタークが着地する際の衝撃で崩れていく中、レイティアは至って冷静に娘の身体能力を分析しており、手合わせの真っ只中だというのに過去を懐かしむように目を細めている。


 スタークは何も最初からこの圧倒的な破壊力を扱えていたわけではなく、まだ力に慣れていない頃は一歩歩くだけでも軽い地割れが起こり、それに伴い彼女の筋肉や骨、表皮はズタズタになってしまっていた。


 その度にレイティアは【光癒ヒール】と呼ばれる回復の魔法で彼女の身体を治していたが、このままでは埒が明かないと考え、どこからか【光扉ゲート】で連れてきた武術の達人らしい女性に頼み込み、スタークに対して体術と力の制御を習得させていたのだった。


(素の状態じゃ目で追い切れないか……それなら)


 そんな昔の事を思い返していたレイティアは、追い切れないと言いつつもスタークの大体の位置は把握していたのだが、それでも今回ばかりは圧倒的な勝利をものにしなければならないと理解していた為に──。



「──【光強ビルド】」



 【ビルド】という──それぞれの属性が持つ性質により身体の部位を強化する魔法を自身の両目に付与する。



 この魔法、付与する部位を広くすればするほど効果が薄れる為に、レイティアは両目にのみ付与をした。



 ──ゆえに。



「【迫撃モーター──」



 段々と距離を詰めながらもレイティアの隙をついて何やら技を放たんと右の拳に力を溜めていたスタークだったが、そんな彼女の視界には──。



「──っ!?」



 完全に自分と目が合っているばかりか、構築済みの純白の魔方陣を携えた右手を自分に向けたレイティアの姿が映っており、あまりにもあっさりと捕捉されてしまった事にスタークは整いつつも幼さの残るその表情を驚愕の色に染めてしまっていた。


(嘘だろ……! あんだけ撹乱したってのに!)


 スタークが跳ね回っていたのは……レイティアを撹乱するのはもちろんの事、自分が放つ拳の一撃の威力を増強させる為の助走の意味合いもあったのだが。


「少しは物を考えるようになったかと思えば……最後は結局、力押し。 だから貴女は──弱いのよ」


「な──」


 レイティアの冷酷な物言いに再び腹を立てたのも束の間、スタークの目の前まで迫っていた魔方陣の純白の輝きが瞬間的に増したかと思うと──。



「──【光弾バレット】」



 その魔方陣の中心から煌々と輝く光の弾丸が放出され、それは既に前へと突き出されていたスタークの右の拳と衝突し、より一層強い輝きと衝撃を発生させ。



「──ぐぅっ!? あがぁああああああああっ!!」


「ね、姉さん!?」



 その衝撃は拳だけではとどまらず彼女の全身を包み込み……結局スタークは、とてつもなく痛そうな悲鳴とともに彼女が走ってきたのとは逆の方向へと、ほぼ水平に吹き飛ばされてしまったのだった。


「……相も変わらず、魔法に弱すぎるわね。 可能な限り威力を下げた【光弾バレット】だったのに」


 一方、レイティアはスタークの魔法に対するあまりの耐性の無さに呆れて溜息をこぼしている。



 弱すぎる──というのは過言でも何でもなく。



 スタークは、その圧倒的な攻撃力の代償か……極端なほどに魔法が効いてしまう厄介な体質を持つ。



 聖女であるレイティアの魔法を弱めたところで比較にはならないが、例えば魔法を覚えたての子供が放つ程度の【火弾バレット】をスタークが受けたとしたら?



 ……考えるまでもなく、彼女は大火傷するだろう。



 だからこそ、これまでの手合わせでは……そもそも魔法をくらわない為の立ち回りを中心にしていた。



 ……こればかりは努力でどうにかなる類のものではない、と家族の誰もが直感で理解していたから。



「さて、次は──貴女の番よ、フェアト」



「……っ」



 その後、不意に自分の方へ振り向いたレイティアの告げた言葉に、フェアトは思わず息を呑んだ。



 今、姉に向けて放たれた程度の【光弾バレット】であれば。



 無傷でやりすごせるだろうと分かっていても──。

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