第7話 双子の正当化

「──お母さん? 聞いてますか?」


「っ、え、えぇ。 もちろんよ」


 この辺境の地で暮らす事になったきっかけを思い返して少し涙ぐんでいたレイティアに、フェアトが怪訝そうな表情で彼女の顔を覗き込むも、レイティアは潤んだ瞳を手で隠しながら返答した。


「……とにかくだ。 あたしらはどっからどう見ても普通じゃねぇんだから、わざわざ普通の姉妹らしくしてやる筋合いはねぇって事を言ってんだよ」


「それは、そうかもしれないけれど……でも……」


 そんな二人の会話に割って入るように、スタークが無表情で腕組みをして自分なりの言い分を投げかけるも、レイティアは自信なさげに顔を上げつつ母親らしく言い聞かせる為の材料を脳内で構築しようとする。


「姉さんの言い方はあれですけど、私も殆ど同意見です。 他人と出会う機会も碌に無いこの場所で、普通を装う必要は無いというのは正論だと思いませんか?」


「……」


 しかし、彼女の考えが纏まる前にフェアトが姉の物言いを非難しつつも賛同の意を示してから、さも補足するかのように姉よりも知的な口ぶりで諭さんとしてきた事で、レイティアは思わず口を噤んでしまう。


 実を言うと、地母神ウムアルマの力によって創造されたこの豊かな大地で生きていく事を決めた時には既に、レイティアはいずれ産まれてくるだろう自分と勇者の子たちに施す教育方針を大まかに固めていた。



 それは──『普通の人間』に育てる事。



 勇者と聖女の間に産まれた子だとか、神々の想像をも超える奇跡によって産まれた子だとか。



 そんな事は関係なしに家族三人が、この地で幸せに暮らせていければ……それだけでよかったのだ。



 しかし、産まれてきた娘たちは──非凡だった。



 かたや、スタークは三歳の時……母親として娘の好き嫌いをなくす為に何とか野菜を食べさせようとするレイティアの手を食器ごと払い除けて粉砕し。



 かたや、フェアトは四歳の時……帰ってこないかと思えば近場の池で溺れており、その事を精霊を介して知ったレイティアが池の水を光の魔法で吹き飛ばして救出するも、何もなかったかのように首をかしげる。



 母親が聖女レイティアでなければ、どうなっていた事か。



 尤も、母親が聖女レイティアであり父親が勇者ディーリヒトであるからこそ、産まれてきた双子は非凡だったのだろうが──。



 それでも、レイティアは……愛しい双子の娘たちに血生臭い人生など歩んでほしくはなかった。



 自分のように、なってほしくはなかったから。



 瞑想するかの如く目を閉じながら、次に自分が発する言葉で何とか娘たちを宥めんと考えていた──。



 ──その時。



「──ま、それもこれも……お袋が聖女で親父が勇者なんてやってたからだろ? 勘弁してほしいぜ」


「……何ですって?」


 頭の後ろで腕を組んだスタークが何気なく口にした両親を否定するような言葉に、レイティアは思いがけず底冷えするかの如き低い声音で反応してしまう。


「ちょ、ちょっと姉さん」


 真っ先に母の変化に気がついたフェアトが、それを鈍感で天然な姉に伝えるべく手を伸ばすも──。


「それに、あたしは……あたしらは知ってんだぞ? お袋が別に腹ぁ痛めてあたしら産んだ訳じゃねぇって」


「……っ!?」


 フェアトの制止も虚しくスタークの口から飛び出した紛れもない事実に、レイティアは思わず目を剥く。


 そう、あの時……地母神ウムアルマから『二つの命が宿っている』と告げられた後、通常の妊娠と同じくレイティアのお腹は段々と大きくなっていたのだが。


 ある晴れた日の朝、レイティアが身体に強い違和感を覚えて目を開けると……そんな彼女の両腕に、栗色の髪の赤ん坊と金色の髪の赤ん坊が抱かれていた。



 この事を、レイティアは娘たちに話していない。



 ──しかし。



 願い、或いは奇跡により産まれた子である為か、スタークもフェアトも本能でその事を理解していた。



 ──だからこそ。



「なぁ、あんたは本当に──あたしらの母親か?」


「……!」



 スタークは……この十五年間、強く抱きながらも明かす機会に恵まれなかった疑念を投げかけたのだ。


「ねっ、姉さん! 言いすぎです! 私はそこまで言うつもりはありませんでしたよ!?」


 流石に話が飛躍しすぎだと判断したフェアトは、そこらの子供にも劣る非力で姉を止めようとする。


「んだよ、あたしは何も間違って──」


 しかし、スタークは自らの言い分は何一つ間違っていないとの考えを覆さずに話を続けようとした。


「──っ!!」


 瞬間、スタークが『得体の知れない感情の蠢き』を察知して、勢いよくレイティアの方へ顔を向ける。



 それは、深い哀しみを伴う──怒りの感情で。



「……お、お母さん……?」


 その事には先程から気がついていたフェアトは、おそるおそるレイティアに『大丈夫ですか……?』と言わんばかりの声をかけようとしたのだろうが──。



「……一度、貴女たちに現実を見せてあげるわ。 本気で手合わせするから、ついてきなさい」


「「!?」」



 レイティアは間違いなく──怒っており。



 それと同時に──深く哀しんでもいた。



 母である事を疑われたから──。



 ──ではない。



 勇者であり、最愛の人でもあったディーリヒトの最期の願いを……よりにもよって、その願いによって産まれた娘に否定されてしまいそうになったから。


 一方、魔法に対抗する手段を学ぶ為の軽い手合わせは何度かあったものの、今の母の物言いは明らかに命のやりとりを示すものだと二人は一瞬で理解する。


「……そもそも、どこに行こうってんだよ」


「さっきまで貴女たちが暴れてた場所に行くわ」


「え、いや私は別に暴れては──」


 その後、スタークの声に振り返る事なく場所を告げるも、フェアトとしては姉の気分転換に付き合っていただけの為、さりげなく責任を逃れようとした。



「──【光移ジャンプ】」



 そんなフェアトの言い分をレイティアが静かな声音で遮ると同時に、彼女の足下に純白の魔方陣が出現。


 短距離かつ少人数用の転移魔法、【ジャンプ】に光を纏わせる事で、先程スタークたちが運動していた──当然ながら屋外である為に日の当たる場所もある──崩壊寸前の断崖絶壁へと一人で転移していった。


「あっ! おい──行っちまった……」


 勝手に宣戦布告して勝手に転移していったレイティアに手を伸ばそうとしたが、スタークの手はくうを切ってしまい、『何なんだよ』と母の豹変に呆然とする。


「……お母さん、ちょっと……いや、かなり怒ってましたよ。 姉さんが余計な事を言うから」


 少しの間、静寂に包まれていた二人の空気を破ったのは呆れるようなフェアトの声だったが。


「はぁ!? あたし一人のせいだってのか!?」


「当然です。 反論できますか?」


 当のスタークは妹の言葉に微塵も納得がいっておらず、『お前も同罪だろうが!』と声を荒げるも、フェアトは至って毅然とした態度を崩さぬままに『正しいのは私ですが?』とでも言いたげに首をかしげる。


 一方、妹と勉強量は同じでも基本的に自分が興味のある事しか覚えず、そこまで語彙力のないスタークは『ぐぬぬ』と悔しげに歯噛みするしかなく──。


「……っ、はぁああああ……わーったよ! ほらフェアト! また運んでやるからさっさと乗れ!」


「……はい。 ありがとうございます」


 その後、全てを諦めたかのような溜息をついたスタークが、先程の場所まで走った時と同じく妹を背負う為にしゃがみ込む中で、フェアトは先程もしてもらった筈なのに照れ臭そうに姉の背中に身体を預ける。



 フェアトは、顔立ちも声も体格も……殆ど同じである筈の姉の背中がちょっとだけ好きだった。



 そう、ちょっとだけ。

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