ACT15 桜子さんの事情【佐井 朝香】
「
メイドさんが差し出してるのは超高級ランジェリーのビスチェ。
嘘みたいな広さのウォークインクローゼットは色とりどりのドレスやらハイヒールがずらり。
「これですか? それともこれ~?」
「いいえ! センセイにはこっちの方が似合います!」
「え~? ぜったいこれだよ~。先生わたし、最近肩が凝っちゃってぇ~」
「私も生理不順で調子がぁ~」
「先生! バファリンより効くクスリ、ないですか?」
あたしの身体にひらひらとドレスを当てながら、メイドさん達がしゃべるしゃべる。あたしも職業柄? つい丁寧に症状聞いたり説明したり。 なんて事やってる間に15分が過ぎちゃって。
「いってらっしゃいませ!!」
メイドさん達が見送る玄関。眼前にドンと構えるBMW。
「どうぞ、佐井様、お嬢様」
柏木さんが後部座席のドアを開けてくれて。
わお! こんな車、あたしなんかが乗ってもいいの? 本物の毛皮! サラサラのフッカフカ!
まるで魔法の絨毯みたいに、滑るように高級車が動き出す。庭先の鉄柵が勝手に左右に開くのが見える。
そう言えばあたし、あの「司令」って人に連絡とかしなくてもいいのかしら。探れって。桜子さんがヴァンパイアかもって。探るも何も、桜子さんはあたしがVP会員だって知ってた上に、自分がヴァンパイアだってこと隠そうともしなかったけど、それを含めて伝えるべき?
てかよく考えたらあたし、あの人の番号もメアドも知らないわ!
「あなた!」
「えっ!?」
いきなり怒鳴り付けられてびっくり。運転席の真後ろに座ってる桜子さんが、眉間に皺を寄せてあたしを見てる。
やば! もしかして気付かれた?
「なぜお洋服を替えなかったんですの?」
「なんだ、そのこと」
「何だとはなんですの!? あなた、わたくしの秘蔵コレクションをなんだと思ってらっしゃるの!?」
「だってぇ、桜子さんのドレス、どれもこれも御姫様みたいなんだもの。あたしみたいなのに似合わないわ!」
「あなた……」
しばらくあたしを見つめて、ため息ついて。
プイっとそっぽ向いて頬杖ついて、外に見入っちゃった桜子さん。「まあいいわ」なんて小さく呟いてる。その肩越しに夜のネオンがヒュンヒュン通り過ぎていく。運転席はと見れば、冷静かつ完璧なハンドル捌きを披露してるバトラー柏木。最近の執事は運転もこなしちゃうのね?
バックミラーに映る彼と一瞬目が合って、でもすぐに眼を逸らされた。われ関せず、自分は運転に徹してますって?
じゃああたしも。窓の外をぼんやり。
「さっきは悪かったわね」
ぼそりと声がして見れば、桜子さんはそっぽを向いたまま。
幻聴かしら。あの桜子さんが「悪かった」って言ったように聞こえたけど。
「肩、大丈夫ですの? 痛かったでしょう」
「え? ううん! ぜんぜん! ほらほら!」
肩をぐるぐる動かして見せながら、内心びっくり。だって桜子さんはヴァンパイアなのよ? 人を人とも思わない冷血! さっき初めて会ったときも、ツンと澄ましてお高く止まってて? 庶民のあたしなんか眼中にないわよ! って感じで。さっきのアレも、「あなたの事はいつでも好きに出来ましてよ!?」ってマウント取り?
あたしはあたしで楽しんじゃったからいいけど。首筋に感じたあの桜子さんの柔らか~い唇の感触。あたしってばあんな大声出しちゃって! だってだって、熱くて冷たくて、感じちゃってとにかく凄く……ってともかく!
そんな風に思ってた桜子さんが、あたしを気遣う発言をするなんて意外だったのよね。
「なにをニヤニヤしているの?」
「え!? あ……あのちょっと昔の事思い出しただけって言うか……」
そう、と呟いて、またまたあっちの景色を向いた桜子さんの、その白くてすべすべした背中がどこか寂しそう。あ、いまの桜子さん、背中のあいた白いイブニングなのよね。真っすぐ裾が広がった、いかにも夜会に出かけるヴァンパイアって感じの。
そんな桜子さんの、ガラスに映るその眉が苦しそうに寄せられて、長い睫毛が震えてる。どうしたのかしら。どこか具合でも?
「あなた、家族はおあり?」
「え? あたし?」
またまたびっくり。ほら、彼女って庶民の事情とか、その家族の事なんかに興味ありそうに見えないから。もちろん答えるのはやぶさかじゃないけど。
「ないわ。1人ものだし、小さいころに父も母も亡くしたし。たった1人のお祖母ちゃんも中学の時に――」
「そう、それは悪い事を訊いたわね」
またしても沈黙。
桜子さんは眼を閉じてる。
なんだろ。どうして急に家族のことなんか……あ、そうか! 桜子さんはあたしの事を訊きたいんじゃない。あたしに家族の事を聞いて欲しいのね? もう! 素直じゃないんだから!
「桜子さんは? みなさん、ご健在なんでしょ?」
「まさか。殺されたわ。父も母も。先月のあの虐殺現場で」
そうだった! あの事件のこと知ってたのに、あたしったらうっかり!
「ごめんなさい、江東区で起こったあの事件の事ね?」
「そうですわ。音楽家、麻生弦太郎の屋敷で起きたヴァンパイア襲撃事件です」
「それって、いま向かってるリサイタルの……麻生結弦のお家よね?」
「えぇ。あの夜は身内だけの祝賀会に招待されていましたの。先ほども申しましたとおり、結弦とわたくしは幼馴染。家族ぐるみの親しい間柄でしたから」
1か月前。まだ桜の葉っぱが色づき始めたばかりの頃にその事件は起きた。長崎事件の再来か? なんて見出しに載ったっけ。
ワイドショーでもやってたわ。警官やハンター達が駆け付けた時には遅かったって。天井も壁も血だらけだったって。結局はそれがヴァンパイアの仕業ってことで片付いたけど。
言葉を無くしたあたしに、桜子さんはフッと笑って。
「あなたよりはマシでしてよ? 妹は無事でしたもの」
「妹さんがいるの?」
「えぇ。秋子と言います。わたくしと違い、身持ちの硬い自慢の妹ですわ。結弦のお陰ですわ」
「お陰って?」
「結弦は
ふふん、自慢げに言い切る桜子さん。麻生結弦がハンターって、それはそれで衝撃の事実よね? ピアニストでもハンターになれるんだ。しかもハイランク?
幼馴染。桜子さん、もしかして麻生の事――
「恨んでる?」
「え?」
「だってそうでしょ? 妹さんは無事で、桜子さんは無事じゃなかった。それは桜子さんを守れなかった彼のせいよね?」
「違いますわ。わたくしは自らの意思でヴァンパイアになったのですもの」
口の端をニイっと歪めて、あたしが見てもゾッとする笑みを浮かべて。
「ですからあなたとわたくし。似た者同士ですのよ?」
そう言うなり桜子さんが、開いたドアからヒラリと降りた。いつの間にか、車はホールのエントランス前に着いていた。
「え。ちょっと待って! 桜子さん!」
滑るように歩き出す桜子さんを追いかけたあたし。でも後ろからあたしの名前を呼ぶ柏木さんの声がして。もう! 早くしないとはぐれちゃうのに! あたし、座席番号とか知らないし!
「なあに?」
「バックをお忘れです」
差し出されたのは黒いハンドバック。お礼を言って受け取ったけど何これ、変に重たいような? ていうか、これ誰の?
「お嬢様をお願いします」
そんな声が聞こえて。見上げれば柏木さんの姿はもう無くて。
「なにしてらっしゃるの!? 早くいらっしゃい!」
フロントに佇む桜子さんが見えて。なぜかプンプン怒ってる。
「結弦ったらどういうつもりですの? 人を招待して置いてこんな席!」
なんの事かと渡されたチケットを見れば、確かにそれは最後列の右端。あたしは「実は嫌われてるんじゃ?」なんて言葉を慌てて飲み込む。危ない危ない!
ホール入口に向かう階段をゆっくりと登っていく桜子さん。白のドレスも、その振る舞いも。まるでこっちが今夜の主役みたい。誰もが振り返って眼を止める、そんな人の波をようやくかきわけて、やっと席を見つけて。ほっとしてハンドバックの中を覗き込んで「なんで!?」って声を上げちゃった。
だってそこには見覚えのある拳銃が1挺入ってたんだもの! 昨夜、カイトって名前のハンターにバラバラにされた筈の、あたしのPPKが!
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