ACT4 お金なんていらないわ【佐井 朝香】

 2人の他に、だ~れも居ない夜の処置室。

 邪魔する者は誰も居ない。やることは決まってる。互いの身体を嫌ってほどくっつけて、必死に声を押し殺して。

 そうよ、もうひと押し!


「あ……だめ……もう……終わるから……動かないで」

「……無理を……言うな……さすがに……限界だ……」


 ついにガクッと脱力して眼を回しちゃった彼。

 もう! ヴァンパイアって相当の強者だと思ったら、随分とだらしないじゃない?


「ほらほら! 終わったわよ! 包帯巻いたげるから起きて?」


 パンパン、と彼の青ざめた頬を叩いて。カラン、とステンレスの膿盆(そら豆型の受け皿)をワゴンに乗せる。血にまみれた銀色の弾丸タマが3個、転がってチラチラ光る。そう。やっと弾丸いぶつの摘出処置が終わったの。

 う~んと唸って、目を覚ました彼。


「……死ぬかと思った。撃たれた時よりよほど酷い」

「へえぇ、ヴァンパイアも人並みの痛覚があるのねぇ」

「当然だ。いつもこうなのか?」

「こうって?」

「麻酔もかけず、容赦のない荒っぽい治療をするのかと」

「まぁ! 人聞きの悪い! 手早い処置と言って?」


 彼ったら、すっごく恨みがましい眼つき。

 まあね。確かに遠慮は無かったかも。だって筋組織とか骨とか、超合金みたいに丈夫なんだもの。弾のひとつなんか3番目の肋骨に食い込んでて? これがなかなか取れないの。これが弾丸? って疑うくらいぐちゃッとひしゃげちゃってるし。仕方ないから鉗子(物を強く挟んだり掴んだりするための先の細い器具)とか骨切りばさみでガシガシぐいぐい切ったり押し広げたりしちゃったかもだけど、そんなに怒ることないんじゃない? 


「いいじゃない。結果オーライよ。きっちり綺麗に取れたんだから」


 むすっと顔をしかめた彼が、ダンベルを二本、自分の枕元に置く。痛みをこらえる為に、患者さんに握っててもらうための(お産の時とか良く使うのよね!)。見たらそれがくにゃっとひん曲がっちゃって、ヴァンパイアって随分と力持ちなのね?


「基本、麻酔はかけない主義なの。神経生きてるか判別しにくくなっちゃうし、そんな事してる暇あったらさっさと済ませた方がいいかなって」

「しかし……誰もが耐えられる訳ではないだろう」

「もちろん! 相手にもよるわ!」


 あたしは彼の人差し指をピンと上に立てながら、彼の眼を覗き込む。顔をしかめる彼。


「相手とは?」

「子供とか、女性とか」

「男ならいいのか」

「いいのよ! 男ならそれくらい我慢すべきよ!。っていうか……」

「って言うか?」

「たまんないのよね~」

「何が?」

「顔が」

「顔?」

「そう。髪を振り乱して歯を食いしばって……眼をギュッと閉じたまま眉間にしわ寄せて……そんな顔を見るのが」

「……」


 ん? どうしたのかしら? 口を半開きにしたまま黙り込くっちゃって。

でもすぐに何か思い出した顔して立ちあがった。無影灯のライトが、彼の上半身を照らしてる。しみひとつない、綺麗な肌のそれを。今度はあたしがびっくりする番。


「うそ! ない! 傷が……どこにも?」


 駆け寄って触ろうとしたあたしを、彼ったらヒラリとかわして、ささっと落ちてる服を着て。


「え? え?」


 そりゃ驚くわよ。飛び散っていた血や組織の欠片が何処にもない。膿盆に乗った弾丸についてた血液も。真っ赤に染まってた筈のシャツも。

 そんなあたしを見て、今度は彼の方がクスリと笑って。


「どうして!? どういうこと!?」

「知らなかったのか? ヴァンパイアの怪我は、銀の異物さえ無ければ自力で治る。本体から切り離された僅かな破片……例えば血や皮膚や髪の毛だが、10分もたたずに気化》《・・》してしまう」


 まるで演出効果の映像みたいに一瞬で身支度を終えた彼。その足が戸口に向かって。


「待って! 何も払わずに帰る気?」

「心配するな、礼はする。いま手持ちが10万しかないからな」

「……佐伯さんって言ったかしら。あたしの診療費、いくらだと思ってる?」

「知らないが……危険な闇商売だ。10万じゃ安すぎる事ぐらい解る」

「要らないわ」

「何だって?」

「お金は要らないって言ったのよ」

「なら何で払う」

「身体で払ってもらうわ。あたしの血を吸って欲しいの」


 佐伯の足が止まる。ゆっくりと振り向くその眼が……凍るような金の眼に変わってる。


「正気か?」

「もちろん。あたし、実はVPの会員なのよ」


 そっと彼の身体に縋りつく。でも彼は動こうとしない。強張った両腕を下げたまま。

 どうしたの? 怪我をして大量の血を失って、いまとっても欲しい《・・・》はずよ? そんな時に、相手の女が吸ってと頼んでる。


「いくらだ」

「え?」

「血は要らない。金で払うと言ったら……いくらだ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る