ヴァンパイアを殲滅せよ
金糸雀
第1章――幹部編
ACT1 プロローグ【佐井 朝香】
「あー、疲れた! 今日はお仕事お仕舞いね?」
あたしは大きく伸びをした。よれよれになったリンネルを、丸めてポイっと洗濯機に放る。散らかってたマスクやら帽子やらもまとめて入れて、洗剤入れてフタ閉めて。すっかり冷めちゃったアメリカンを一口。
ギィッと軋む事務椅子に腰掛けて、チラッと見た時計の針は9時10分。
──やだ、始まっちゃってるじゃない! 今夜のゲスト、あの人なのに!
残ったコーヒーを一息に飲み干して、テレビのリモコンを手に取って。いち、にのさんでパッと画面に大写しになったのは、白スーツと白メッシュの黒髪の凍るようなイケメン男子。
今日もまた一段と……素敵ねぇ……
――え? 知らない?
ほらほら、最近厚生労働大臣になった若手の政治家さんよ!
なぁんて、あたしも目をつけたの最近だけど。
空になったカップを胸の辺りにぎゅっと押し付けながら、あたしは画面にうっとり見入る。
「ん……声までイケメンよね……たまんな~い……ぞくぞくしちゃう……え、うそっ! 34って、あたしより年下……信じらんない!」
ほんと、この若さで大臣。お父様が総理大臣とかやってたから、政界のサラブレットとか王子様なんて呼ばれてて。お堅い御家柄なのね~なんて思ってれば、こんなバラエティーにちょくちょく出たり。いったいどんな人なのかしら?
新しいコーヒーを注ぎに行こうと、立ち上がったあたしは身震いした。部屋の温度が急に下がったように感じたの。そして硬直した。男が1人、戸口に立っていたから。
ひとつしかない出入口。そのピッタリ閉じた扉の
もちろんあたしは「キャー!」なんて黄色い声を出したりしなかった。彼、怪我してたもの。ジャケットから覗く白いワイシャツが、血に染まってたんだもの。そんな人が窃盗や強盗目的でこの診療所に入ってくる訳がない。
彼は患者。あたしを――闇で診療所を開設してるあたしをわざわざ頼ってやってきた、
「気づかなくて御免なさい。そこに横になって?」
あたしは新しいシーツが敷いてある診療台を指さした。
注射器とか消毒液とか、もろもろの医療器具が乗ったワゴンを引き寄せる。
そんなあたしを、男は黙ったまま見つめてる。見てる間にも赤い滲みは広がっていく。
「どうしたの? 撃たれたんでしょ? 右肩の付け根に1発、右胸に2発」
「……見ただけで解るのか?」
押し殺した低い声。陰に籠った、でも芯の通った男性的な声。
「とーぜん! ていうか、噂を聞いて来たんじゃないの?」
「いや。たまたま血と薬品の匂いを辿ったらここに」
「あは……嘘でしょ?」
思わず首を傾げて、でもすぐにジョークだって思った。そんな筈ないもの。ここ、地下4階だもの。
彼はただ、ここに来た
「とにかく座ってくれる? 名前を聞いても?」
「……」
「どうしたの?」
振り返って男の顔を見た。返事もないし、動こうともしないから、聞こえてないのかと思ったの。
男はテレビの画面を見てた。画面には、何やら楽し気に質問に答える菅大臣が映ってて。あたし、慌ててモニターのスイッチを切った。
「悪いわね、気がつかなくて」
「佐伯だ」
「え?」
「佐伯、
近づいてくる……その足音がしない。じっとあたしの眼を見つめる彼の眼が、黒かった筈の眼が金色に光ってる。それでようやく彼の正体に気付いたの。
40年くらい前かしら。
長崎で事件が起こったらしいの。
教会の信者たちが大勢犠牲になった大量虐殺事件。
その犯人こそがヴァンパイアだったって。その前からも各地で被害者はあったんだけど、その事件をきっかけに日本政府が本格的に対策に乗り出したんだって。
そんな怖い怖いヴァンパイアさんだけど、ぜんぜん警戒なんかしてなかった。
あたし、実は志願者だもの。このお仕事が大好きで、ずっとこのお仕事を続けたくて。だから不老不死のヴァンパイアに、なれるものならなってみたい。ずっとそう思いながら、ここで1人頑張って来たんだもの。
本気よ? ヴァンパイアとその支援者で構成される組織――VPの会員にもなってるくらい。稼いだお金も、ほとんどがその御布施に消えてるくらい。
だから彼がそうと気付いた時、やっとその時が来たって思ったの。
佐伯の手が伸びてきて、この顎の下に触れて――
とっても冷たかった。凍てついた、氷みたいに冷たい手。顎を上に向かされて、抱き寄せられて。胸と胸がピタリと密着して。
そしたら感じたの。トクン、トクンと規則正しく。でもとても弱弱しい彼の鼓動。助けてって叫んでる。そうよね、あたし、医者だもの。
「待って、まずは貴方の治療、よ?」
そっと腕をどかすあたしの仕草を、彼は信じられないって眼で見て。
「まさか君も
「何言ってるの? いいから早く座りなさい! じゃないと治らないわよ!?
うふっ! これがほんとのあたし!
仕事の鬼? 良く言われるわ!
「朝香? まさか貴方が
すっかり度肝を抜かれた顔してペタンと腰かけた佐伯。やっとあたしが
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