kissから始まる異世界転移~俺の武器【あいぼう】は、シスターで義妹【シスター】~

さなゆき

第1話

 初めてのキスは、鉄の味がした――。


        ■

 何が俺に起こったのか。それは未だによくわからない。

 ただ一つ言えることは、突然天井から降ってきた女の子にいきなりキスをされたこと。

 そして今、俺は見知らぬ森の中で怪物に囲まれているのであった。

「なんだよ……。何だよこれ!」

 叫ぶ口の端からは、血が出ている。まだ怪物どもから何をされたというわけでもなく、夢かうつつかわからないキスをしただけ。それなのに、口の中が切れているのだ。

 服装は、いつもの部屋着にしているジャージのまま。夢だと思いたくても、口の痛みがそうさせてくれない。

 違う点があるとすれば、手に持った大ぶりの剣。

 暗いうっそうとした森の中で、それだけが白い光を放っている。

 怪物たちは、俺の存在に驚いているようだった。少し引き気味に様子を見るやつもいる。

 だが、それもつかの間。一斉に俺にとびかかってきた。

 突然の急展開に頭が追い付かない。一つわかるのは、俺はこいつらにやられてしまうってことだけだ。

 え? 俺、このまま死ぬの? 何もわからずに?

 そう思った瞬間――。

『私を、振ってください!』

 声が聞こえた。

 反射的に手に持っていた剣を振る。――軽い。

 金属製と思われる剣はしかし、重さを全く感じさせず。小枝を振る感覚で目の前へと迫ってきた怪物どもをいだ。

 

 べちゃっ。ぼとぼとぼとっ。


 音もなく怪物どもは真っ二つになり、俺の顔に黒い液体が降り注ぐ。

 切っ先が相手に触れた感覚なんてない。

 それどころか、後ろの樹木にも切り傷らしきものがついている。

 足元には、下半身と泣き別れた怪物の死体が転がって――。

「うっ、ぐうっ――」

 胃からこみ上げるものを抑えきれず、吐いた。

 残っている怪物どもは、一撃の威力にたじろぎ、様子を見ている。

『今のうちです、早く殲滅せんめつしてください!』

 か弱く鳴る鈴のような、女の声。

 出所を探すため辺りを見回すが、それらしき人影はない。

 いろいろ考えようとするが、思考が追い付かないんだ。

『早く!』

 声に急かされ、手持ちの剣を握る。

 思考を放棄したまま、俺は怪物どもに剣をふるった――。


        ■

「はぁっ、はぁっ――」

 汗が止まらない。呼吸の仕方すら忘れたような感覚がする。息が、とても苦しい。

 気が付いたら、大量の怪物どもを殲滅していた。

 血の匂いがあたりに充満して、吐き気をもよおす。だけど、何も胃の中には吐くものがない。

 その中にあって、剣だけが血に濡れながらも美しい輝きを放っていた。

 何なんだ、ちくしょう。

 数か所負ったケガが、嫌でもこの状況を現実だと突きつける。

『お疲れ様でございました』

 まただ。

 またどこからか声が聞こえる。

 だけど、声の主は見えない。幻聴か? と思っていたその時――。

 手に持っていた剣が、光り輝く。

 光はだんだん膨張し、やがて収縮して――人の形を成していき――。

 あっという間に、女の子の姿へと変わっていた。

「お見事です、マスター」

 ゲームとか漫画に出てきそうな、白を基調とした服装の、十代半ばと思われる女の子。彼女が声を掛けてくると、周りの風景はいつの間にか見知った部屋へと変わっていた。

 捨てていないカップラーメンの容器。飲みかけのコーヒー。卓上ポット。コンビニ弁当が温まったことを知らせる、電子レンジの『チン!』という音。

 雑多な物であふれかえるテーブルのそばには、朝までくるまっていた毛布がある。

 飽きるほど見てきた、いつもの日常風景。

 先ほどまでのことは、白昼夢だったのだろうか? ――いや。

 明日捨てる予定のゴミ袋に、少女がちょこんと座り込んでいる。

 しかも、先ほど怪物にやられたケガや口の端の痛みが残る。「現実だ」と、突きつけるように。

「凄く、座り心地の悪い椅子ですね」

 間の抜けた言葉が聞こえてきた。

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