友達


 当時、紗耶さやと同じ小学二年生だった私は、仲良しの三人組でその噂が本当かどうかを確かめに行った。


 もちろん、怖いという気持ちもあった。けれど三人のリーダーの美紀みきはやると決めたら聞かない子だったし、また私も好奇心が強いタイプだった。気の弱い麻里奈まりなだけは嫌がっていたけれど、最終的に折れて私達の後に付いてきた。


 例の通学路は、学校のすぐ側にある。片側は誰も住んでいないまま放置された民家とそれを守るように連なる塀、もう片方は金網に隔てられた公園。その真ん中に、広くも狭くもないアスファルトの道路が通っている。どこにでもある普通のT字路だ。


 放課後、私達は道と隣り合う公園で下校する生徒がいなくなるまで待ち、金網越しに誰も通らなくなったことを確認するとすぐに向かった。


 夕暮れ色に染まった通学路は、見慣れた道のはずなのに何だか違った場所みたいに見えた。人がいないというだけで、こんなにも不気味に感じるんだと驚いた覚えがある。



 今思えば、私達はこの通学路に呼ばれていたのかもしれない。



 誰か来る前に、さっさと噂を試そうと美紀に急かされて、私と麻里奈は道を少し戻ったところにある曲がり角に移動した。


 噂によると『この道で誰もいない時に振り向くと、自分がどうやって死ぬかわかる』という。つまり、誰かに見られてはいけないらしい。なので私達は二対一に別れ、二人は路地から離れた場所に待機し、一人ずつ確かめに行くことにしたのだ。


 待っている間も、通学路には誰もやって来なかった。


 どこかおかしな空気に麻里奈は怖がって早くも半べそをかいていたし、私も逃げ出したくなっていたけれど我慢した。勝手に帰ったら、間違いなく美紀が怒る。美紀のことだから、皆に悪口を言いふらされて仲間外れにされるようになるかもしれない。私にとっては、本当かどうかわからない噂よりそっちの方が怖かった。



「ただいま!」



 拍子抜けするほど早く、美紀は戻ってきた。私はほっとした。美紀が笑顔だったからだ。自分の死が見えたのなら、こんなに明るい表情はできない。やっぱり噂は嘘だったんだ。


 そう思っていたのに。



「すごいよ、ちゃんと見えた! 振り向いたら、大きなトラックが迫ってきたの。本物かと思ってビックリしちゃった。すぐ消えちゃったけど、私きっと事故で死んじゃうんだ!」



 私の想像を裏切り、美紀は意気揚々と自分が見てきたものについて語った。



「み、美紀ちゃん、どうやって死ぬか見えたんだよね? 怖くないの?」



 麻里奈が恐る恐る尋ねる。すると美紀は、また笑った。



「全然怖くないよ。だってどうやって死ぬかわかるなら、死なないように逃げられるじゃない。私はトラックに気を付ければ、死なないってことでしょ?」



 なるほど、と私は自分では思いもつかなかった美紀の考えに感心した。見えたものを避ければ、確かに死なずに済む。それなら死ぬところが見えるというのは、悪いことではないのかもしれない。


 次に行くと名乗りを上げたのは、意外にも麻里奈だった。美紀の言葉で勇気が出たのか、内気な彼女にしては珍しく元気良く駆けていった。


 しかし戻ってきた麻里奈は、とても微妙な表情をしていた。


 何が見えたのかと聞いてみると。



「よくわからなかったの。振り返った瞬間、いきなり目の前が真っ暗になって何も見えなかった。ずっと耳元でゴボゴボ? そんな感じの変な音がしてただけ。こんなんじゃ避けようがないよ……」



 そう答えて、麻里奈は泣きそうに顔を歪めた。



「うーん、暗い場所に行かないように注意したらいいのかな? もっと詳しく聞かせて。ほら、彩花は早く行っておいでよ」



 私も麻里奈の話をもっと聞きたかったけれど、美紀に促されて渋々通学路に向かった。


 鮮やかな橙に染まった道には、相変わらず誰もいない。まるで、ここだけ世界が切り離されたかのようだった。その時間帯が逢魔おうまどきと呼ばれていることも、ちょうど幽霊や魔物に遭いやすい時間だったと知ったのも、随分と後になってからだ。


 見た目は同じなのに異空間にいるようで、急に怖くなった。しかし恐怖以上に、自分の死がどんなものなのか知りたい気持ちの方が強かった。


 勇気を振り絞り、私は実行した。


 最初は、『それ』が何かわからなかった。


 一メートルほど先に不意に現れたのは、夕焼け色の道に横たわる細長い物体。上になる部分が一箇所、不自然に盛り上がっている。目を凝らしてやっと、その盛り上がっているものがランドセルだとわかった。


 赤いランドセル。徐々にこちらに向いたネームタグも見えてきた。『かつらぎ』――私と同じ苗字だ。


 ということは、これは。



「……お」



 細長い塊が、うつ伏せに倒れている女の子だと気付いた瞬間、微かな音が耳に届いた。



「……げぇえ……じ……」



 唸るような、絞り出すような奇怪な音。それは、少女が漏らす声にならない声だった。乱れたオカッパの髪が揺れる。ゆっくりと、こちらに顔を向けようとしている。


 嫌なのに目が逸らせない。逃げたいのに体も全然動かない。彼女の顔を見たい。何故かそんな思いに全身が支配されて、逆らえない。


 しかし顔がいよいよ見えるかといったところで、女の子の姿は消えてしまった。



「……きっと彩花は、自分が死んだ姿を見たんだよ」



 慌てて戻って見えたものを二人に伝えると、美紀はそう言った。



「彩花のランドセルは赤だし、髪もオカッパでしょ? 苗字もおんなじだったっていうし間違いないよ」


「彩花ちゃんだけ何で死ぬかじゃなくて、自分が死ぬところが見えたっていうこと? どうして?」



 麻里奈が口を挟む。すると美紀はきっと麻里奈を睨んだ。



「そんなの知らないよ! 麻里奈だって変な音しか聞こえなかったじゃない! もう帰ろ!」



 美紀の一声で、私達は解散した。結局、変なものは見たけれど噂の真偽は確かめられなかった。それが心残りだったけれど、どうしようもなかった。




 その夜の夕食時に、両親は私に来年妹が生まれることを教えてくれた。ずっと妹が欲しかった私は、嬉しくて嬉しくて飛び跳ねて喜んだ。


 けれども、そのせいで通学路の一件は私により重くのしかかった。


 美紀の言う通り、あの女の子は私なんだと思う。だって、特徴も苗字も一致していた。あれが自分の未来なら、私はランドセルを背負っている期間――小学生の間に死んでしまうということになる。


 そんなの嫌だ。妹が生まれるのに死にたくない。妹に会いたい。妹とたくさん遊びたい。


 そこで私は、お母さんに髪を短く切ってもらった。ランドセルも変えたいとお願いしたけれどそれは却下されたので、小学校を卒業するまでずっとショートヘアで通した。


 あの女の子と違う姿になれば、通学路で見た死の光景を回避できるはず――その考えは正解だった。


 おかげで私は今も無事に生きて、可愛い妹の側にいる。

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