第2話

 バスが見えなくなると、皆は合掌をやめそれぞれの行き場所に向かって行く。人影が無くなった頃、一人だけ残っていた年配の男性が、携帯電話をポケットから取り出し連絡する。


二、三のやり取りをした後、その男もバス停を離れていった。


 男が電話していた相手が受話器を置くと、ノックの音がした。


「失礼します。社長、例の特別出張の件、無事に進んでいるそうです」


「ああ、ご苦労。他に変わったことはないかね」


「特にはないです。業績は相変わらず右肩上がりで、景気によって上がる角度が変わりますが、わが社は毎年順調です」


「そうか、社員だけでなく社員の家族達も変わりないかね」


「ええ、それなりに家庭特有のゴタゴタはあるようですが、それも他人から見れば幸せといってよいと思います」


「それならよろしい、下がりたまえ」


社長が社長室から退室するように促すが、社員は動かない。社長がどうしたと顔を見ると社員が口を開いた。


「父さん、ちょっといいですか」


「なんだ、プライベートなことか」


「いえ、そうではなくてちょっと訊きたいんです。この特別出張とは、どういうものなんでしょうか」


「なんでそんな事に興味持ったんだ」


「僕が特別出張の担当になってから五年くらいになります。特別出張は毎年一回、同じ場所に行かせる、そこまではいいんですよ」


社長である父親は黙って聞いている。


「特別出張に選ばれるのは独身であること、身寄りがないこと、そして家とか土地を持っていないもの、さらには人づきあいが少ない、いやほとんど無いと言っていい者ばかりです」


社員である息子は、じろりと父親を見る


「そして、特別出張に行った者は皆帰ってこずに、数か月後に退職扱いとなる。彼らの荷物や生活用品は処分して何事もなかったようになる。一体どうなっているんです」

父親は無言で戸惑いの表情をしているが、かまわず息子は詰め寄った。しばらくすると父親は口を開いた。


「どうしても知りたいか」


「これからも特別出張が続き、僕が担当するのなら是非とも」


父親は少しため息をつくと、おもむろに話し始めた。


「……お前、アクマを信じるか」


「は? 」


あまりにも予想外の返事に、息子はキョトンとした。だが父親の顔はいたって真面目だった。


「このタイミングで冗談ですか。僕は真面目に訊いているんです、真面目な顔してそんな事言わないでください」


怒る息子の言葉に父親は、もっともだと受け流す。


「冗談か、そうだな、なら冗談として話を聞いてほしい」


息子を応接用のソファーに座るように促すと自分も対面に座り、ゆっくりと息子に分かるように話しを始めた。

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