拝啓、凛太郎様

Levi

第1話 拝啓 凛太郎様

 凛太郎様、凛太郎様、わたくしこと真白ましろは、今でも変わらずあなた様をお慕い申しております。


 ────



 あの日、あなた様はわたくしにこう仰いました。



『真白、僕は仕事に行ってくるからね。今日も僕の帰りを楽しみに待っているんだよ』



 と。



 それは毎朝のご出勤時の挨拶のようなもので、わたくしはいつものように凛太郎様のお帰りを楽しみにお待ちしておりました。



 あの日はいつものご帰宅の時間をやや過ぎておりまして、わたくしはご帰宅は今か今かと待ち侘びておりました。お仕事がお忙しい日などはご帰宅が少々遅くなることもありましたので、はやる気持ちを抑えて静かに静かにお待ちしておりました。



 その時、リン、と家の電話が鳴ったのでございます。

 ふと、嫌な予感が頭を過ぎったのを覚えております。



 電話に出られた凛太郎様のお母様は一言二言言葉を発すると、途端に電話口で泣き叫び半狂乱となっておられました。



 そのお姿を拝見し、わたくしは湧き上がる不吉な思いを必死に振り払おうとしたのです。



 正直な所、この辺りの記憶はあまりございません。



 その日なのか、はたまた明くる日なのかは記憶が定かではありませんが、気が付くと目の前に凛太郎様が眠っておられました。



 あぁ、わたくしはきっと嫌な夢でも見たのでしょう。そう思い、お傍に寄り添おうと歩みを進めました。



 近付く程にほのかに香る愛しい凛太郎様の匂い。そしてそれを上回る病院特有の匂い。



 凛太郎様……?……凛太郎様…………?



 わたくしは声をおかけしましたが、凛太郎様はぴくりとも動きません。



『真白、僕は世界中で真白のことが一番大好きだ』



 そう仰りわたくしの身体を愛しそうに抱き締めてくれた腕と、優しく頭を撫でてくれた手は胸の前で固く結ばれ動く事はありません。

 わたくしを見つめてくださった目は開く事はなく、真白ましろと呼んでくださった口も固く閉ざされておりました。



 ……何よりも、凛太郎様のお身体からは一切のぬくもりを感じる事が出来ませんでした。



 あぁ、この方はわたくしの知っている凛太郎様ではない。わたくしは、そう思うようにしたのです。



真白ましろ……」



 凛太郎様のお姉様がわたくしを見つめ泣いておられます。



真白ましろ……凛太郎は……」



 お母様は、凛太郎様は事故で頭を強く打ち帰らぬ人になったと仰っておりました。



 そんな訳はございません。わたくしに待てと仰った凛太郎様はきっと帰って参ります。約束を破ったことなどないのですから。



真白ましろ……」



 背筋を伸ばし玄関に座り込むわたくしを見て、凛太郎様の御家族は泣いておられました。



 ────



 数日後、凛太郎様の御家族に骨を見せられました。それを凛太郎様だと仰るのでございます。何を可笑しな事を……凛太郎様は骨ではございません。そんな冗談など聞きたくありません。



 凛太郎様にお会いしたい……いつお戻りになるのでしょう……?



 毎日そんな事ばかりを考えていましたら、食欲も無くなり水すらも飲めなくなってしまいました。

 いち早く気付かれた凛太郎様のお姉様に病院へと連れて行かれ、点滴にて栄養を摂る生活へと変わりました。



『病は気から』



 そうでございますね……。いつも凛太郎様はそう仰っておいででした。ですが、凛太郎様にお会いする事が出来ない現状に心が病み、身体も弱り果て、わたくしは口から栄養を摂ることが出来なくなりました。



 いくら点滴で栄養を摂り入れようとも、口からの栄養摂取には敵いません。そして生きる気力を日に日に無くした今、わたくしは自分の足で立つどころか起き上がることも出来なくなってしまいました。



 凛太郎様の御家族はそんなわたくしを手厚く看病してくださっていましたが、もうそろそろわたくしの命の灯火が消えようとしております。



 願わくば、一目だけでも凛太郎様にお会いしたかった……。少しづつ、少しづつ身体の力が抜け瞼が閉じて行きます……。

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