第16話 たまには個人に目を向けよう

100年ほどが経過して、ちょっと弊害が出たんで時間跳躍を止めて観察しておるぞい。

ティニマの身体、もとい大地が腫瘍の攻撃によって傷ついちゃってね、植物の育成や毒物の浄化、あと精霊を生み出す事が少しやり辛くなったらしい。お陰でティニマの仕事場である大地神の間や六元神はてんてこ舞いだ。…ティニマの体を癒やすには、そこそこに世界エネルギーが必要だ。だがしかし、ここでエネルギーを使うより、一つ考えついたことがあるので二人と相談してみた。


そう、勇者の手によって大地の修復を行ってみることにしたのだ。エネルギー的にエコだし、こういう細々とした部分を定命の者達に行わせたほうが、あとあと便利になりそうじゃん?


という経緯で、新たなる勇者を出現させるべく、ブレイブリーを転生させることにした。今度は魔王を倒すためではなく、腫瘍に侵されて消費しているティニマを癒やす為だ。なので、今回の勇者には少し変わった事をしてもらう。

勇者の力も癒やしのみに全成長値を振ったんで、普通の勇者と違ってあんまり強くはないが、問題はない。魔物が活性化してるわけでもないから、旅路もそう危険な状況にはならないだろう。

で、勇者には精霊王の試練を受けさせるんだけど、その方向性を戦いではなく癒しに特化するべく、六元神と精霊王を含めてあーだこーだと会議をした。それで出来上がったのが、ヴァーベルが発案・作成した、大地を癒やす効果の薬を作り出す《錬金術》という分野である。ヴァーベルらしからぬ知的な行動に思わず我が耳を疑ったぞ。

それで、試練は今までの力を与える系のとは違って素材収集とか精霊王のお題アイテム作成とか、なんかそんな感じの内容になった。大変だな、勇者ちゃん。


ああ、今回の勇者は人種の帝国の皇女様だ。もみあげが黒髪ドリルな如何にもご令嬢!って風貌のお嬢さんね。

エレゲルの奴が司祭達に啓示を送って、それで皇女ちゃんが勇者だと明るみになったら、なんか帝国の上層部がてんやわんやになってた。っていうか、なんで私の大陸でこいつが啓示してんだよ、この緑野菜め。頭のトンガリへし折ってやろうか。

当の皇女ちゃんはというと、謁見の間で勇者と告げられたと同時、


「世界救済などという関門、このアタクシの前では赤子の手を捻るよりも簡単でしてよ!!」


って感じで高笑い。もっとも、内心では気が気じゃなかったようだが。いろいろと複雑な立場の子だからね、今までの境遇で思うところも多かろう。


そういえば、神々連中との約束で私は下界に手を出すことができないでいるが、しかし別に完全に干渉できないわけじゃない。あくまで、私が直接的に出ることが禁じられてるってだけなので、啓示を与えることくらいはできる。…え、約束が違うって?さぁ知らないなぁ~?文句があるなら直接出向いて言ってみやがれ。話はそれからだぜぇはははっ!!

というわけで、私は皇女ちゃんの夢の中に出てきて声を掛けてみたら、なんか仲良くなって相談に乗ったりしてあげたら懐かれた。いえ、名前は名乗らなかったし、姿は田人な爺さんの姿を借りてたんだけどね。

相談内容としては、まぁ皇女としての立場とか、婚約者の事とか、これからの事とか、家族の事とかね。思春期な女の子らしい悩み事だらけさ。

そんでね、なんか本物の田人な爺さんと旅の途中で出会ってさ、私の姿と同じだったから皇女ちゃんが「おじい様っ!?」とか叫んで勢い余って弟子入りしようとしたり、爺さんが嫌がってても食らいつく勢いで引っ付いていったり、なし崩し的に内弟子になったり、まあそんな勢いで頑張ってる。逞しいな。


 そうそう、皇女ちゃんが旅している途中の村で、なんか面白ボーイズの三トリオが居た。皇女ちゃんがお世話になってる地方領主の一人息子でね、ボンボンだけど愉快な性格してるんで、ちょっと観察してたんだよね。

皇女ちゃんが来たってことでテンション上がったのか、戦隊モノみたいな決めポーズの練習したり、使用人な女の子と獣人の三人組で一緒に棒切振り回したりして勇者ごっこに明け暮れたり。それで遊んでたら勢い余って森で迷子になっててさ、なんとなく見守ってたら、魔物に襲われてたんでちょいと助けてあげたよ。雷バリバリーって感じで。

それから、皇女ちゃんに合図を送ってみたらちゃんと助けに来ててさ、子供三人を叱ってから抱きしめてたよ。ほら、皇女ちゃんも市井に出てから子供の世話とかなんとなくしてるから、三人を放っとけなかったみたい。お付きの騎士はため息ついてるけど、心配してたようね。

そしたら、愉快トリオのボーイは皇女ちゃんに感化されたのか「オレ、将来は勇者になる!!」って感じで決意表明してて、女の子は「それじゃアタシ魔法使いになるのぉ!」って嬉しそうに言ってた。獣人くんは無言だけど力こぶ作って剣士になるってさ。うむ、子供の夢はでっかい方が良いね。

そうそう、何やら皇女ちゃん、ボーイくんにお守りを渡してたよ。

錬金術で作られたアミュレットでね、どうしようも無い時に祈りなさいって感じでアドバイスしてた。ボーイくんはたいそう喜んで、そのアミュレットを大事にしまってた。

…あのアミュレットって、魔法効果を倍増させる代物だね。ボーイくんはわずかに魔法適正があるようでさ、魔法を習ってるから護身用にって事かな。それに女の子が羨ましそうにしてたんで、女の子には自分が使ってた桃色の魔法帽子あげたり、獣人くんには素早さ補正の指輪をあげてたよ。親に叱られながらもキラッキラした目で宝物を大事にする彼らにとって、皇女ちゃんはまさに勇者様なんだろうなぁ。

こうして子供は夢を見て大人になっていくのだなぁ、としみじみと感じ入るのである。


 そして、皇女ちゃんは4年かけて見事にティニマを癒やす薬を発明し、汚染されてた大地は修復されたのであった。素晴らしい。人類史に残る歴史的瞬間だな。

見事に使命を達して凱旋した皇女ちゃんは、救世の勇者として世界に名を馳せた。私の「神界に帰還するか?」って問いには首を横に振ったけど。人間として生きて死にたいってさ。じゃあ勇者の威光で帝国での立場は安泰だね!…とか思ってたら、なんと国を出奔して旅に出た。彼女の先祖といい、大事が終わればアグレッシブに家出するね。

そして錬金術を世に広めていき、調薬の重要性を世界に認めさせたのである。うむ、まだまだ若いけど、彼女ならいろいろとやってくれそうで安心だな。ま、魂は全部ブレイブリーなんだけどね。人格はそれぞれ別物だから、別人格ってことでカウントすればいいんでない?(適当)



※※※



 さて、一段落したようなので、あらかた冥府の残業も終わって唐突に暇になった時間に、下界を覗いて気になった者の夢に出たりして遊んでる。もちろん、私の正体は明かさなかったけどね。ま、どっかの神の一柱だとでも思われてんじゃない?

そんでねー、今日はとあるお嬢さんを観察している。帝国のやや北に位置する場所に、平原の民が住んでいるのだが、背が小さい人々で…ホ○ットとは言わないぜ。で、その小人さん…という言い方には語弊が出るので、彼らの言葉を借りて「リングナー族」と呼ぼう。そのリングナー族で、面白いお嬢さんが居たので観察していたのだよ。


このお嬢さん、ある盗賊団のトップでね。そんで、田人なのよ。いえ、エーティバルトの爺さんと違って身体能力的な意味での田人。無論、転生特典者ではない。

彼女はリングナーで最速を誇り、音速でナイフを振るってあらゆる物をバラバラにしてしまう。怪力ってレベルじゃねーぞ。まあその分、性格が豪快でぶっ飛んでるけども。その速度を利用して商人の馬車強盗や貴族の家財を根こそぎ奪い取るのを繰り返し、叩きつけられた勝負には負け無し、鍵開けなどお茶の子さいさいでどんな壁でも突破してみせる才能の塊ってわけ。そして無類の大食感だ。最後のは要らないかな。


で、南大陸にアジトを構えるお嬢さんの元へ、部下の盗賊が献上品を持ってきたんだよ。

卵、赤斑な卵。一抱えはありそうな感じの。


…この卵、実は精霊なんだよね。


いえね、精霊って自我を持って昇華されれば、実態を持つことができるんだよ。一番最初に作った6元素の精霊王達みたいに。

で、その中で生命に転生して受肉したがる暇人…もとい、物好きが昔っから居てね。この卵もまた、私が便宜を図って転生させてあげた子なのだ。

ただし、転生先は人間ではない!

そう、これはドラゴンの卵なのだよ!!ドラゴン!!まさに異世界ファンタジー!ロマンの固まりやでぇ!!

という、私のロマンを優先させた結果、彼は火の神の眷属にしてドラゴンとして生まれたわけで。そんで、早速人間の手によって巣から盗難され、田人な盗賊ちゃんに捕まったわけで。

なんかお嬢ちゃんが「これ食っちまおーぜ!」とか言ってるけど、そろそろ孵化しないとやばいよ。このままじゃゆで卵に転生するんでない?

仕方がないので、私はお嬢ちゃんに白昼夢でメッセージを送ることに。


それドラゴンの卵だから、危険なんで食べないほうがええよ。


「うっせぇぇ!!どこのどいつか知らねぇがアタイに指図すんじゃねぇっ!!」


ええぇぇっ…!?

いきなり罵倒されたよ。すごい子だな、この子。

叫び始めたお嬢ちゃんに、部下の盗賊がハラハラしてる。うん、わかる、いきなり上司が天に向かって目を剥いて叫んだら頭を心配するわ。グリムちゃん居たっけ?

ともあれ、そんなことをしている間に、鍋に掛けられていた卵はひび割れてパキパキっと中から崩れた。おお良かった、間に合ったか!

一同が見守る最中、卵から出てきたのは、小さな、けれども威圧感バッチリなドラゴンの雛だ。

赤い鱗に真紅の瞳、口から燃え盛る炎をちょろっと吐き出すその偉容はまさにドラゴン!ひゅー!!


「我が眠りを妨げたのは貴様らか…愚かしき人間どもめ!燃やしつくしてくれるっ!!」


おい、なんか生まれて速攻で性格がアグレッシブ過ぎね?

と、ドラゴンがお嬢ちゃんに向けてブレスを吐けば、アジトはあっという間に炎の海に包まれた。ああ、やっちまった!

満足気に唸るドラゴンだが、直後、


ズバァッ!!


と炎が割れて、中からナイフを奮うお嬢ちゃんが出ーたー!

え、ナイフで炎を切ったの?どういうこと!?

思わず唖然とするドラゴンの前で、お嬢ちゃんはナイフをぺろりと舐めて、叫んだ。


「肉じゃあぁぁぁぁーーー!!!」


「えええぇぇぇぇーーー!!??」


えええぇぇえぇぇぇーーー!!??


食うのっ!?この子ドラゴンを喰うつもりなの!?どんな感性してんだっ!?


と思ってる間にも、お嬢ちゃんは鬼神の笑みでナイフ奮ってドラゴンを攻め立てている。おいおい、生まれたての相手に容赦ねぇことだなぁ!?ドラゴンは必死に避けるけど、相手も人種最速のスピード!その速度に追いつけず、徐々にナイフで鱗が削がれていく。あっ、やめてっ!刺し身にしないであげてっ!?魚類じゃないから!!


「ままま待て待て待て人間よ!?お前は何を考えてるんだ!?本気で我を食らうつもりか!?私は火の神ヴァルフレアの眷属だぞ!?」

「知るかぁっ!!アタイは今ある肉だけが大事だっ!!」

「助けて主神!?この子話が通じないっ!?」


マジで話しが通じてないぞ、どうすんだこれ?

えっと、ドラゴンくんが悲鳴あげて追い詰められてるんで、私はひとっ走りして火の神に眷属くんの危機を伝えてやった。そしたら、簀巻きにされて鍋に放り込まれる寸前で火の神の天雷がお嬢ちゃんを直撃!?ちょっ…やりすぎじゃね!?


…と思ったら…もくもくと煙が晴れた先には、わりとピンピンしてるお嬢ちゃんが。アンタ化物か。

なんか、この子異様に硬いぞ?下手したら勇者レベルの強さじゃね?

ううん、なんか死なすには惜しい存在だなぁ。天然物でここまでの怪物ができたんなら、うまくすれば時エネ使用せずとも勇者レベルの怪物が作り出せるかもしれんな。ま、そうほいほいと出てこられても困るんだけど。

ともあれ、なんか貴重な素養を持つおなごなので、私は彼女を本気で燃やしつくそうとしてるヴァルフレアを宥めた。


「何故に我が権利を奪われるか、ルドラよ」


まぁまぁ、定命の者にそうカッカしなさんなって。鱗が剥げるよ?


「ご心配痛み入る。が、これは我が眷属の問題。主は口出しされぬよう」


だが断る。

この子はかなり良い魂の格を持っている。今生に出ると同時にこの格になったとすれば、その法則を見出すのも世界のためになろう。だから、少しばかり便宜を図ってやったらどうだね?


「…この娘が世界を騒乱させぬという保証はありましょうか?神に危害を加えるやも」


え、たかが人間一人が、いったいどうやってお前たちを害せるとでも?例のオリハルコンを用いて?いやいや、ご冗談を。

所詮、強いと言っても定命の者の中で、の話じゃないか。その程度、処分する言い訳にもならないだろう?

ヴァルフレア。気に食わないから燃やすなんて、お前も随分と私寄りになったんだねぇ。いやぁ良いことじゃないか!そのまま邪神にでもなるかい?歓迎するよ。


「…………、ならば如何されるか」


あのお嬢さんには、私から少し話をしよう。君のとこの眷属は任せるよ。

さぁて、それじゃ、お嬢ちゃんとお話をしようか。そう、長い長い、とっても長いお話を、ね?


などと呟いたら、火の神に引かれた。

なんだよその顔。人を邪神みたいに見るんだからさ。あ、邪神だったわ。



 ともあれ、時を止めてから私はお嬢ちゃんときっちり話しをした。それはもうね、かなり根気の必要な話し合いだったよ。なまじ、強すぎるから諌められる存在が居ないせいで、唯我独尊な性格になってたからさぁ、心を折るのに時間が掛かった掛かった。ま、私からみれば一瞬だがね。

とりあえず、ドラゴンくんは食べないように、と説教してから開放すれば、時が動き出して鍋の前の出来事に戻った。

で、お嬢ちゃんは、それはもう不承不承、仕方なしという感じでドラゴンくんを解放してた。

ドラゴンくんは逃げたけど、涙目じゃなかった?可哀想に、と他人事のように思う。


「おいルドラ!これでもうアタイに干渉すんなよな!?次やったらぶん殴ってやっから覚悟しとけよっ!!」


ははは、元気な子だなー、でも足がプルプルしてるのわかってるぞー。

アレだけの目にあっても反抗心が失われないとは、先が楽しみじゃないか、なぁ?

私はこういう子は大好きだよ。従順なのもいいけども、反骨心がある下剋上を狙うような人間のほうが、骨があって素敵。ふふふ、この子はどういう人生を歩むんだろうかね?楽しみだなー!



※※※



【救世姫メルサディール

 英雄物語の中で語られる英雄は数多く存在しているが、今回は彼女、救世姫メルサディールに関して語ってみよう。

メルサディールは、デグゼラス帝国の第14子の皇女であった。上には腹違いの兄が7人、姉が6人、そして妹弟が10人も居た、多兄弟の子であったのだ。始祖と同じ特徴の黒髪黒目を持つ彼女の立場は非常に重要であり、帝位を継承するか、或いは婚姻して他家に嫁いで権力を集中させる役割の立場でもあったのだ。更に彼女の外見が癪に触ったのか、彼女の姉であるエリエンディール元皇女は執拗にメルサディールを苛め、それによって彼女は一度平民に落とされて修道院へ送られることとなる。以後、彼女は兄皇子の計らいで修道院暮らしの後に皇族に戻され、帝国学園(当時の学園は現在ほどの開放的な場所ではなく、貴族などの特権階級のみの限られた場であった)に入学し、淑女として蝶よ花よと育てられていたのだ。

だがしかし、当時の若きメルサディールはその二つ名とは想像できない程に、性悪であったとされる。家格の低い者を率先して苛め、やり玉に上げ、自らの前に傅かせたというその姿は、まさに現在の悪役令嬢という言葉がぴったりであろう。

そんな悪役令嬢も、派手で奔放過ぎる学園生活が祟って失脚し、その立場が危うい事態となってしまう。そんな最中だ、神の啓示が彼女に下ったのだ。

帝都の全ての司祭達が一斉に彼女が勇者であると告げ、これには皇室を初めとした元老院も含めて驚天動地の大騒動となった。どうでも良い立場だった彼女の地位が、一昼夜でひっくり返る様は混乱しか生み出さなかっただろう。


だが、彼女の強みはここからだ。


腐っていた学園生活とは違い、勇者とは世界を救済する者、すなわち救世主だ。その巨大過ぎる使命を背負わされるには、彼女は若すぎたはずだった。しかし、彼女は重みに潰されること無く、むしろ堂々と胸を張って帝国を出奔し、救済の旅に出たという。数名のお供をつけて。

そして彼女は辛く険しい旅路を越えて、大陸を巡りながら精霊王の試練を突破し、錬金術と呼ばれる技法の極意を習得、そして4年の歳月をかけて見事ティニマを癒やす事を成し遂げたのだ。大地神ティニマを癒したという功績から、彼女は救世の皇女と呼ばれるようになったのである。


…彼女は非常に努力家であったと、後に彼女の師となるエーティバルトは語っている。自信満々の姿はただの虚勢であり、その本質は非常に臆病で引っ込み思案、そして生真面目過ぎるくらい冗談を真に受けるタイプであると。からかい好きな老爺にとっては、恰好の玩具であったようだ。

                 ベシュア・シュレイン著「勇者物語」より】



【その日、アタクシは夢の中で一人の老人に出会ったわ。ええ、勇者と告げられて混乱して一睡も出来ずに帝都を出た、次の日のことでしたわね。正直、アタクシは自分が勇者だなんて思ってもみなかったし、告げられたその時だって何かの冗談かと思ってましたもの。陛下に激励を送られ、厄介払いのように帝都から去らざるを得なくなっても、夢見心地のようなふわふわとしたまま、港の宿で気を失うように眠りについたのですわ。

 そしてね、あの方に出会いましたの。ええ、夢の中でしたわ。なのに、夢だとアタクシもわかっていたし、目の前の人物が常人ではないと不思議とすぐにわかりましたの。…え、何を話したのかって?ふふっ!淑女の秘密を覗き見るだなんて不躾な殿方ね。でも、宜しくてよ。少しだけお話してあげます。


 アタクシ、学園での評判は最悪でしたでしょう?ええ、わかってますもの。誰にも見向きされない現状に、兄姉達から暗殺者を送られる日々に辟易していて、更にお姉さまのアレがありましたから。ええ、腸が煮えくり返るとはまさにこのこと……あら拳が、失礼。ともあれ、その反動で学園では好き勝手やっていましたわ。アタクシは14子とはいえ、正妃の娘ですから。

けれども、そうね、きっとその罰が当たったのですわね。苛めてた伯爵の娘に逆襲されて、手酷い目に遭いましたの。アタクシの婚約者は、ご存知の通りライマー侯爵の息子であるアルブレス様でしたわ。そしてアルブレス様はアタクシのことなど見向きもせずに、あの小娘に………あら?いやですわ、アタクシとした事が酷い表情だったかしら?ごめんあそばせ。


それで、アタクシはその悔しさを思い出してしまって、思わずおじい様にお話しましたのよ。そしたら、なんと言われたと思うかしら?


「お前は見る目がない。あの程度の男、お前の伴侶として値する存在ではないぞ。お前が好いたのがアレの顔か性格かは知らぬが、大成などできぬ魂の格しかもたぬ。あの男にはあの娘のほうがお似合いだ」…ですって!


アタクシ、それはもう憤慨してしまったわ。夢の中とは言え、なんて酷いことを言う殿方なんでしょう!って。けれどもね、話している内に気づいたの。アタクシ、あの方の好みなんて、なんにも知らないんだって。ただ、婚約者という立場だから好いていただけで、本当はあの方自身には、何も特別な感情を抱いていなかったのだって。…立場に流されていたのは、アタクシだったのね。


 それから、アタクシはおじい様と毎夜のように会ってはお話をしましたの。え?…ええ、そうよ。殿方との秘密の密会。誰にも知られない秘め事は、とってもワクワクしましたのよ!ああ、これがロマンという感情なのですわね!って後になってゲッシュに言ったら笑われましたけども。

…それで、師匠に出会って、酷く驚きましたわ。だっておじい様と瓜二つの方だったから、思わず我も忘れて駆け寄ってしまいましたもの。そして師匠も驚かれるし、アタクシも別人だって気づいてから、自分のはしたなさに恥ずかしくなったり、それはもうさんざん。


…え?それじゃあ、あの老人は誰だったのかって?


ふふふっ!師匠はアタクシの話を聞いて、すぐに誰か察したみたいでしたわ。教えてはくれませんでしたけどね。知りたいのなら自分で探せ、それが知の道の基本だ。って、こんな感じではぐらかされてしまいましたわ。本当に紳士としてなってない方ですの。でも、師匠はそれで良いのかもしれませんけどね。

…そうね、あの方の正体、アタクシはうすうすと察してはいます。古い神学書を紐解く内に、なんとなく悟った程度ですけども、それは口に出さないほうが良いと思ったので、一度も名を尋ねることはありませんでしたけど。


え?貴方がたも老人の正体を知りたいって?


……ふふっ、ひ・み・つ!ですわ!

      「帝都書記官が記した勇者メルサディールの口述記録メモ」より】



【大盗賊ネセレの物語

 大昔、デグゼラス帝国近郊で活躍していた、大盗賊ネセレという女盗賊が居た。彼女に関する逸話は枚挙に暇がないのだが、中でも有名なのは帝国皇帝の冠を衆人観衆の眼の前で盗み出したという話と、ドラゴンを伴侶にしたという話だろうか。

前者に関しては、お伽噺として語られるほどに有名であるため割愛するが、後者に関しては意外に知名度が薄い為、改めて記載しよう。


 ネセレは幼少の頃、ドラゴンの卵からドラゴンを孵した事があったという。しかし彼女、よりにもよってそのドラゴンを食べようとして、ルドラ神に諌められたのだと当人は語っている。ドラゴンを食べようとする奔放な行動もさることならば、それにルドラ神がじきじきに出てくるという点でもう荒唐無稽ぶりに拍車がかかっている。もしこれが本当ならば、ルドラ神はネセレの擁護神であったのかもしれない。

ともあれ、そのドラゴンは成体になってからネセレに復讐しようと何度も攻めてくるのだが、その都度、ネセレはナイフ一本で返り討ちにしたという。この話、実はネセレという名ではないが、童話という形で帝国周辺の口伝として残っている。その内容は、咆哮を上げたドラゴンが岩をも溶かすブレスを吐くが、ネセレはナイフ一本でたたっ斬った。火山を噴火させて溶岩で攻め立てたが、ネセレは宙を蹴りあげ空を飛んで躱した。多くの雷を空から落としたが、ネセレはその全てを瞬脚で躱した。と、なんとも非現実的とも言える内容なのだが、実際に当時の北山脈で噴火が起こったのは事実であるし、大規模的な落雷が起こったのも公式文書で残っている。これが物語の箔付けとして童謡にこじつけられたのか、はたまた本当にそのとおりの事が起こったのか、定かではない。


 その後、ドラゴンとの攻防は数年続くが、その後、ドラゴンは別の縄張りからやって来た甲殻虫の集団に食い殺されかけてしまう。その最中、ドラゴンに喧嘩を売りに来たネセレがそれを発見し、ドラゴンを助け出した。瞬間、ドラゴンはネセレへ形容しがたい思いを抱いたのだという。そう、それが恋の始まりだった…とは、後の帝国に帰化したドラゴンの言である。

ちなみに、ドラゴン…竜伯フェスベスタは、後にネセレと良い仲となり、紆余曲折ありながらも三人の子に恵まれたという。とりあえず、ドラゴンとリングナーの間に子が成せるという事自体が驚きだが、まあ地母神の加護という事にしておこう。それを解明するのは、いささか野暮である。

 ラスケイン・ラケル・ベートゥハール著「古伝でわかる過去の人々」より】



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