どうも、邪神です

満月丸

創世編

第1話 神様転生とは新しいな

―――気がつけば、真っ白な世界に一人だけで佇んでいた。



何故こんな場所に居るのか理解できず、私は首を振ってから周囲を見回した。しかし周囲四方は全て白、だが不思議と自分の体が見え………………いや、え、体が眩い。ただ眩いんじゃない。なんか光の輪郭だけの、のっぺらぼうだったのだ。


な、なんじゃぁこりゃぁぁ!?!?


と、どっかで聞いたような台詞で叫んだと同時、背後から声を掛けられた。思わず悲鳴を上げてしまったではないか、恥ずかしい。


「おお、新人発見!なんだぁ、その様子を見るに、目が覚めたばっかなのか?」


お、おお!?あんたは………眩いな!


「はっはっはっ!!見た通り、お前とおんなじ真っ白けだぜ!」


私に声をかけたのも、眩い人型であった。人ともつかぬその無貌の姿から人相はわからないのだが、体格的に男性であろうとは察することが出来た。あと、なんか声がでかい。体育会系っぽい感じがした。

現状がわからず、大混乱という竜巻に翻弄されている私を置いてけぼりに、その男は背後へと声をかけている。


「おーい、こっちにも一人いるぜー!」


「……あれー?あたし達以外にも人が居たんだぁ!」


間延びした人物は………眩かった。うん、説明不要。

その3人目の人物、おそらく体格的に女性であろう人物は、小首を傾げながら現状を説明してくれた。


なんか二人共、私と同じく気がついたらここに居たらしく、誰かを探してウロウロしていたところで私を発見したらしい。

それで、二人共なんと記憶喪失だというのだ。


それは大変ですねぇ、私はちゃんと記憶が………あ、やべ、私も記憶喪失だ。何も思い出せないし、家族から自分の来歴まで覚えてない。かろうじて平和な日本出身の男性だってのは覚えているのだが。

と、そこで自分が男性だと思い出したのが原因なのか、体付きがシュッと男性的になった。どういうことだ、勝手にメタモルフォーゼするぞ、この身体。

しかし、私の変化は気にも止めない事らしく、女は天を仰いでお手上げのように呟いた。


「けど、何だってこんな場所に、しかも勝手に連れてこられたんだろうねぇ?」

「さぁてな!ここに居るには理由があるんだろうが、あいにくと俺にはさっぱりわかんねぇ!」

「これってアレかなぁ?ほら、創作小説でよくある、神様転生ってやつ!あたし達みーんな死んじゃっててさ、これから神様とかが現れて助けてくれるんだよ!きっと!」


ファンタジーだな。いや、現状がファンタジーだが。

…ともあれ、なんとかここから出るしか無いんだが。


その、神様転生ってのは、こういう時はどうすれば良いんだ?


「さ~?フツーは神様がポッと出てきてさ、『異世界に送ったついでに君の望むチート能力を与えてあげよう!』とか言ってくれるのがセオリーかな?」

「すげぇご都合主義だぜ!」

「そうだよ~。だってみんなプロローグなんてダラダラ見ていたくないから」


メタい理由だな。


などと話している最中の事だ。

ふと私は違和感を感じて周囲を見回してから、最後に空を…白の空を見上げた。私を見て気づいたのか、二人も空を見上げて、白の彼方を凝視した。


そして、それを目にしたのだ。


…巨大な瞳が、天から我らを見下ろしていた。比喩でも何でも無く、白の向こうに巨大な混沌色の瞳が、ギョロリと天からこちらを睥睨していた。

思わず変な声をあげた我々へ、その目玉は目玉だけにも関わらずに、声を発した…いや、こいつ直接脳内に…!?つまりファミチ


『ようこそ、上位世界の来訪者達よ』


「じょ、上位世界…!?なんなんだよ、その上位なんとかってのは!?」


驚いたように叫ぶ男の言葉に、その目玉は淡々と、機械のような口調で答えた。


『ここは、未だ生まれぬ卵の世界。そして今まさに孵ろうとしている、原初の世界でもある。我が領域によくぞ辿り着いてくれた、異邦者にして想像にて創造せし定命の者達よ』


原初?卵?なんだそりゃ……、


ああ~その、もっと私達にわかる言葉で話してほしいんだが…。


『めっちゃ要約すれば、この世界は生まれる寸前の状態なんですよ』


あ、凄いフランクになった。得体の知れない偉容さがダダ落ちだ。しかし、めっちゃ要約されてもピンと来ないんだけども。

同じことを思ったのか、少女は小首を傾げながら目玉へと尋ねた。


「えっとぉ、貴方は…神様なの?」


『はい、とも、いいえ、とも言えますね。私は「世界」です』


「世界?世界って、つまり…」


『ご想像どおり、私は世界という有限の枠組みです。貴方がた風に言えば、惑星そのものの意志とも言えます』


目玉の正体は惑星そのものであった。つまり、神様って事で良いのではないかね?


『いいえ。この原初の世界は概念で出来ています。この世界は虚無の中から生まれ出ましたが、未だに物質は存在していません。そして私には、世界を存続させる機能を持っていますが、生み出すことは出来ません。そのように出来ているのです。私は世界という名の、システムです』


「よく、わからねぇんだけども…とりあえず!アンタが俺たちを呼んだって事で良いんだよな!?」


『はい、そうです。貴方がたは、ここより上位世界に存在している有象無象の魂の一個体です。私が貴方がたを選んだ理由は特にはありませんが、強いて言うなれば抽選結果でしょうか』


何を抽選してたんだ。そして勝手に人を呼びつけんでくれよ。

と、内心で不快感を抱いていると、目玉、もとい、奴曰く「世界」は続けた。


『貴方がたを呼び寄せたのは、とある大仕事の依頼の為です』


「大仕事ぉ?って、なんの?」


『この世界を、貴方がたで創造していただきたいのです』


その言葉に、流石の我々も、思わず口を噤んでしまった。

世界を創造するとは、どういうことだ。スケールがデカ過ぎて反応に困るのだが。

無言なこちらを見ているのか否か、世界は機械的なまま話題を続けた。


『もちろん拒否されるのならば、このまま貴方がたの魂は、貴方がたの世界に送り返すことも出来ます。そしてこの話しを承諾されるのであれば、貴方がたはこの世界の神として転生し、力を授けます。如何致しましょう?』


神様転生ではなく、神様に転生である。レベル高ぇなおい。


そこで、少女が感動したように歓声上げた。


「すっっごい!なんかよくわかんないけど、すっごい!あたし、神様になれるんだね!?本当にマジで本当に神様って本当!?」


落ち着いて、言葉まで混乱してるぞ。


「えっとね!あたしは残りたいな!神さまになれるなんてチャンス、絶対に普通は無いことだもん!」


はぁ、ご尤もで。


と、それには男も頷いている。


「確かになぁ。神になるなんざ、とんだ不信心モノって感じだが、まあなんか面白そうだしな!俺も残るぜ!」


ははは、あんたら単純だな。

とはいえ、私も本当ならば悪い気はしない。

だがしかし、いくつか尋ねることがあるので、私は天を見上げて口を開く。


世界よ。質問はいいだろうか?


『はい、どうぞ』


まず一つ。この世界は白だらけのようだが、これはどういうことだ?

惑星ならば星や太陽がなければ、生命は生まれない。


『惑星、というのは、貴方がたの価値観に近づけた場合の言語であり、厳密には違います。この世界は星という球形の惑星ではなく、概念です。貴方がたが星を作り、太陽を作り、大地を作り、生命を作ることで世界という存在に昇華されます』


形を持たない世界、ということか…?

つまり、私達が居た世界を上位世界と呼んでいたのは、その辺の問題なのか?


『ある意味では、はい。物質界よりは精神界に近いこの次元には、概念や認知、想像こそがもっとも強い力を発揮します。そして物質界の存在である貴方がたは、この次元よりずっと強い魂と想像力を持っています。その想像こそが、この世界では力となるのです』


うん、わかったような、わからんような。

ともあれ、この世界は私の居た世界とは違う次元の、ファンタジー世界って事だけ理解しておけばいいか。


じゃあ、二つ目。貴方は我々を神にすると言ったが、それに関するデメリットはあるのか?


『ありません。が、強いて上げるのならば、貴方がたの魂はこの世界で過ごされるので、その分だけ魂の経験が増えるという事でしょうか。もっとも、仮に元の世界に戻って「異世界の神になった」などと主張しても、貴方がたの世界で信じる者は居ないでしょうが』


そりゃそうだ。下手に言いふらせば、最悪病院にぶち込まれるな。


なら、私達が神である事を途中放棄して、元の世界に帰ることは可能か?


『可能です。ただし、ある程度の環境づくりと、生命は創造して頂きますが。この世界が安定した上ならば、貴方がたの帰還を認めましょう』


我々が不慮の事故、もしくは故意によって死亡した場合は?


『原初の神を殺せる存在は、ほぼ存在しません。ですが、世界レベルの危機に瀕した場合にあり得る事態ではあります。ですが、貴方がたの魂はこの世界の存在ではないので、貴方がたが明確に害された瞬間に、魂は弾き出されて元の世界に帰ることとなります。これは仕様上の安全策ですので、ご了承ください』


…じゃあ、3つ目。我々を抽選したと言うが、それはどういう基準で選んだのだ?


『その魂の性質、特色、思想などを吟味した結果です。また、貴方がたが肉体を離れた魂である事も考慮しております』


肉体を離れた魂?それは、まさか…


『はい、貴方がたは死亡した存在なのです』


その一言に、我々は思わず固まった。

或いは、という思いがあったが、目の前でそう宣言されると、少なくないショックを受ける。…そうか、死んでいるのか、私は。


『ですが、貴方がたの魂は、この世界…つまり私に所有権がありません。現在、こちらの都合で呼び寄せましたが、魂が元の世界に戻れば、元の場所で新たなる生を得られるでしょう』


転生、というやつか。


…しかし、死者とは。それが我々の正体だと。

だが、死んでなければこんな状況にはなるまい。その一言は、不思議と魂の奥底に浸水した気がした。

しかし、驚愕に震えていても仕方がない。

私は、最後の質問をする。


最後に。…貴方が悪魔ではない、という保証は?


睨むように言えば、世界は少しだけ黙した。

実際、胡散臭い事この上もない。しかし、こちらの生殺与奪はあちらが握っているのならば、魂だけでも元の世界に帰るなりするには、あちらを信じるしかない。

まあ、つまりはただの皮肉交じりの確認だ。


『…貴方が私を悪魔であると認識すれば、私はそうなりましょう。貴方が私を神と認識すれば、そうなりましょう。全ては、貴方の認識の儘に』


ああ、つまり好きに解釈しろってことか。なら、こっちは勝手に解釈しようか。

お前は敵か味方かよくわからん何かだ!明らかな事など何もないからな!


…と、そこで男が呆れたように声を掛けてくる。


「んで、確認は終わったのか?あんたはどうするんだ?」


…まあ、相手が悪魔だったら帰れないんだろう。死んでるなら、戻っても転生するだけでつまらないだろうから、どっちにしろ楽しそうだから残るけど。


「はぁっ!?じゃあさっきの質問はなんだったんだよ!?」


確認は大事、これ基本ね。というか、何の確認もなしに承諾するほうが不用心だろう。これでもしも相手が悪魔で、こっちにとって都合の悪い事を、わざと教えないで転生させるつもりでいた場合はどうするんだ?


「…あっ!?考えてなかった!!」


あかん、この人いわゆる脳筋だ。

同じように少女もビックリしてるんで、なんかもうダメかもしれん。

はっはっはー!と笑って誤魔化す二人になんとも言えない視線を向けていると、「世界」は我々に告げた。


『ならば、貴方がた三名を、この「世界」の原初の三神に任命します』


言われると同時に、目玉からビームが放たれて我らに降り注いだ。そして閃光が頭上から透過するも、さしたる苦痛も衝撃も無かったので、恐る恐る顔を上げる。ただ、形容しがたいモノが身の内を通っていった気がした。うん、気味が悪いというか、ゾワゾワした。…これが任命?

狼狽する我らを置いてけぼりに、「世界」は事務的な口調で言った。


『では最初に、世界を作り出しましょう。この世界に足りないものを、貴方がたが作ってください』


足りないもの?


「足りないものだらけだよね~?」

「なんっにもねぇな!どうすりゃ作り出せるんだ!?」

『イメージを。想像は認識により創造に至ります』


イメージだって。イマジナリティを発揮しろってさ。


「んっふっふ~!それじゃ、あたしが一番最初にやっちゃうよ!この世界に足りないのはね~、ズバリ!大地だよ!」


大地を指差す少女が、言葉を発した瞬間、


闇の底が眩く光り、少女を中心に、波のように岩の大地が広がっていったのだ。


「…………………うわぁ」


これには少女も指さしたまま茫然自失だ。

実際、私も驚いている。

次いで、じわじわと湧き上がってくるのは興奮か。

男もフルフルと震えながら快哉を上げていた。


「…すっげぇ!本当に神になったって感じだぜ!これが神の奇跡ってやつかよ!?」


ううん、しかしどうなってんだろう、これ………いや、ファンタジーに現実の法則を見出すほうが間違ってるな。うん、ファンタジーだもんな。


私がちょっと現実逃避している間に、次は男が大声を出して、天を指さした。


「そんじゃ俺も!大地があるなら、やっぱ空だろ!抜けるような青空に、でっけぇ太陽だ!」


次の瞬間、男が差した指先から光が迸り、一瞬で白の空を、青く広がる蒼天に染め上げた。そして、その指の差し示す先には、煌々と照りつける偉大なる太陽が。

光り輝く陽光が岩の大地を照らし出し、ようやく最低限の枠組みが出来た感じがする。


「すごいすごーい!お日様ができたー!」

「はっはっはっ!こりゃ爽快だなぁ!まるで神話のようじゃねーか!」


確かに、創世記っぽくはあるな。……じゃあ、神様らしく、私も何か作るとしようか。

一応、順番として守ってくれているらしく、二人はワクワクと私が何を作るかを見つめている。あんまり見ないでくれる?恥ずかしいから。

はてさて、世界に足りないものか………大地は荒野で緑も無いし、生命も居ないし、海も無い。空は雲もないし、星も無い。作る物はまだまだたくさんある。


だがしかし!待って欲しい!!


これは創世記だ。この世界が出来上がる素晴らしい一歩なのだ。

そして、我々は原初の神。ならば、三人とも別個の領域を作り出すべきだろう。

っていうか、追従するのはなんか嫌だし。ちょっと中二心が刺激されるのだよ。中二病、それはロマンなのだ。


………さて、空を見上げて気づいたのだが。

太陽が動いていない。

それだけじゃない。空気が動いていないのだ。大気の問題かと思うけども、重力とかは作ると同時に発生しているようなので、これは認識の問題だろう。

きっと少女の中で「重力があるのは普通」という認識があったからこそ、大地に重力が発生しているのだ。たぶん。

それと同じように、男が作り出した空には大気もあるはず。だが、世界は静まっている。

………ふむ、それじゃ私は、


天を指差し、私は言った。


「時を作ろう」


その瞬間、指先から光が輝いて世界を覆い、世界に「時」という概念が生まれた。

空気が凪ぎ、太陽が動き出したのだ。


「へえ!世界が動き出したな!太陽がすごい勢いで沈んでいくぜ!」

「…あ、夜になった」


少女の言う通り、太陽が地平に沈んで、真っ暗になった。

暗いのもアレなので、私は天を指さして、月を作った。

太陽光を反射する現世での月じゃなくて、自らが微かに輝く、宵闇のランプのような月だ。

うむ、こうして世界に夜が出来たのだな。完璧じゃないか。


「それじゃあ、俺は雲を作ろうかな!まだまだ作るもんはいっぱいあるし!」

「じゃ!あたしは海を作ろーっと!それとねー森も!川も作らなきゃお水が飲めないしね!」


そんな塩梅で、各々がそれぞれの作り出した領域で活動を始めた。イメージさえ掴めれば、なんかあっという間にコツを掴むことが出来た。



我々が創造に夢中になっている間に、いつの間にか世界の目玉は見えなくなっていた。空はもう青空になっているので、奴が居たという跡も無い。見えなくなっても、あの目玉がまだあそこにあるのだろうか?

…まあ、別にいいか。

兎にも角にも、私は私の領域で創造を始めよう。


さーて、何を作ろうかな?



※※※



【 混沌の泥闇の果てより、原初の三神が世界に降り立った。

  神々は光り輝く体で闇を払い、混沌より世界を作り始めた。


 一柱は大地を造り、海を生み出し、多くの生命の礎を築き上げた。

  すなわち、母なる大地神にして海神、ティニマである。


  一柱は大空を造り、その身を太陽に変えて、世界に光の恩恵を与えた。

  すなわち、父なる天空神にして太陽神、ヴァーベルである。


  一柱は時を造り、夜を呼び寄せて月を浮かばせ、世界に眠りの恩恵を与えた。

  すなわち、隣人である時空神にして夜神、ルドラである。


  3日で世界は混沌より形作られ、4日に摂理を構築し、

  5日にして生命を作り出した。

  これこそが、原初の時代に到来した、世界の黎明期である。

                          「始祖創世口伝」より】


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