変身

HiraRen

序章

序章

序章


 スマホの目覚ましで今日も目が覚める。


 目覚めは悪くない。


 薄い汚れの目立つ天井の壁紙が見え、半円のLEDの傘が平穏に張り付いている。

 狭い単身者用の台所に目を向けると、小窓から午前の日差しが縞目に差し込んでいた。


「今日も、今日とて……」


 小さく口の中で呟く。


 両手があり、両足があり、そして自分を自分と認識することが出来る。

 今日も変わらず、俺の今日が始まる。


 そう認識できる瞬間だ。


 ここ数年、目覚めの瞬間にはそう思うようになってきた。

 ゆっくりとベッドから立ち上がり、洗面台に立つ。

 自分の顔がそこにはある。

 もう若くない。整っているわけでもない。

 顎の下にたまった老廃物のような脂肪は、醜いだぶつきを印象付ける。

 顔を洗い、歯を磨き、舌をブラシで拭う。

 冷蔵庫からハムとチーズを、パントリーから封を開けていない食パンを取り出し、ナイフでそれをスライスした。今日は薄めに。

 湯を沸かし、紅茶の支度をする。

 汗で湿った寝間着を洗濯機に、パンツも併せて放り込む。若さを失いかけている自分の男性器が太腿にあたる。貴腐葡萄のようでありながら、成長不順のような房に見える。


 この男性器が金になる。


 そう思う一方で、この男性器に途方もない魅力を抱く連中が汚らしく思えた。

 全裸のまま台所へ戻り、湧いた湯で紅茶を淹れる。

 トーストは焼かず、そのまま具材を挟み込み、レタスがないかと冷蔵庫を開いたが見つからなかった。そのため、淡泊な味のするハムチーズを口に運んだ。

 テレビをつけ、午前十一時過ぎのワイドショーに目を向ける。ワイドショーが重要なのは、そこに表示される時刻であり、本日の日時だ。それ以外は特に重要な話題はない。


 全裸で朝食を食べながら、俺は『彼ら』の事を思い出す。


 美しい男性器を持った少年たちの事だ。


 彼らはいま、学業とともに夢に向かって歩めているのだろうか。


 そう思う一方で、『そう思ってはいけない』と戒める自分もいる。


 俺は誘い人。


 彼らの夢を担保し、保証する銀行屋のようなものではない。


 俺は誘い人。


 カフカが示す『変身』とは異なる脱皮を提供する者。


 それ以上でも、それ以下でもない。


 それ以上は考えない。


 俺は『変身』を促す触媒に過ぎないのだから。

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