俺に恋する乙女はヤンデレしかいない。でも今回のヤンデレJKは、ヤンアホだった件
チクチクネズミ
第1話 その少女、道を違える
ピロピロピロ
携帯の画面には非通知と表示されていた。
今日は金曜日、会社から帰った時間となればあいつから電話がかかってくる。俺は画面をスライドして電話を受けると青臭い少女が甲高い声を震わせながら聞こえてきた。
『田辺さん今どこにいるかわかる?』
「またお前か。もう勘弁してくれ」
電話越しに聞こえてくる嬉々とした震え声に、疲労感がのしかかる。
俺はいわゆるヤンデレストーカー女に付きまとわれている。営業での打ち合わせにレポートを書き上げてやっと安息のひと時の週末を過ごそうとした矢先に、毎週彼女からかかってくる。
『ねえ、私ずっと田辺さんのこと追いかけてたんだよ。それなのにひどいよね。急にいなくなるなんて』
「ああ、ひどいものだ。だったら俺の気持ちもわかってくれるよな」
『うん。わかってる。私と田辺さんとを引き裂くものを消さないとね』
「……わかってないだろ。俺が言いたいのは
道に迷ったならすぐに電話しろっていうことだ!」
『だっ、だって。田辺さんが帰り道で信号待ちしている時間を共有したくて、赤信号になってから青に変わってまでの四十二秒待っていたらいつの間にか見失って』
「俺帰り道のルート変えてないぞ。毎週追いかけているならそろそろ覚えろ! 今どこにいるんだ」
『ずびぃ、わかんにゃい』
あきれ果てて、ため息も出ない。しかし電話の向こうからは鼻水混じりの涙声が聞こえてくる。秋も深まって寒くなる時期だ。道に迷って放置するわけにもいかない。
「とりあえず電車には乗ってきているんだよな。近くを探すから待っていろ」
『はいっ! 一日千秋の思いでお待ちしております』
布団の上に落としたジャンパーを拾い上げて、スーツのまま彼女を迎えに行くことにした。
***
通勤路は家に入る前と違い日が沈んでとっぷりと暗くなり、道のLED街灯が瞬いている。
信号で待っていたのなら駅前の近くにいるはず。駅に近づいていくと街灯以外の明かりが増えて、視界が明瞭になる。駅前ロータリーが見えてくると、手前の信号でボブヘアーの学生服を着た少女が街灯の下で佇んでいた。
制服はこの辺りでは見かけないブレザータイプで、服の高級そうな質感からしていいところの学校の生徒であろう。大人っぽさが醸し出す制服に反して、少女の目の大きさが彼女の幼さを醸し出している。
その少女との視線がぴったりと合う。いや少女から目を合わせてきた。見つめてくるその眼が母親を見つけたようなキラキラした目で、俺の鳩尾目がけて飛び込んできた。
「お待ちしておりました田辺さん! この
「出会い頭に飛び込んでくる癖はやめろって」
「申し訳ございません。久しぶりにお会いすることに興奮しすぎてしまいました」
久しぶりって、今朝俺が駅から降りてくるときにチラチラ電柱の後ろから見ていただろ。
「とりあえず俺の家に着いたら、親御さんに連絡するから」
「はい、一つ屋根の下で週明けまで田辺さんにご奉仕させていただきます」
「迎えに来てもらう。今日中に」
腕に体を絡ませてすり寄る上好に辟易しながら、家に連れて帰る。もちろん他意はない。
上好との出会いは今年の四月の駅構内。上好はこの時新入生で、学校への行き方がわからなかったそうだが、駅の構内で迷子になるとはこのころから方向音痴癖があったみたいだ。
「学校まで送ってやろう。出勤まで時間はある」
送り迎えしたら遅れるのは確実、その場でついた嘘だった。だがこの駅から交番まで距離がある、入学式にまでに間に合わない。俺の遅刻覚悟で送り届けるほかない。
彼女を学校までに送り届けたのは入学式のギリギリ九時五分前。始業には確実に間に合わないが、間に合ってよかった安心感が勝っていた。
「このご恩は一生忘れません。必ずお返しします」
九十度の角度で礼儀正しくお辞儀をしてくれた。がこの「ご恩」が裏返ってしまった。
上司に遅刻のことを激詰めされて、遅刻した分を埋め合わせるために定時の時間を後ろ倒しにさせられて働かせられてやっと会社から解放されると、上好が会社の前で立っていた。
「田辺さん。お待ちしておりました」
俺の勤め先の前にいたことで嫌な予感がしたが、俺の名前を口して予感は確信に変わった、なぜなら一言も勤め先も名前すらも彼女に話していない。
つまり目の前の彼女は偶然ではなく、俺に会いに来た。
「……どうしてここにいるのかな?」
「それは当然、旦那様を迎えに上がるのが妻の務めですから」
ただの親切心で一目ぼれされてしまったようだ。それも重度の。
普通の人からすれば、こんな恋愛重篤者は別れるか病院に叩き込むかの選択をするのだが、いまだにその選択肢を取ってないのは今まで会った女性の中で一番無害だからだ。
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