僕は夢中で嘲笑う(下)
23.僕は夢中で嘲笑う(下) <前編>
久しぶりに感じる痛み。
その痛みは、骨が砕けるような、嫌な音と共に体中を駆け巡った。
「ガ!」
悲鳴にもならない声が口から漏れ出る。
視界は真っ暗に反転し、脳からの指令が届かなくなった体は、勢いに従うまま、背中の方へ倒れていった。
「あ…あ……」
「く…ぅ…」
耳に聞こえるのは、2人分の悲鳴。
ピクっと、指先の感覚が戻ってきて、乱雑に動かすと、私の右横の方の何かに触れられた。
感触からして、さっきの流れからして、それは慧の体だろう。
「痛……」
鈍い痛みが体中を駆け巡る。
痛みに歪めた表情…グッと痛みを堪えて目を開けると、霧に包まれた世界の中に2人分の人影が見て取れた。
「…は…初めてにしては、上出来かな?」
「どうだろうな。こいつらまだ生きてるぜ」
その人影は、私達を見下ろして何か言葉を交わしていた。
その内容は、ハッキリと聞き取れるのに、何故か意味を理解できない。
私は一瞬、パニックに陥った感覚を受けたが、それは直ぐに消えていった。
「とりあえず」
それは、2人の内1人が私を抱え上げたからだ。
乱雑に持ち上げられた私は、頭を揺さぶられて痛みに悶える。
半開きになった口からは、悲鳴にもならない声が漏れ出ていた。
「一発でやり過ぎたかな」
私を抱えた主は…どうやら女のようだ。
彼女は私の体を雑に扱い、放り捨てる。
捨てられた先…そこは硬い地面ではなく、柔らかかった。
「やり過ぎたんじゃねぇか?あの余裕は何処へやらって感じだぜ」
男の声と共に、私の横にもう一人…慧であろう人物が捨てられる。
彼の身体は柔らかい床に反発して少し跳ねると、私の横にピッタリとくっ付いてきた。
まだ、私の頭は混乱している。
半開きになった口…半開きになった視界は、白い霧に包まれた不鮮明な世界が見えていた。
「ああ、見ろよ。この血だもの」
「あー…結構尖ってたんだねぇ…それ。でも、彼らは死んでないみたいだ。死んでないなら、僕らは元の世界に戻れないんじゃない?」
「そうだがな。話を聞いてやろうって決めただろ?丁度良いじゃねぇか」
「んー…この様子だと、マトモに会話が成り立ちそうに無いけどね」
不鮮明な世界。
目の前に見える2人分の影から会話が聞こえてくる。
「あー……」
私は必死に頭を動かし続け、ようやく視界が鮮明になって来た。
視界が鮮明になり、思考が鮮明になる。
今私が居るのは、生徒会室の応接用ソファらしい。
私達が何処に居て、さっきまで何があって、何が起きたせいでこんなことになっているのか…記憶が脳裏に洪水のように押し寄せてきた。
「…?慧。彼女、回復してない?」
私の変化に気づいたのは、白い髪を持つこの学校の制服を着た女子生徒。
"白い霧の世界"に取り込まれた私ではなく、"現実世界"を生きる私だった。
「……」
半開きになった口を閉じ、顔を伝う血と涎を拭う。
自分の意志で体を動かせることを確認した私は、焦点の定まっていなかった眼を2人の男女の方に向けた。
「やってくれたな」
私の横からも声が上がる。
視線の左側でピクっと反応した体…"私から見てホンモノ"の慧の声には、明らかな怒気が含まれていた。
「やってくれただぁ?あんだけ煽っておいてやられる覚悟が無かったとは言わせねぇぞ」
慧の声に反応したのは、"現実世界"の慧。
彼が手にしているのは、血が付いた透明な"鈍器"。
形状から察するに、ガラス製の盾だろうか?
「まさかアンタらにそこまでガッツがあるとは思ってなかった」
慧はさっきまでの弱々しさが消えて威勢の良い男を相手に言い返す。
薄ら笑いをしているような声。
私は彼の右腕がそっと眼前に上がっていくのを横目に見ていた。
「俺等に勝てるか試してみるか?"偽物"さん達よ」
2人を前に、慧は右手を掲げ、ギュッと握りしめた。
「ここは俺等の世界なんだぜ?」
そして、パチン!と指を弾く。
派手な爆発音とともに、目の前の2人が生徒会室の外に吹き飛んだ。
「彩希、立てるか?」
「ええ。もう大丈夫」
「行くぞ」
目の前で2人が吹き飛ぶ様を、じっと見ていた私に慧が手を差し伸べる。
手を取って立ち上がり、まだ頭から流れてくる血を拭うと、ゆっくりと生徒会室の扉の方へ顔を向けた。
「……俺等に何の恨みがある?」
扉の向こう側、白髪の女を庇うように立つ男が叫んだ。
彼らの背後にはヒビの入った壁。
2人の所々に血の跡が見えたが、痛みに顔を歪めるだけでそこまで辛くなさそう。
吹き飛ばされ、壁に叩き付けられた割にはそこまで傷は深くなさそうだ。
「恨み…恨みと言うよりは清算だ。この世界で、俺等が殺すべき人間はお前等で最後なのさ」
「清算…これまで俺等を散々この世界に引きずり込んできたのもお前か?」
「ああ。俺達だ。俺達の世界に引き込んで、見せてやっただろ?今まで何度も俺等を殺してきた奴等を」
「知らねぇよそんなこと」
「そうか?やっぱそっちの2人は俺等と違うのかな」
慧は"現実世界"の慧にそう言うと、床に落とした金属バットを拾い上げる。
「さて、何人も引きづり込んでは殺してきたが、今回はアッサリ殺したくないのでね。ゲームと行こう」
そのバットの先で、廊下に立つ2人を指した慧は、楽し気な声色で言った。
「最後の狩り位、楽しくたっていいだろ?俺はお前を、彩希は白髪の方を追い詰めて殺す。20数えたらスタートだ」
「20!」
一方的な宣言。
慧がカウントダウンを始めると、2人は目の前から消える。
「ちょっと楽しくなってきた?」
カウントダウンの最初だけ叫んだ慧の横で、私がボソッと呟く。
慧はニヤリと笑うと私の肩をポンと叩く。
「ただ殺すだけなら直ぐだしな」
「時間稼ぎは彼らの為?」
「…分かってて言うか?俺等の為だよ」
「やっぱり」
「これが終わったらどうなるかなんて、分からないからな」
生徒会室に佇んだまま、言葉を交わす私達。
気づいたら、20カウント以上の時が過ぎていた。
「さて、探しに出るか」
「別々に動く?」
「……そうだな」
一歩目を踏み出した私達。
そのまま生徒会室を出て廊下に出て、生徒玄関前のホールに来たところで歩みを止めた。
「あの2人はどうせ離れてないでしょうけど。別れない?」
私はそう言って慧の方に顔を向ける。
彼は、少し意外そうな表情を浮かべて私の事を見返した。
「また会えるように努力するの」
「そういうことか」
考えを告げると、慧は意図を汲んでくれたらしい。
頷いて、小さな笑みを浮かべると、来た道の方へ振り返った。
「非常階段の方から回ってくわ。もし、向こうが2人でいたら分断させてくれるか?」
「1対1にするって?」
「そー。自分同士でケリ付けたいだろ」
「乗った」
ホールの真ん中で、私達はグータッチを一つ。
それから互いに背を向けて、ゆっくりと歩き出した。
慧は非常階段の方へ。
私は普通の階段の方。
数歩歩いて、階段までたどり着き、背後を振り返ると、慧の姿はもう見えない。
白い霧の中に消えてしまっていた。
「さて」
私は手をパン!と叩き合わせて一つ深呼吸をする。
「偽物退治と行きますか」
そう独り言を呟いて、私は階段を上り始めた。
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