行き過ぎた指導
15.行き過ぎた指導 <前編>
私達は再び学校に現れた。
相も変わらず霧の中…少しは晴れてくれればいいのにと思うようになった頃。
社会科担当の教師を生きたままミイラに仕立て上げた時以来、私達は当ても無く霧の中を彷徨い歩いていたから、この霧にいい加減飽きて来ても文句は言われないだろう。
誰かの都合で殺されて、何度もやり直した果てがこの世界だというのなら…
私と慧は再び過去袖を通した制服に身を包み、今度は別の教室の中に現れた。
2度目の学校…驚くことは無く、私達はそれぞれの机を突き合わせて時間を無駄に使う。
「この間のミイラ男の時から、またちょっと変わったよな」
目の前の席に座る慧が、机に肘をついた姿勢で言った。
私は椅子の後ろで手を組んだ格好で聞いて、コクリと頷くと、机に頬杖をつく。
「彩希、アイツどっかで見たか?」
「見てない。"向こう側"に居る間に、見た覚えが無い」
「…ほー」
「ね。目が覚めたら、また私達を殺すんじゃない?」
私はそう言ってクスッと笑う。
慧の問いかけに、私の答えに、その口調は冗談そのものだった。
「なんて。慧も見たことはあるでしょ?」
「…高校の教師になってたな」
「微妙に違ってた」
私はそこまで言うと、笑みを消す。
「ただ、こっちに呼び寄せてはいない。だから慧が呼んだのだとばかり」
そう言うと、慧は驚いた顔を見せる。
「驚いた。俺も読んだ覚えがない」
予想外の彼の回答に、私も彼と同じような表情を浮かべる。
「ちょっと変わったってのも、あながち冗談じゃないのね」
「らしいな」
机を挟んで2人。
焦るわけでもなく、ただ、ここに居るだけ。
私達は顔を見合わせると、ふーっと溜息をついて体の力を抜いた。
私は慧の手元に手を伸ばすと、ツンと彼の手を突く。
「どうしたよ」
「いや、何も」
私達は何をするでもなく、ただ、その場でだらけていた。
「……ん?」
そんな、力もやる気も抜けきった私達の耳に、何か物音が聞こえてくる。
私は直ぐに顔を上げて、慧の方に目を合わせた。
彼も同じように私に目を合わせる。
「誰かいる?」
「らしいな」
「学校で、あのミイラ男以外に殺されたっけ?」
「さぁ…覚えてない。ま、見れば分かるだろ」
物音が聞こえてから、私達の目に生気が宿る。
この間からどれだけの時間が経ったのか分からないが、久しぶりの狩りだ。
私達は席を立って、やらなくてもいいのに、机と椅子を元に戻すと、教室を後にした。
今いる教室は2年3組。
外は昼間の様だ…曇り空の下、霧が白く光っている様に見える。
私達は3階から2階…1階へと階段を降りて行った。
「家庭科室の包丁、優秀だったよね」
「そういえば」
1階に降りた後、この間と同じように家庭科室に寄って…慧と私で1本ずつ包丁を手に取って、音がした方へと歩いていく。
「この先は…技術室か」
「だね」
慧と2人。
私達はまだ、誰がここに呼び出されてきたのかも分からない。
ただ、私達が歩いていく最中にも、誰かの足音や声が霧の奥から聞こえてきた。
「………」
「ああ…」
その声を聞いていくうちに、私達は誰がやって来たのか、微かに人物像が浮かんでくる。
その声を聞いていくうちに、彼に何をされたのかが頭の中で鮮明になっていく。
私達は顔を見合わせて、身振り手振りだけで言葉を交わさずとも思っていることが一致していると確信できた。
学校での死は、ミイラ男の印象が強すぎて忘れていたが、彼にやられた事もそれなりに強烈だ。
廊下を歩いて、霧の向こう側に"技術室"の表札を見つける。
その表札が掲げられた角を左に曲がって、少し進むと技術室に突き当たる。
私達は手にした包丁を後ろ手に隠しながら、その部屋の引き戸を音を立てて思いっきり開いた。
「わ!」
向こう側の霧の奥。
技術室の中央付近に居た人影が驚いてこちらに体を向ける。
見るからにイライラしていそうな顔、態度、姿勢…見ただけで、私達の表情は少し呆れたものに変わった。
「お前等…ココは一体何なんだ!」
開口一番、聞こえてくる怒号。
私達は一瞬身を竦めたが、直ぐに男をじっと見据える。
「学校ですが」
「知ってるわ馬鹿!俺が言いたいのはそうじゃない!この霧は何なんだ、何故お前等2人がそこにいるんだ?」
「生きてるって…そう言われても」
男の怒号に、思わず小声になる慧。
私も、彼の質問を聞いて思わず首を傾げた。
まさか、私達がこうやって立っている事がおかしなことらしい。
「病院に連れていかれたはずだ。事故でな」
「事故?」
「ああ!あれは事故だった!」
「すいません、何を指してるのか…」
「煩い煩い煩い!お前等さえ居なければなぁ…」
カンカンに怒った男。
取り付く島もないとはこのことだ。
慧は冷静に受け答えしていたが、徐々に眉をピクつかせていく。
「お前らは勘が良すぎた!余計なことまでやってくれたな。そのせいで!」
目の前の男は、まるで私達に言い訳をするように捲し立ててくる。
私達は顔を合わせると首を傾げた。
正直言って、意味が分からない…この世界に、霧の中に取り込まれたのはまぁ…彼のやってきたことを考えれば当然だが、今の目の前の彼はどうもパニックに陥っているらしい。
「俺は殆どを失ったんだ!今更、この年でただの教師だけをやれってか?え?」
その顔は真っ赤に上気しており、汗がびっしょりだ。
言っている内容から考えるに、私達があの男に殺される前に、彼との間に起きたちょっとした問題のことを言っている様だが…それは逆恨みにも甚だしい。
彼が生徒会に居る私達に、彼が受け持つクラスに関する頼みごとをしてきて、私達はそれに応えたまでに過ぎない。
ちょっと、彼が放置してきたいじめ問題を表面化させて、少し大騒ぎにさせてやっただけの事だ。
暫く放置していた問題…それを事細かに調べ上げて、彼を含めた大人たちに愚直に報告したまでの話。
「何のことを言っているのかは知らねぇが…オッサン、俺らがここに居るのにはちゃんと訳があるんだぜ」
男の喚き声を縫って慧が語気を強めて言う。
「なんだと?」
男は突然の事に、更に頭に血が上ったらしい。
今にも血管が破裂せんばかりの勢いだ。
「この霧の中に来たってことは、アンタ、俺らに恨まれてんだよ。その様子じゃ、俺らにやったことはちゃんと覚えてんだよな?」
慧は一歩も引かずにそう言った。
「何が事故だ、今時指導に金属バット持参で来るやつなんざ居ねぇだろ?」
「……!」
「最後のトドメは何だった?この教室にある物が使われた気がするなぁ?」
「慧は先に逝ったから覚えていないだろうけど、そこの旋盤だったかな…慧は。私は…ああ、そこのホールソー?っていうのでお腹に穴を開けられたっけ」
彼の言葉に、私がボソッと状況を付け足す。
流石に慧の前で、ホールソーでお腹に大穴を開けられる前、全身に青あざを作った私が男にされたことまでは言えなかった。
「…ち、違う!そこまではやってない!俺じゃない!」
私の言葉に青ざめた男。
真っ赤になった顔が一気に青くなった変わりように、私は少しだけ口元を笑わせた。
「あら、じゃ、"今回の"貴方は青あざ程度で済ませてくれたのかしら?」
「ああ…ああああ…そうだ。そうなんだ!」
「の、割には随分と青い顔してるけれど、まさか、ここに私達を連れてきた後の記憶は無いのかな?」
私はそう言って、技術室の入り口から…ゆっくりと、私に止めを刺したホールソーのついた電動工具に元まで歩いていく。
「慧をサッサと"分解"して…」
「止めろ止めろ止めろ!」
「お腹に穴を開けられて、その後はココだったかな」
私は男を揶揄うような口調で、頭を指さす。
「ま、折角、この霧の中に来たのだから…私と慧にやったことを"息があるうちに"体験してもらわないね」
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