祭りの最中の鳥居下で

8.祭りの最中の鳥居下で <前編>

「綿あめにお好み焼きに焼きそばに…チョコバナナにトロピカルジュース…良くまぁ腹が膨れないもんだよな」


横を歩く幼馴染が呆れ顔で僕を見た。

僕の手には先程買ったトロピカルジュースが入ったプラスチックカップと青いチョコが塗られたチョコバナナが握られている。

僕は小さくはにかんで両手を顔の左右まで持ち上げて、お道化て見せた。


「朝は食べたけれど、昼は食べてないからね。それに僕は労働者だ。立ち仕事だし、暇とは言えそれなりに動いてるんだから、これくらいは平気さ」


そう言って見せると、慧は苦笑い顔を浮かべたまま首を左右に振る。


「……俺には無理だな」

「あれ?小食だったっけ?」

「高校に入ってからなー…動いてるっちゃ動いてる方だと思うが、部活やってないとやっぱ萎むわ」

「今から動いてないと、20代30代でガタが来るのさ。何でも良いから動いていないとね」


僕はそう言うと、半分ほど食べていたチョコバナナを一気に頬張って、ゴミになった割り箸を丁度通りかかったゴミ箱に捨てる。


「適当に見て回るだけでも楽しいものだよね」


8月…この街で毎年行われるお祭り期間が今年もやってきたから、僕は慧を誘って祭りに繰り出していた。

葵と一博も誘ったのだが、彼らは用事があるらしいので、今日は僕達2人だけ。

僕は浴衣、慧は甚平を着て…雰囲気だけは場に合わせていたものの、祭りの何を目的に来たわけでもない、ただただ場の空気に酔いに来ただけだ。


「毎年来てもよ、別に変わってるものなんざないのにな」


適当に出店を一回りした所で、適当な柵に腰かけた僕達は行き交う人を眺めながら駄弁り始める。

食べ物飲み物以外、僕達が用のある出店は無かった。

昔は…くじ引きとか、金魚すくいとかをやったが、今はそれをやりたいとも思わない。


「食べ物だって高いんだけどね。味の割に」

「その割にはバクバク食ってやがったがな」

「雰囲気代みたいなものだよ。こんな時じゃないと浴衣も着ないだろう?」

「まぁ…な」


柵に腰かけたまま、僕達は次第に口数を減らしていく。

今日、彼と会って、互いに普段と違う格好なものだから、適当に格好を弄って…祭りに来てひとしきり周るまでは話が続いたのだが…話題も無くなってしまえば、僕達は無口になってしまう方だ。


黙って一緒に居られるだけでも良い…と言うと、何とも楽な関係なのだろう?と言いたくもなるが、この無言の間には、互いに口に出来ない…というよりこの場で口にするべきではない話題の影がチラホラと覗いてきている。

さっきまでの盛り上がりはその話題を忘れるためだけに取り繕った姿…本当は、今日2人切りになれた瞬間から、その話題の話をしたくて仕方が無かったのだ。


「彩希、もう一周回るか?」


会話が続かなくなって少し経った後。

慧が尋ねてくる。


「…僕はどっちでも。慧は?何か食べたいとかあった?」


僕はそう言って彼に決定権を委ねた。


「いいや。十分…なら、ちょっとこっから離れようぜ」


そう言って、慧は柵からヒョイと飛び降りる。

僕もそれに続いて彼の横に並んだ。


「帰るには早いよね」

「ああ…まだ明るい」

「どっか寄ってくか」


歩道の脇を歩きながら、僕達はこれからの時間をどう使うかを考え始めた。

暇ならば祭りでも周って、偶に再会する同級生と昔話にでも花を咲かせる位すれば良いのだが…

僕達は言葉で言わなくとも、互いに2人きりになれる場所が欲しかった。


そこにロマンチックな意味合いは無い。

あればどれだけ良かっただろうか…と思っても、現実逃避すると次の瞬間には霧の中に立っている自分が居る。

僕も慧も、この間巻き込まれた霧の中で起きた出来事に関しての話がしたかったのだ。


「この辺って何処かあったっけ?」

「古き良きファミレスなら」

「ファミレス?」

「そう。個室カラオケ付きの」

「……彩希、そりゃ居酒屋だと思うぜ」

「良いんじゃない?僕は働いてるんだし、慧は多少なりとも減点があってもお釣りが来るでしょ?」


僕はそう言ってニヤリと笑って彼の反応を見る。

呆れたような、それよりも何処か僕がこれから言うであろう言葉が分かっているかのような表情を浮かべた慧がそこに居た。


「その裏は?」

「知り合いの店」


彼に問われて、素直に白状する。

慧は何とも言えない表情を浮かべて両手を上げた。


「だと思った」

「でも、良いんじゃない?個室だし、カラオケがあるなら防音性もある」

「オマケに晩飯付きってか」

「そう。どうせ祭り時なんだから、夜が少し遅くなる高校生が居たって不思議じゃない。ましてこんな格好ならね」


僕はそう言って彼に浴衣の袖を見せつける。

彼の顔をじっと見つめて、彼の表情の変化に気づいた僕は、悪戯に成功した子供のような表情を浮かべて見せた。


「決まりだね」


 ・

 ・


「さっきの僕にはあれだけ呆れてたのに、慧も大差ないじゃないか」


父の知り合いがオーナーをやっている居酒屋チェーンにやってきて、テーブルの上に料理が運ばれてきた後。

僕は並んだ品々を見ながらそう言って彼をおちょくった。

メインになりそうな料理が3品に、あとはそれなりの量のサイドメニュー…正直、男女2人で食べる量じゃない数が並べられている。

僕は刺身定食だけ、一方の彼は焼きそばにオムライスに…フライドポテトに枝豆、タコ唐揚げに適当な刺身の盛り合わせと、本当に1人で食べるのだろうか?という量を頼んでいた。

まぁ…サイドメニューは僕も食べるのだろうけれど…この量を見て、僕と彼で捌き切れる気は正直しない。


「久々に動いてようやく腹が減って来たんだ」


彼は僕の追及をサラリと交わすと、割り箸を2人分取って、片方を僕に寄越してくれた。


「ありがと」


僕は箸を受け取ってパキンと割ると、自分が頼んだ刺身定食に手を付ける。


「ま、話し込んでりゃ片付くだろうぜ」

「……そうであることを祈るよ。あと、今度朝のランニングに付き合ってね」

「考えとく」


そうやって、会話が続く限りは何時も通りの…軽い間柄のような会話が続いていく。

それも料理に手が付き始めて直ぐに途絶えて、僕達は無言で箸を動かしては取って食べるだけになっていった。


「……」

「……」


互いに無言になって数分後。

食べる速度が遅くない僕達は、最初に手を付けた料理を殆ど食べ終えようとしていた。


「そろそろ本題に入るか。彩希、分かったことあるって言ってたよな?」


均衡を破ったのは慧の方。

僕はコクリと頷いて見せる。

話題は…互いに言わなくても分かる。

僕の家で霧の中に取り込まれ、公園の中で刺殺体を見つけたあの時の事だった。


「あれから…色々と調べてみて、あの時倒れてたオッサンが誰かわかったんだよな?」

「ああ…喫茶店に客で来たんだ。クレカ払いで署名もなかったから、それ幸いと署名させるついでに名前を聞いてね。そしたら萩本って名乗ったよ」


僕達は箸を止めて会話に入り込む。

ずっと話したかったことだけれど、周囲の目が怖くて話せなかった話…その話題になってしまえば、僕達は今まで以上に饒舌だった。


「年は分からない?」

「流石にね。でも、あの霧の中で見た姿とそう変わってないから、同じくらいなんだと思う」

「ほう…」

「慧の方は?…嫌な仕事を任せたような記憶があるんだけど」


僕の手柄の後は、彼の手柄の話だ。

あの霧の中で、僕達はある可能性を見出して…それを慧が調べることになっていた。


「…葵と一博の事だよな?」


それは、身近にいる親友を疑ってかかるという話。

そのきっかけは、あの霧の中で見た女子生徒の数少ない特徴だった。


「あんな髪型をしてるやつなんざそれなりに居たって思ってたが、思い返せば彩希と葵位だったもんな」


慧はそう切り出した。


「卒業写真は互いに見たから良いとして、学校でもパッと見てみたんだが、彩希や葵みたいに、バッサリと切りそろえた髪型の女って、居ないな」


それは髪型の話。

ショートボブの髪型を持つ女なんて、この世の中にゴマンと居るものだが…僕と葵の髪型…昔から姉妹のようと言われるほどによく似た髪型は、少し特徴的だった。


「だよね。シルエットになれば尚更目立つもの」


僕はそう言って自分の白髪を触ってみる。


少々フワッとした髪質で丸いシルエットを象った髪は、前髪は眉の付近でぱっつん状態で切りそろえられ…

横髪が一番長く、そこから後ろ髪に向けて一定の角度で上がっていくように切りそろえられていた。


大抵のショートボブなら、切りそろえるといってもそこまで厳密じゃなかったりするだろう。

だけど、私達のそれは、神経質なまでにビッチリと切りそろえられている。


さらに言えば、一番外側を構成する髪が一番長く…内側に入り込むほどに徐々に短くなっていくという不思議な切りそろえ方もしていた。


「子供の頃にさ、連れてってもらって今も通ってる美容院の女の人の得意な切り方なんだって」


私はそう言って彼に目を向ける。

慧はコクリと小さく頷くと、少し神妙な顔つきになった。


「それが一点…あとは、学校で聞こえちまった話なんだ」

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