夕闇に染まった校舎内で

3.夕闇に染まった校舎内で<前編>

「なるほど?…こういう状況になんてなったことあったっけ?」


僕は横にいる幼馴染の男の子に向けて尋ねた。

影林慧…僕にとって一番付き合いの長い友人で…僕が一切気負わずに会話できる唯一の友人だ。

彼は何も言わずに首を横に振ると、周囲の光景を見回し始める。


ここは、夕闇に染まりつつある中学校の生徒会室。

部屋にかかっている時計を見る限り、下校時刻はとっくに過ぎている。

僕も彼も、今の自分の認識にあるよりも少し若い姿で…互いに懐かしい制服姿だった。

中学時代と言えど、たかだか1、2年前の事なのだから…互いに余り変わっていない様にも見えるのだが…それでも、気づけるくらいには背は低くなってるし、昔の制服姿も相まって、互いの姿は幼く見えている。


懐かしい生徒会室…

何処かで使っていたお下がりをそのまま使っている為に、無駄に豪華な応接セットが中央に鎮座していて…壁際にはびっしりと本棚が並んでいる。

部屋の奥には数人分の机があって…何か仕事があるときはそこに座ってやっていた。

窓から見える景色から、ココが少々高い位置にあるという事が分かる。

4階建ての校舎の4階…更には、1つしかない階段から数えて一番奥にある教室がココだ。


そんな場所に、私と慧が2人。

もうじき夜の闇に包まれそうになっている部屋に、何故居るのかと問われれば、僕も彼も明確な答えは持ち合わせていなかった。

ただ…私の視線からは何が起きているのか?というのは大体察しがつく。

懐かしいこの空間を包む霧…それがある限り、自分の人生で4度目の"不思議な空間"に迷い込んだ事は間違いなさそうだった。


「どうしようか?」

「どうするっても…どうにかできるか?」

「出来ないけど、黙ってここに居て夜を迎えるよりかは良いんじゃない?」

「…それもそうか」


僕達は周囲を見回して、この霧に包まれた生徒会室に居ても何のプラスにもならないと思い始める。

明かりも点いていない、闇と霧に包まれ出した校舎…心細くない訳は無かった。

僕は彼の横にくっついて左腕を取って自分の右腕と絡めた。


「頼りにしてるよ?」


徐々に現実感が増し…それと共に不安が募っていく。

この空間で気が付いた時よりも、少々声が震えていた。


「…こっからなら家に帰りたくなるけどな」

「それでも良いよ。ここから出られるなら」


僕と慧は生徒会室の扉を開けて廊下に出る。

僕達の発する音以外は、何も聞こえてこない。

慧は周囲を見回してから、僕の手を引いて階段の方へと足を進めた。


「…知ってるぜ?誰もいないんだって」

「一人か二人は居るかも知れない」

「だとしたら…きっとソイツ等はとっくに死体か何かさ」


ゆっくりと、これまた懐かしく思える廊下を進んでいく。

慧はその途中…廊下に置かれた戸棚に立てかけられていた鉄パイプを取って握りしめると、僕を掴んだ手を少し後ろにやった。

そして、そのまま階段まで歩いていき…慧はそっと階段の下の方へと顔を出す。

僕は今まで歩いてきた廊下の方へと振り返り…それから周囲を見回した。


「不気味だね」

「ああ」

「慧もこういうのは苦手?」

「慣れないな。普通に暮らしてて、こうやって急に巻き込まれる。頭がどうにかなっちまったんじゃないかって」


階段の手前で慧はそう言うと、僕の方へと振り返る。


「…それを相談しに来てみたら、この様だ。変なのに巻き込んじまったな」

「ううん。良いの。僕も最近こういうのに悩んでたから」

「そうなのか?」

「そう…冬になる前あたりから…時々。何時も一人だったけど、今は慧が居てくれるからちょっと心強い」


僕は彼にそう言って、握った手に少し力を込める。

そして、フリーになっている方の手で、階段の下の方を指さした。


「進もう…進んで、ココから抜け出して…話はそれから」

「ああ。なら…この先に何があるか、想像できてるな?」

「うん。誰なのかは分からないし、僕達が手を下すのかどうかも分からないけど」

「…行くぜ」


慧がそう言って階段に足を踏み出す。

僕も手を引かれてその後に続いた。

慧が言った通り、"想像"は出来ている…この学校の中で、今回僕達に"殺される"人間が居るか…もしくは既に事切れた遺体が転がっているか…だ。

多分…僕や慧が"自我がある"状態だから、後者…何処かに遺体が転がってる。

慧に"自我がない"のなら、前者かもしれないが…立ち振る舞いから何から何まで、昔から慣れ親しんだ彼のようにしか見えないから、それは無いだろう。


「……!」


ゆっくりと階段を降りて…3階…2階に差し掛かった時だった。

僕達の耳に、初めて僕達以外の音が聞こえてきた。

僕はビクッと体を震わせて、慧の腕を掴む手をギュッと握りしめる。

彼もそれなりに驚いたようだったが、僕に腕をギュッとされた方が余程驚いたらしい。

こちらに顔を向けて僕の顔をじっと見ると、小さく笑ってポンと頭に手を乗せてきた。


「ごめん、痛かった?」

「全然」


慧はそう言うと、直ぐに音がなった方に顔を向けなおす。

僕は彼の背中に隠れつつ、彼と同じ方向をじっと見つめた。


「職員室の奥か?」

「多分…」


音がしたのは、2階の奥の方から…

生徒会室があった場所の下あたりからだと思う。

そこまで行くには、保健室や職員室の前を通り過ぎ…左右にロッカーが並んだ廊下を抜けて…更には校長室をも越えて行かなくてはならなかった。


つまり、僕達でも行った記憶が数度しかない場所。

確か…空き教室のようになっていて、その中は物置と呼ぶのもどうかと思う程に散らかっていたはずだ。


「…行こう」


慧がそう言うと、僕はコクリと頷いて彼にピッタリついて歩きだす。

霧に囲まれた空間である以上、普通に家に逃げ帰ったところで抜けられないということは、互いに確認せずとも理解できていた。

これまでの経験から、霧の中の世界は必ず誰かの"死"を観測して終わる…

それを知っていたから、僕達はわざわざ気味の悪い廊下を進んでいく。


「もう夜になりやがった」


慧が途中の教室に立ち寄って、入り口にかかっていた非常用の懐中電灯を取って明かりを付ける。

さっきまでは夕暮れ時のオレンジ色の光がチラホラと入っていたから、まだ遠くまでを見通せたが…今はもう、すっかり夜…光源が殆どない校舎内は暗闇の中にあった。


懐中電灯の黄色い光が廊下を照らす。

職員室の前を抜けて、更に廊下を奥へ奥へと進んでいった。

ゆっくりと進んでいっても、廊下の突き当りまでやって来るまでにそう時間はかからない。


廊下を歩いている間も聞こえてきた物音…

その音が聞こえてくるのは、見立て通り…廊下の一番奥にある空き教室だった。

僕は部屋の前までやってくると、今まで以上に慧を掴む手に力が入る。

彼も額に汗を一滴浮かばせていて、暗闇の中で見えた瞳は強張っていた。


「……」

「……」


互いにアイコンタクトを取った後、慧はそっと扉に手をかける。

そして、意を決して扉を開くと…僕達はその中の光景を見て動きを止めた。


「何もない?」


目に映って来たのは、記憶の片隅にある…物置小屋のように使われていた時と同じ散らかった様子。

中に入って、あちこちに懐中電灯の明かりを向けてみても、どこからあの音がしていたのか皆目見当も付かなかった。


「あ…」


入ってすぐはそう感じていたのだが…部屋を何度も見回して、僕は一つ違和感を感じる場所を見つけた。

慧の注意を引いて、その場所を指さすと、慧はそこに懐中電灯の光を当てる。

懐中電灯の光に照らされたのは、少々錆びついた古いロッカーだった。

周囲に物が散乱しているから、最初は何も気に留めなかったのだが…よく見ると、ロッカーが開く程度には周囲の物が避けられているように見える。

僕は慧の顔をじっと見つめていると、彼は僕の方を見返して、それから言葉を告げずにロッカーを指さして見せた。


「……」


僕はコクリと頷く。

慧も同じように頷いて、そして2人揃ってロッカーへと近づいていった。


ガタン!


「「!!」」


ロッカーの前に立った途端、ロッカーの中から先程も聞こえた物音が鳴る。

その音は、近くで聞くと嫌悪感を感じるほどに良く響く音だった。


僕は半泣き状態で彼にしがみ付く。

彼も驚いている様だったが、少々の苛立ちの方が勝ったのだろうか?鉄パイプを持った方の手で、ロッカーの取っ手に手をかけると、僕を守るように立ちながらそれを勢いよく開いた。


ドサッ!


中からは、麻袋の様な物にくるまれた人型大の何かが倒れてくる。

僕と慧はそれから一歩後退って、倒れてきたそれをじっと見つめていた。


「……ひ、人かい?それは…」

「だろうよ?…」


僕達は動く気配も無いそれを前に、引きつった表情で言葉を交わす。

懐中電灯で照らして…よく見ると、脇腹のあたりに包丁が刺さっていて、そこから流れ出ていたであろう血液が赤黒く固まっているのが見えた。


「死んでる……」

「……多分……」


それを見た僕は、目の前にある遺体…と思われるもの見て、徐々に頭の中がスーッと軽くなっていくのを感じた。

体中から力が抜けていき…彼にすがるように寄り掛かる。


意識が遠のき、視界がボヤける前…最後に視界に映ったものは、僕のことを見て何かを叫ぶ幼馴染の姿だった。

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