第74話・ギルバードの鷲は特別なようです

 わたしの不安を取り除くように彼はほほ笑んだ。


「すぐに戻るから。外の様子を見てくる。だから待ってて」

「うん」


 彼に向けた返事は、頼りない心から出たものだった。暖炉の前で膝を抱えて待っていると、彼はすぐに戻ってきた。


「ジェーン。お腹すいてないか?」

「……ギルバード」

「僕の飼っている鷲のルアが運んできてくれたんだけど……」


 ギルバードは編み籠を手にしていた。中にパンやハムやチーズが入っていて、小さな葡萄酒のボトル瓶も二本入っていた。


「凄いわね。あなたの鷲って。でも、これをどこから持ってきたのかしら?」

「僕のいたテントからだ。軽食とワインは移動中も切らさないように用意していたから」

「ずい分と気が利いているのね。あなたの鷲って」

「まあね」


 こんなことスティールでも出来なさそうだわ。と、思っていると、ギルバードが苦笑していた。


「何かあった場合の為に、色々と教え込んでいたから」

「そうなの? あなたには驚かされぱなしだわ」

「まあ、食べようよ。ジェーン。お腹すいた」


 籠を突き出してくるギルバードは、邪気がなさそうに見えた。籠の中のチーズやハムを見ていたら、お腹が小さな賛同の声をあげていた。窓の外からはカサッと音がする。何の音かと、びくついたわたしにギルバードは言った。


「ルアに外を見晴らせているんだ」

「えっ? 鷲って昼行性ではないの? 鳥目とか聞くし、夜は動かないんじゃないの?」


 夜だというのにルアに食事を運ばせたり、外を見張らせるだなんて可能なのかしら? 前世の記憶を頼りに聞いて見ると、ギルバードは笑った。


「良く知ってるね。ジェーンがそんなことを知ってるとは思っても見なかった」

「前に……お父さまからそんな話を聞いたような気がしたから」


 まさか前世の記憶からなんて言える訳がないので、お父さまから聞いたのだと嘘を付いてしまった。この国の者は前世の記憶持ちをあまり良くは思っていない。人間は皆、死んだら天国にいくと国教であるルシアス教の教えを頑なに信じているので、前世の記憶を持っているという事は、なにか天国にいけないほどの罪を犯して、再び人生をやり直すようにと神の意思によって生まれ変わらせられた罪深き人と思われる為である。


 その為にわたしは前世の記憶が蘇っても、そのことを誰にも明かせずにいた。


「そうだったね。きみの義弟も隼を育てるぐらいだし、パール公爵も鷹狩りは名人の域に達していらっしゃったね。鷲は昼行性だけど夜も視力は衰えていないし、鷲の中でもルアは特別なんだ。僕のお願いを彼女は何でも聞いてくれるんだよ」

「そうなの。鷲の心も掴んでしまうだなんて、あなたも只者ではないわね?」


 ため息を漏らすと、ギルバードはくすりと笑いながら手にしたクロワッサンにハムとチーズを挟んで渡してくる。お腹のすいていたわたしは、それにありがとうと言いながらかぶりついた。

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