💎ヒロインは死にたくないので婚約破棄します!

朝比奈 呈🐣

第1話・ヒロインに転生していたようです



  

  ぱた……ぱたぱた……ぱたぱたぱたぱたた……

 

  鳩が一羽、二羽とはばたき、それに煽られるようにして数羽が飛び立つ。無数の鳩の羽ばたき。鳩が飛び立って視界がクリアになると、目の前に巨大な大理石の建物が姿を現した。青空の下、何の曇りもない真っ白な輝きは、揺るぎ無い教義を現しているかのようだ。


 アマテルマルス国の国教として定められたルシアス教。そのルシアス教の総本山として王都の中央に位置するダラスカル大聖堂。そこの教徒としてわたしパール公爵令嬢ジェーン・シルバーは、許婚のギルバート・シーグリーンとここで半年後に挙式をあげる予定となっていた。


「圧巻だね。ここで半年後、ぼく達の挙式があげられるなんて。楽しみだよ。ねぇ、ジェーン?」


 隣から暢気な明るい声がする。先ほどまでは頭にモヤがかかった状態で、彼のことを何でも受け入れていたけれど、教会の時報を告げる鐘の音で頭の中がすっきりと晴れていくなかで蘇ってきたものがあった。ある記憶を思い出したのだ。


「半年後、挙式……?」

「ジェーン? どうした?」


 固まるわたしを前に、爽やかな笑みを浮かべ顔を覗き込んで来る美しい男。彼は宝石のエメラルドのような緑色の髪に新緑の瞳をしていた。彼の名はギルバート・シーグリーン。わたしより二つ年上の許婚で現在十八歳。父親が先代の王よりの廷臣で宮廷内でも名のある貴族ということや、彼自身、宮廷一の美貌を誇り若い貴族女性たちの目を惹いた。


(ありえない)


 つい、先ほどまでこの世界がおかしいだなんて思いもしなかったのに、こことは違う世界の前世の記憶を取り戻したことで違和感が湧いてきた。自分達がいるのは大きな白い聖堂の前。その広場は周囲をレンガの建物が取り囲む。その道路は見知ったアスファルトで舗装された道路ではなく、石畳が延々と続き、その先では馬車が行きかい、人々は西洋の中世の時代の服装をしていた。まるで映画のセットの中に自分が飛び込んだようである。人々の姿もまた不思議なことに緑や青や赤などといった髪色をしていて、瞳の色も青や緑と様々なようだ。


 前世の自分は、この世界よりも文明が発達した世界で、黒髪に黒い瞳が当たり前の日本人として暮らしていた。未婚女性で会社勤めをしていた。そのせいかこの世界の人の容姿には抵抗を感じる。前世の自分ならコスプレーヤーなの? カラーコンタクト? と、反応しそうなところだが、現世の自分はこの世界での記憶もあるので取り乱すことはなかった。ただ妙な感じがするだけだ。現在の自分はこの世界を生きるジェーン・シルバーに、前世の記憶が加わった形だから。


 前世といっても丸々全て思い出したわけじゃない。死んだ経緯を思い出したのだ。結婚を約束していた彼の裏切り。それによって心の癒しを求めるように始めた乙女ゲームにはまり、命を落としてしまっただなんて浮かばれない前世だった。恋愛擬似ゲームに夢中になるくらい前世の自分は純粋に傷ついていたらしかった。


「鳩の羽ばたきに驚いたのかな? ジェーン」

「ギルバード」


 瞠目する間に脳裏に色々な事が蘇ったわたしは、彼に気遣われて瞬きを繰り返した。ここは前世の自分が夢中でしていた乙女ゲームの中の世界に酷似していた。どうやらその「ときめきジュエルクイーン」の中の世界に転生したみたいなのだ。

このゲームのヒロインはジェーン・シルバー。パール公爵の一人娘で十六歳。銀髪に青い目をした清楚な感じの美しい令嬢。そのジェーン・シルバー本人に転生したと知っても単純には喜べなかった。

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