第9話 『人切り包丁である美術品』を持つ幼女の隣にいる『高学歴作業員』

 誠は覚悟を決めた。生まれて初めて『死』を恐れない『勇気』を持った。


 可愛らしい、『偉大なる中佐殿』であるクバルカ・ラン中佐は高級外車を降りてからずっと、右手にある長い『魔法のステッキ』を持っていた。


 それが、『クロガネのなんたら』だったらいいなあ、と想像して興奮していたのは事実だった。仲間と主の為に命を張って『騎士だ!』とか言って、『捨て駒上等!』で世界の平和を守ってくれるなら素敵だと勘違いしていた。


 『闇』とでも戦ってそのバトルを萌えながら鑑賞したいと思っていた。


 だが、隣で誠と同じように『駄目人間』に軽蔑のまなざしを送っている彼女の手には『関の孫六』が握られていた。そう、彼女は『人を切り殺せる機能のある文化財』の上手なユーザーなのである。


 誠の運命は『死してしかばね拾うもの無しの『大江戸捜査網』なのである。昨日実家で見た懐かしの時代劇が、最後のドラマになる覚悟を誠はしながら嵯峨に冷めた視線を送った。


 誠は人生捨てていた。


 嵯峨は雑誌の入った袖机を未練がましい目で何度も見た後、誠に向き直った。


「それより……誠、一つ言っておくことがある」


 いつも母に向ける真剣な表情の嵯峨がそこにあった。


 元々嵯峨はアラフィフなのに、見た目は二十代半ば、そして長身で筋肉質な上に二枚目に見えないこともない。格好を付ければそれなりに決まるのである。


「なんだ?聞いてやる?」


 もう頭の中で『煮るなり、焼くなり、勝手にしろ!』と啖呵を切っている誠は、高飛車にそう言い放った。


 その態度にニヤリと笑った後、嵯峨は机に座ったまま頭を下げた。


「ごめんなさい。全部私がやりました。誠の『社会人人生』を『すべて』ぶっ壊したのは私です」


 突然謝罪されて、これまでの誠のどういう捨て台詞を残そうかと言う考えが吹き飛んだ。


 ただ、『死』を恐れなくなった誠はもう『このいかれポンチ』に徹底的ダメージを与えることだけを考え始めた。


 誠の目は『据わっていた』。


「なんでやった……『駄目人間』。オメーだけじゃねーだろ。誰がやった……言ってみろ、『脳ピンク』の若い見た目の中年」


 ここまで来たらこのキャラで押そうと誠は強気で乱暴な口調を続けた。


 嵯峨は顔を上げて自白を開始した。


「ここの全員。まずさあ、就職活動のインターン五社。一社もメーカー系が入ってないから、これは潰しとこうってことで、これを全部潰した。電話やらネットでお前さんのあることないこと書き込んで人事関係者に曝したら、どんな担当者も手を引くわな普通。うちの隊員全員で手分けしてやった。全員共犯」


 誠は思い出した。大学3年から始まる企業のインターン。担当者が次第に誠を汚物扱いするようになり、最終的にはすべてが立ち消えになった。


「そんなことしても、お前さんを欲しいという酔狂な会社があるの。2社役員面接まで行ったとこ、あったよね。そこにトドメを刺したのが、隣の『人間の出来た魔法幼女』永遠の8歳」


 誠はランの『孫六』を奪い取って討ち死にする機会をうかがっていた。


 突然、突っ伏して泣き出した理解不能な自称46歳の『駄目人間』の行動を理解できずに呆然と立ち尽くしていた。


 『駄目人間』は『アレ』な怒りの目でランをにらみつけた。


「ラン!おい!ラン!『人類最強』!『鉄騎』!つーか、オメエは『魔法少女』じゃん!俺が生まれる前から8歳幼女じゃん!リアル『魔法少女』!まんま『魔法少女』!いいよな。お前さんは受け入れられて!俺はその『呪い』から絶対逃げ続けるからな!」


 怒りに震えて立ち上がった嵯峨は、そう叫んでランを指さす。


 ランはと言えば否定するわけでもなくニヤリと笑い、『孫六』を握りしめる。


 ランがリアルに存在する『魔法少女』だという現実を受け入れられなかった誠は、『魔法少女』以降は誠には意味不明なのでスルーした。


 ランは急に表情を消した顔で誠を見上げた。誠は怒りに震えながら、かわいらしいランをにらみつける。


「トドメを刺したのはアタシだ。オメーが幼女にしか欲情しないド変態で、その嗜好を実行にうつしてやったことを演技と妄想でしゃべったら、落ちるわな、ふつー。あと、どちらも英語できなきゃ管理職になれねーぞ。オメーの語学力じゃ無理。定年まで『係長』か『主任』で終わるのは嫌だろ?だから潰した。思いやり溢れてるだろ?アタシ。『魔法少女』だから、オメーみてえな『ロリコン』の客層をキープしておく必要があるわけだ。一般社会でそれが『恥ずかしい』と自覚されると困るんだ、アタシ等」


 そう言ってニヤリと笑う。


『こいつ等全員悪党だ!そして!『魔法少女』ってなんだ!噂じゃ『永遠』に8歳幼女の姿らしいぞ!『永遠なんてない!』』


 誠の心の中はそんな思いで満たされた。


「もし、俺や中佐殿のお眼鏡にかなう会社だったら、別に俺達は悪さしたりしないよ。まあ、うちでもお前の『才能』が貴重だから。お前さんのこと待ってたここの全員が押しかけて、お前の近所が大変なことになるかもしれないけど」


 そこまで言って嵯峨は顔を上げ誠を見てニヤリと笑う。


「待ってたんですか……僕を……」


 誠は誰かに必要とされているという言葉に少し心を動かされた。


「誤解するなよ。お前にそんな可能性がある。その『才能』で自分達を危機を救ってくれるかもしれない。そう思っただけだ。俺達はお前に納得できる人生を送ってほしいの。でも、それを選ぶのは神前誠。お前だ。決めるのはお前。いいじゃん自分の人生だもの、選択肢があるなら選びなよ」


 嵯峨が言いたいのはここに残るかどうか選べという事らしい。


「今……決めなきゃいけないんですか?」


 誠はおずおずとそう言った。


「別に、期限なんて野暮なもんは切らないよ。悩んで考えて結論という奴を出しな。それまでうちの所属と言う事で東和宇宙軍に話は付けてある」


 静かにそう言うと嵯峨はテーブルの上に置かれていた見慣れない銘柄のタバコを取り出して火をつけた。


「逃げたきゃ、逃げな……逃げられれば……の話だけど。全部、逃げ道つぶすよ。それは俺の『自由』。それも『自由』。なんでもアリなんだ、世の中」


 誠は愛する母が最悪の知り合いを持ってしまった事実に気づいた。


「神前。オメーの『力』がアタシの『戦争』に必要なんだ」


 小さなランがそう言った時にすでに誠は言葉を口にする力が無かった。


「『外道絶滅戦争』ちょっと『外道』の定義は独特だが、……エリートの軍人と家族は全員『絶滅対象』の『外道』だ。そいつ等の首をアタシの『文化財』である『孫六』の機能『首ちょんぱ』で絶滅する予定だ。『税金』でカタギの庶民を苦しめた罪は重いんだ」


 ランはそう言って『殺戮者』の眼光で誠を見つめる。


「それってただの人殺しじゃ……」


 さすがに気の弱い誠も目の前で殺戮宣言をする幼女に、弱弱しく口答えをした。


「知ってるよ。本来戦争を始めるのに必要な心構えはそれだ。アタシはいつも、その覚悟で戦争をしてる。アタシはこれからもそうするつもりだ。オメエはそれが間違っているというなら、それを止めて見せろ。アタシの殺戮の『進軍』は、アタシがオメーと出会った瞬間から始まった。そんだけ」


 自分のせいじゃない!心の中で誠はそう叫んだ。


 しかし、ランは少し誠を安心させるように微笑んだ。


「……アタシはそんな兵隊共の『戦争』がうんざりしたから。基本的に『戦争』はしない。だから、アタシの『戦い』は軍事武装警察の『戦い』なんだ。『戦争』と『戦い』の違いが分かんねーなら、オメーの鉄砲はBB弾にしろ。『ダンビラ』はピコピコハンマーに替えろ。それでそのアタシのやりたくねー『戦争』とやらをすりゃ、人は死なねー、安全だ」


 小さなラン。『偉大なる中佐殿』は教え諭すように誠にそう言う。


 可愛らしいランを死んだ目で見つめていた嵯峨の視線が誠に向く。


「中佐殿の『戦い』の場を提供するのが俺の仕事でね。俺は基本『悪党』。『策士』。最初にするのは『土下座外交』。負けねえ為には手段は選ばねえんだよ。こんな立派でかわいい部下を犬死させるわけにはいかねえからな」


 そう言って嵯峨は焼酎をあおる。


「神前。悪い人達に目を付けられたね、世の中、厳しいんだよ。現実認めなさい。ま・こ・と・ちゃん」


 放心しながら誠は目の前の『悪魔』を見つめていた。隣で『孫六』が引き抜かれる音が聞こえた。


 誠は跪いて『斬首』される瞬間を待つことにした。

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