人生そんなに甘くない。~傭兵から騎士になったけど規律にウンザリして辞めた結果~
夜夢
第1話 傭兵から騎士へ
俺はガルム・ウォーレン。何かに秀でた能力があるわけでもない単なる傭兵だ。今この国は平和だ。理由はあれだ、王が勇者召喚とやらを使い、違う世界から勇者を呼び出したのだ。
呼び出された勇者は凄まじい速度で魔族を狩り、人類共通の敵である魔王を倒した。そして魔王を倒した勇者は凱旋し、この国の第一王女と結婚したのである。
これには全ての民が諸手を挙げて喜んだ。普通の物語ならこれでハッピーエンド、全てが綺麗にまとまったはずだ。
だが、幸せではない者も少なからず存在している。それが俺や俺と同じ仕事をしている傭兵だ。
「……暇だなぁ」
「あぁ……暇だ」
全ての驚異が消え去った。つまり、俺達傭兵は全員御払い箱になってしまったのである。
この世界には冒険者なんて都合の良いものはない。そして魔法もない。あるものはスキル、ただそれだけだ。
このスキルというものは生まれた時に必ず一つだけ授かる。それ以外に習得方法はない。気付いただろうか、この世界は恐ろしく残酷だという事に。
生まれた時にしかスキルは授かれない。つまり、生まれた瞬間に優劣が決まってしまうのである。スキルはその性能からF~SSSランクに階級分けされている。今回の勇者はこのランクで言えばSSSランクのスキルを有していたらしい。
だが勇者召喚には当たり外れもある。今回偶々当たりを引き、世界が平和になっただけ。それだけの話だ。
かく言う俺も自慢じゃないがSSランクのスキルを有している。だが戦がなければそんなものは何の取り柄にもならない。傭兵の行く末は穀潰しか野盗、または騎士かだ。だが騎士になるためには厳しい試験を乗り越えなければならない。戦う事しかしてこなかった傭兵にこの試験は超難関でもある。まさに受かれば天国、落ちればどこまでも沈んでいく地獄。
だが俺は何の因果かこの試験に受かってしまった。恐らく剣の腕と、それなりの教養があったからだと思っている。傭兵の中には字すら書けない者も多い。仲間達は試験に受かった俺を祝福してくれた。
俺は戦う事しか出来ないスキル持ちだったため、親が幼い頃から何があっても大丈夫なようにと字を教えてくれていたのだ。感謝しかない。
どうにかこうにか騎士となった俺だったが、そこは華やかな理想とは酷くかけ離れた場所だった。
騎士となった俺に待ち受けていたのは地獄の日々だった。戦う相手がいないにも関わらず、毎日朝から晩までひたすら訓練。さらに先輩騎士には絶対服従。もし逆らおうものなら懲罰という名のイビりが始まる。このイビりで俺と同じく騎士団に入団した者は次々と精神に異常をきたし去っていった。
「俺もう騎士辞めようかな……」
そう言っているのは同期の騎士見習いの男。俺達は今外壁の上部で見張りをしている。この見張りには何の意味もない。何故ならもうこの世界には驚異と呼ばれるものはないからだ。あるとすれば傭兵崩れの盗賊くらいだが、こんな高い場所から見張りをしてどうするのかと問い質したい。だがそんな真似をしたが最後、厳しい懲罰が待っている。
「辞めてどうするんだ?」
「実家に帰るよ。親父の畑でも手伝おうかな」
「……そうか、寂しくなるな」
この同期の男も俺とは違う場所で傭兵稼業に就いていたらしい。中々に優秀な男だけに、時代が時代だったら多くの民から名声を得ていただろうに。そんな男が平和な時代では何一つ価値がなくなってしまう。
翌日深夜、この最後の同期は騎士団から夜逃げした。どうやら訓練で上官相手にやり過ぎてしまったらしい。上官のほとんどは貴族の次男坊以下だ。家督を継げないこの者達が集まる場所が今の騎士団となっている。実に酷い世界だ。
「あ~あ、また玩具が一人消えちまったか。最近の若いやつは気合いも根性も足りねぇらしいな」
どの口が言うのだろう。偶々貴族の家に生まれただけの、大して戦えもしない者達がこれまで懸命に働いてきた傭兵をまるでゴミの様に扱う。
俺はこの状況に心底嫌気がさした。
「すいません」
「あん? ぐほぉぉぉぉぉっ!?」
後の事など何一つ考えず、俺は同期の男をイビっていた騎士をぶっ飛ばした。
「な、何をしておるかぁぁぁっ!!」
「もうウンザリだ」
「な、なにっ!?」
俺はそう吐き捨て両手に剣を構えた。
「き、貴様っ! 上官に歯向かう気かっ!」
「上官? 俺の目には上官なんて一人も映っちゃいねぇよ。映ってんのは腐ったゴミだけだ」
「こ、この若僧がぁっ! おいっ!!」
俺は周囲をぐるりと包囲される。
「上官に手をあげた貴様は私刑だ。しばらくベッドの上で後悔しやがれっ!!」
腐ったゴミ共が一斉に飛び掛かってくる。
「遅ぇな、おらぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ここで俺が授かったスキルの説明をしておこう。俺が授かったスキル、それは剣での戦いにおいては右に出るものはいないといわれている【剣神】と呼ばれるスキルだ。これを発動させると全ての能力が爆発的に高まる。その身は目にも映らぬ速度で駆け回り、剣閃は糸が走ったかのようにしか見えない。そこいらのボンクラ騎士程度では何人いようと俺は止められるわけもない。
俺はその場にいた騎士全てを峰打ちにし、この国を捨てた。次男以下のゴミとは言え、相手は貴族だ。俺は翌日国中に指名手配される事となった。
「がはははははっ! バカだな」
「うるせ」
そう言って笑うのはかつて戦を共に駆け抜けた傭兵団の頭だ。熊のような体格に豪快な髭をたくわえている。
「ま、こうなるだろうとは思ってたわ」
「知ってたんなら教えてくれても良かっただろ」
「がはははっ! それじゃ賭けになんねぇじゃねぇか」
そう笑い飛ばし、頭は仲間から金を集めていた。
「ちくしょー、まさか辞めるどころか指名手配されるとはなー」
「言っただろ、こいつは案外気が短けぇんだよ。がはははははっ!」
笑う頭に俺は言い訳をした。
「心外だな、俺は気が長い方さ。なに新人じゃ最後まで残ったんだからな」
「最後まで残ったのが間違いなんだよ。そんだけ我慢したから騎士を全員ぶっ飛ばして指名手配されたんだろうがよ。で、これからどうすんだ?」
俺は後の事など何一つ考えてなかった。
「さぁね。この国にはもういられないし、どこか適当に渡り歩こうかな」
「渡り鳥か。ま、それも良いんじゃねぇの」
この頭達は今商会の用心棒をしていた。平和になったが故に、今まで大人しかった盗賊が暴れ回るようになっている。先も述べたように、傭兵崩れが戦場を求め、悪の道へと進んでいるのである。
「もう行くのか?」
「ああ、何せ今の俺は重犯罪人だからな。頭、世話になった」
「……ああ。そうだ、一つだけ言っておくぞ」
「なんだ?」
「盗賊だけには落ちてくれるなよ? お前さんとは剣を交えたくないからなぁ」
「……善処するよ」
俺は長年生死を共にした仲間達に別れを告げ、国を出た。
「さて、国を出たは良いが……。この後どうしようか」
国を出た所で行くあてもない。もし向かうとしたら今までいた国より大きな国でなければ脅され、身柄を引き渡されてしまうだろう。なので向かうとしたら遠く離れた場所にいかなければならない。
だが俺はそんな遠くへ行けるほどの路銀は持ち合わせてはいない。なので俺は仕方なく北へと向かう事にした。北には魔王領と隣接していた軍事大国【キャバルリィ】がある。いや、正しくはあっただ。今は激戦の爪痕が深く刻まれたまま残され、国は崩壊している。これが魔王軍と勇者が巻き起こした事象だと言うから人間は誰も文句一つ口に出来なかった。
そんな元軍事大国跡は現在悪党共の根城と化していたはずだ。俺がいた騎士団とは違う戦い専門の騎士団が何度か討伐に向かっている。俺もそっちの騎士団に入りたかったが、平民は入れないので諦めるしかなかったのである。
「取り敢えず北に向かおうか。木を隠すなら森の中って言うしな」
この国には何の思い入れもない。故郷でもなければ恋人もいない。ただ仕事で駐留していただけの国だ。
俺は街道ではなく森を進んだ。街道は騎士団が巡回警備しているため、隣国に着くまでは身を隠しながら進むしかない。これ以上罪を重ねるとそれこそ私刑ではなく死刑になってしまう。
「あんなゴミ貴族に捕まって殺されるなんて真っ平ごめんだ」
そうして森の中を進む事一ヶ月、俺は今国境付近の山中にいた。国境には門があり、騎士団が四六時中警備しているため、隣国に入るためには目の前の山を越えるしかない。さらに、この山中には密入国を防止するための兵も潜んでいたりするので注意が必要だ。
「まぁ俺には関係ないが。剣神派生スキル【気配遮断】」
優れた剣士は気配すら悟らせない。剣神ならなおさら、俺はここに確かに存在しているが、誰にも知覚される事はないのである。
俺は気配を消しつつ国境を越えようと山に入った。そしてこの山中で俺は人生を変える出会いを果たす事になる。
「こんな山の中に女の子……?」
時刻は深夜、辺りは漆黒の闇に包まれている。月の光も背の高い木々に阻まれ、大地にはほぼ届いていない。
俺は関わるまいとその場を静かに立ち去ろうとしたが、ヘマをしてしまった。金属製のブーツが地面に落ちていた枝を踏み、音をたててしまったのだ。
「だ、誰じゃっ!? そこに誰かおるのかっ!」
「……」
俺はまだ相手には正確な場所はバレてはいないとふみ、後退を始めた。
「いるのはわかっておるのじゃ! 妾の【魔眼】には全て見えておるぞっ! お前は妾を殺りにきたのじゃな!」
見た目はまだ小さな女の子だが、口調はなかなか尊大だった。俺はそのギャップについ笑ってしまう。
「なっ! なにがおかしいのじゃっ! 妾を愚弄しておるのかっ! 妾は魔王の娘ぞっ!」
「な、なにっ!?」
愚かにもほどがある。自分から正体をバラすとはバカなのだろうか。
俺は気配遮断を解除し、両手をあげながら姿を見せた。
「悪いな、別にお前を乏して笑ったわけじゃないんだ。許して欲しい」
「なら何故笑った!」
「いや、見た目少女なのにやたらと古くさい言い回しがな」
「ふ、古くさいじゃと!? やはりバカにしておるな! これじゃから人間は……っ!」
少女は俺に杖の先を向け、何やら呟く。その行動に俺の剣神派生スキル【危機察知】が警鐘を鳴らす。
「おっと、俺に攻撃したら死ぬぞ」
「ハッタリか? たった一人の人間に魔王の娘たる妾が負けるはずもないじゃろう」
「いいや、負けるね。これは警告だ、俺に攻撃してきた瞬間、お前の首は胴体とお別れする事になる。何をするつもりか知らんが、命が惜しいならやめておけ。俺はお前なんてどうでも良いんだ。敵対しないなら見なかった事にする」
「むむむ……」
少女はどうするか迷った末、杖を降ろした。すると俺の危機察知は危機が去った事を伝えてきた。そこで少女が口を開く。
「妾を見逃すと言うのか。妾は魔王の娘ぞ」
「俺には関わりのない話だ。ここにいるって事は……大方魔王の敵討ちの為に単身勇者に復讐でもするつもりなんだろ? 好きにすればいいさ、頑張れよ。じゃあな」
そう告げ、俺が踵を返しその場を離れようとすると、何かにマントを引っ張られた。犯人はもちろん少女だ。
「……なにをする」
「お主……、こんな山の中で何をしておるのじゃ? まさか魔族を狩りに魔王領に向かっているのではあるまいな?」
「そんな所には行かねぇよ。俺は旧キャバルリィに向かっている元傭兵だ。さ、手を離してくれ」
だが少女はマントを掴んだ手を離さない。
「おかしいのぅ。それなら山の中ではなく街道を行けば良いではないか。何か後暗いから山中にいるのじゃろ」
「そうだとしてもだ、お前に話す義理はないだろ」
そう告げると少女は少しムッとした表情を浮かべこう口にした。
「……お前じゃない。妾は【リリス・バイモン】じゃ」
「はいはい。わかったからそろそろ離せよ」
「いやじゃ!」
「何でだよ!?」
リリスは俺の問い掛けに予想の斜め上をいく言葉を返してきた。
「お主、元傭兵じゃと言ったな」
「ああ」
「ならば……。お主、妾に雇われよ!」
「……は? 何言ってんの?」
俺の疑問は当然の事だ。リリスは魔王の敵討ちの為に勇者を狙っている。つまり人間の敵も同然だ。だがこいつは今その復讐に敵である人間こと俺を巻き込もうとしている。
「妾を見ても臆する事のないその度胸! 妾はお主が気に入ったのじゃ! どうじゃ、妾と組まぬか?」
「話にならねぇよ。俺に人類の裏切り者になれって言ってんのか」
「そうじゃ」
リリスは言い切った。受けるはずもない相手に言い切ったのである。
「悪いな、俺はまだ人間でいたいんだ。他をあたってくれ」
「こんなに頼んでもか?」
「くどい」
「むむむ……。こやつ、何故【魅了】が効かぬのじゃ……」
今なんか不穏な単語が聞こえたな。
「魅了? 今魅了って言ったかお前」
「そうじゃ。妾のスキル【魔眼】の派生スキル【魅了】は相手を虜に出来るはずなのじゃ!」
「……よし、攻撃してきたんだな? 死ぬ覚悟は良いな?」
俺は剣の柄に手を伸ばした。
「ま、ままま待つのじゃ! これは攻撃ではないのじゃっ! 元に効いておらんではないか!」
「効いてる効いてないの問題じゃねぇ。やったかやってないかの問題だ。俺は忠告したよな? さあ、祈れ」
「う……うわぁぁぁぁぁぁぁんっ!」
リリスは大声で泣き始めた。
「ば、バカか!?」
「むぐぅぅっ!?」
俺は急ぎリリスの口を手で塞いだ。
「見つからないように動いているのに大声で泣くやつがあるかっ! 警備してる奴らに見つかるだろうがっ!」
「むぐ……」
しかしどうやら一歩遅かったようだ。静まり返った山中にリリスの泣き声が盛大に響き渡り、警備にあたっていた兵が大勢でこちらに向かってきている。
「このバカがっ! 急いでこの場を離れ……」
そう言った瞬間はすでに時遅し。俺達は王国の兵士に包囲されていた。
「怪しい奴を発見! 一人は人間、もう一人は……ま、魔族です!!」
「ちっ、鑑定持ちかっ!! おい、正体がバレたぞっ!」
「あわわわわ……」
いきなり大勢に囲まれたせいか、リリスは怯んでいた。
「こ、こいつ……! 全然使えねぇぇぇっ!?」
魔族がこの場にいると知った兵士は一斉に武器を構えた。
「誰か勇者様に報告を! 我らはここで奴らを引き留めておくぞ!」
「「「「「おぉぉぉぉぉぉっ!!」」」」」
「ちょ、ちょっと待て! 俺はこいつとは関係な……」
その時だった。兵士の一人が俺を指差してさけんだ。
「あ、あいつは! 隊長っ、あいつ元騎士のガルム・ウォーレンですよ! 指名手配されてます!」
「な、なにっ!? おのれっ! 騎士団を一つ潰したばかりか……! 今度は魔族の手引きをするなどとっ! 貴様はそれでも我らと同じ人間かぁっ!!」
(不味い不味い不味い! 盛大に勘違いされているっ!)
その隣ではリリスがこちらを見上げニヨニヨと薄ら笑いを浮かべていた。ぶん殴るぞ。
「これは国家反逆罪である! 皆の者っ! 殺しても構わん! 奴の首を狩るぞっ!」
「「「「「おぉぉぉぉぉぉぉっ!」」」」」
終わった。この瞬間、様々な状況が全て悪い方へと向かい、俺は人類の敵認定されてしまった。
「ち、ちくしょうがっ! 全部お前のせいだぞこんちくしょぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「ほほほほっ、さあ我と組むのじゃ、ガルム・ウォーレンよ! ほほほほほっ!」
こいつ後で絶対ぶん殴る。
それからは散々だった。俺はリリスを小脇に抱え包囲を突破。そのまま森を駆け回った。
「これ、妾は荷物か?」
「黙ってろ! 捨ててくぞっ!」
「それは困る。のぅ、、人類の敵さん?」
やたらと嬉しそうなのが俺を苛立たせる。
「待てごらぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「うっせぇぇぇぇっ、この税金泥棒共がっ!」
「「「「死なすっ!!」」」」
売り言葉に買い言葉で、兵士達の怒りも頂点に達してしまった。もうやだ。
やがて山の中腹に出たのか、森から開けた場所に出た。そこで待っていたのは……。
「くっ、あいつはっ!」
「ご苦労さん。後は僕に任せてくれ」
目の前の開けた場所には勇者がいた。どうやら逃げているように思わせ、誘導されていたらしい。
「国家反逆罪の元騎士に、魔族だって? せっかく平和な世界にしたのに……。これ以上手間をかけさせないでもらえるかな?」
「ふ、ふざけるなっ! 妾の同胞をまるでゴミのように殺しておいてっ! そればかりか敬愛する父上までもっ!」
「父上? あぁ、まさかお前……魔王の娘か? なるほどなるほど。まだゴミが残っていたのか。これは僕の失態だね。すぐに失態は取り戻さないと……ふっ!」
「え?」
「バカ! あぶねぇっ!」
リリスの目の前で俺の剣と勇者の剣が火花を散らした。
「あ、あぁぁ……! ガ、ガルム!」
「へぇ……? 中々やるじゃないか。僕の剣を受け止めるなんて」
「そりゃどうもっ! おらぁっ!!」
俺は勇者に横凪ぎをみまった。だが勇者はその攻撃をバックステップで躱わす。
「リリス、あいつの相手は俺がやる。お前は後ろの兵士をやれ」
「わ、わかったのじゃ! し、死ぬでないぞ!」
「ふん、誰に言ってんだ。さっさとゴミを片付けて観戦でもしてなっ!」
俺は兵士達をリリスに任せ、勇者と一対一で向き合った。
「あんた人間でしょ? 勇者たる僕に刃を向けるなんて何考えてるの?」
「知った事か! どうせ捕まりゃ死刑だ。なら最後まで暴れたおしたらぁっ!」
「バカなやつだ。魔王すら倒した僕にただの人間が勝てるわけないだろう」
「ふん、やってみりゃわかるさ。来いよ、クソ雑魚勇者様」
「……ははっ、わかったよ。今殺してやるよ」
勇者は剣を正眼に構え、スキルを発動させる。
「これが僕のスキル【絶対正義】だ! 邪悪なる者よ、僕の剣の染みとなるが良いっ!」
絶対正義。悪なる者に絶対的な力を放つ勇者のスキルだ。だがよく考えてみて欲しい。俺はただの人間で、騎士は峰打ちにしただけで一人も殺しちゃいない。勇者が絶対的な力を向ける相手としては俺の悪は不足しているのである。勇者は悪たる者には強いが、それ以外の相手にはごく平凡な相手に過ぎない。それでも腕を磨き、確かな実力があれば良い勝負になったのだろうが、勇者は召喚されたばかりでろくに鍛錬もしていない。スキルに頼りきった愚者だった。
「相手を間違えたな、その刃は俺には届かねぇよ」
「え?」
俺は納刀した状態から一気に剣を抜き勇者の首に狙いをつけた。
「剣神スキル奥義一之型【一閃】……」
神速の剣閃が勇者の首元に走る。勇者はまるでその攻撃が見えていなかったらしく、剣を正眼に構えたまま俺が背後に駆け抜けるのを見ていただけだった。
「あ……ガルム!」
「「「「ゆ、勇者……様?」」」」
剣を正眼に構えたままの勇者に頭部は存在していなかった。消えた頭部は朱に染まりその足元に転がっていた。
俺は紅に染まったその髪を持ち兵士達に掲げて見せた。
「さて、次こうなりたい奴はどいつだ?」
「ひっ……! た、たたた退却っ! 退却ぅぅぅぅっ!!」
「「「「勇者様が殺られたぁぁぁぁっ!!」」」」
兵士達は勇者の亡骸を残し一目散に逃げ出した。
「情けない……。たった一人を相手に逃げ出すとは……」
「ガルム! ガルムガルムガルム~!」
「うぉっ!?」
危機が去った瞬間、リリスが正面から抱きついてきた。
「妾はガルムが勝つと信じておったのじゃ! 仇を討ってくれてありがとうっなのじゃ!」
「偶々だ。今回は俺が悪に染まっていなかったから勝てたようなものだ。勇者を殺って完全に堕ちた俺にはもう勇者相手に同じ事はできねぇよ」
「良いのじゃ! 妾は父上の仇を討ってもらえただけでもう満足なのじゃっ!」
リリスは額を腹筋にぐりぐりと擦り付けてきている。なんだろうこいつ、猫なのだろうか。
「さて、じゃあこの首はお前にくれてやる。ここでお別れだ」
「ん? 何を言っておるのじゃ?」
「は?」
俺はリリスに言った。
「いや、もう復讐は果たしたし、俺とお前が一緒にいる理由もないだろう。これを持って仲間の所に帰れよ」
「バカを言うでない。それはガルムが獲ったモノじゃ。それに、ガルムはもう人類の敵認定されてしまったではないか」
「うっ……」
そうだった。俺は逃げ出した兵士達の前で勇者を殺り、正式に人類の敵として認定されてしまったのだった。
「……はぁぁぁ。なんでこんな事に……」
地に膝をつき落ち込む俺の頭を満面の笑みを浮かべたリリスがそっと撫でる。
「ガルムよ、妾と参ろう! そして生き残った魔族を束ね、人類にしらしめてやろうではないか! 魔族は人間には絶対に屈しはしないとのっ!」
「それ……俺がやらなきゃならんの?」
「うむっ! まずは滅んだ魔王領に隠れ住んでいる魔族達を集めよう! そして妾と勇者を殺ったガルムがけ……け、結婚してだな!」
「け、結婚だと!? 俺が!? お前と!? な
何言ってんだ!」
慌てる俺にリリスは平然とこう言ってのける。
「何じゃ、歳か? なら気にせんでも良いぞ? 妾は百十才じゃからな! 少々早いが問題ないじゃろう」
「ひ、百十才で早い? いや、ってか百十才って……。ババアかよ」
「何を言うか! 魔族を人間の尺度で測るでないわっ! 魔族の百十才はまだ子どもと同じじゃ!」
「えぇぇぇぇ……」
この後、俺はリリスに無理矢理魔王領へと連れていかれ、隠れ魔族を集めさせられ、その場で結婚宣言されてしまった。
勇者の首を獲った俺に誰も反対する者は現れず、いやむしろ泣いて称えられ、俺は名実ともに魔王の娘の夫に据えられてしまう。つまり、俺は人間にも関わらず、当代魔王の座に就任してしまったのである。
それから何度か人間の連合軍が攻めてきた。だが、全て俺が一人で撃退している。やがて人間は諦めたのか、一切攻めて来なくなった。
では何故俺は一人で人間の連合軍を撃退しつづけられたのか。その理由はこうだ。
リリスと幾度となく交わった事で俺は人間ではなくなり、完全に魔族として生まれ変わってしまっていた。ここで一つ思い出して欲しい。命ある者は生まれた時に必ず一つスキルを授かるのだと言う事を。
生まれ変わった俺には二つ目のスキルが宿っていた。その宿ったスキルとは……。
「最近は人間も全く来なくなってしまったのじゃ……。つまらんのじゃ!」
「つまらんとか言うなよ。平和万歳じゃねぇか」
「つまらんつまらんつまら~ん! 争いの中で輝く夫の勇姿をもっと見たいのじゃ~! ガルムは凄い力を授かったのじゃ! 爆ぜろ……【エクスプロージョン】! くぅ~! 格好いいのじゃ~!」
「はいはい」
俺が新たに授かったスキル。それは【魔法】と言うスキルだった。この絶大なスキルを得た俺は誰にも負ける事はなくなってしまったのである。
「むぅ~。のうガルム……」
「なに?」
リリスは玉座に座る俺の上に座り背を預けてくる。
「あの森で出会えたのがガルムで良かったのじゃ……。今さらじゃが、巻き込んですまんかったのじゃ……。妾を許してくれ……」
俺はリリスの頭を撫でながらこう口にした。
「……気にすんな。どうせやる事がなかった身だ。逆に生きる理由を見つけられた事に感謝してるよ」
「生きる理由?」
「ああ。そろそろなんだろ、リリス?」
「う、うむっ! そろそろじゃ!」
俺は背を預けるリリスを背後から抱えて膨らむ腹を撫でる。
「さて、名前は何にしようかな」
「ふふっ、まだどっちかもわからぬのにか?」
「両方考えとくんだよ。元気な子を頼むぞ、リリス」
「うむっ!」
この後、人間は魔族と和解し、お互いの侵略行為は禁止となる。以降どちらの種族も末永く繁栄し、世界に真の平和が訪れるのである。だがそれはまだまだ先の話。
今はこの真の平和をこれから生まれてくる子と楽しみに待つとしよう。
これは傭兵から魔王になった男の物語である。
人生そんなに甘くない。~傭兵から騎士になったけど規律にウンザリして辞めた結果~ 夜夢 @night_dreamer466
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